【内田雅也の追球】再起への「あきらめ」今こそ虎の敗因を明らかにせよ
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/09/12/kiji/K20160912013342050.html

 昼間はツクツクボウシの声が聞こえた神宮も、夜になるとコオロギが鳴いて
いた。特に球場外にある喫煙所はまさに虫時雨で、よく聞こえた。

 東京はセ・リーグの優勝決定を待っていたかのように涼しくなった。優勝が
決まった後の公式戦には独特の空気が漂う。当たり前だが、もう他のチームに
は優勝の可能性はない。あきらめなくてはならない。

 <あきらめるとは「明らかに見る」こと>と禅僧・南直哉(じきさい)が『
なぜこんなに生きにくいのか』(新潮文庫)で書いている。「あきらめる」は
元は仏教用語で「明(あき)らめる」と書き、「明らかに見る」「明らかにす
る」との意味だったそうだ。

 そして<目標を追求することも大事ですが、ある時点で「断念する」ことを
知らないといけない>と説いている。目標や願望が達成されない時、その理由
が明らかとなり、納得したうえで断念する。そうして真理に近づくというわけ
だ。

 ある阪神球団首脳が話していた。「広島とのゲーム差は26・5(10日現
在)。どこがどれぐらい劣っているのか。彼我の差を、ぼんやりではなく、具
体的に示す分析を行わないといけない」。これは、まさに「あきらめる」作業
である。

 あきらめてこそ、見える世界がある。それが再スタートにつながる。