広島、岩隈久志をドラフトで指名する予定だった

2016年09月24日
週刊ポスト9月30日号より

1999近鉄ドラフト5位 岩隈久志
堀越高・投手・18歳

「選手を見るポイントは佇まい・・・つまりバランスの良さです。歩き方、走り方、キャッチボールを見れば、大体わかるもんですよ」。

広島のスカウト部門を束ねる苑田聡彦は、「プロ野球界最後の職人スカウト」と呼ばれる大ベテラン。
「上手い選手はユニフォームの着こなしが格好いい」が口ぐせだ。自身も広島の内野手だった苑田は1977年に引退後、
先代オーナーの松田耕平から東日本担当スカウトを拝命。それから約40年間、スカウト畑を歩み続けている。

スカウト業の醍醐味は、「磨けば光る原石」を発掘することにある。

「実際に自分の目で確認して判断することが大切。部下に『見てほしい選手がいる』と言われて視察したときに、
『あの選手です』と教えられるような選手はダメ。こちらが見てすぐに『あの選手だろ?』とわかるような選手がプロの世界で活躍できている」。

25年ぶりのカープ優勝の立役者・黒田博樹(1996広島2位)も、そうして苑田に見出された原石の1人だった。
苑田が初めて黒田を目にしたのは、彼が専修大学2年生のとき。別の選手を視察するために訪れた練習場で、一瞬にして目を奪われたという。

「大学関係者にすぐに尋ねたけれど、黒田という名前を聞いてもピンとこなかった。
『父親が南海の外野手』と説明を受けて、ようやくあの黒田(一博)さんの息子なんだと理解した程度。
後で調べたら、上宮高校では3番手か4番手の投手で、スカウトリストにも載っていないような存在だった」。

当時、専修大は東都リーグの二部に所属。黒田には公式戦の登板経験もなかった。だが、そんな投手に一目ぼれした苑田はグラウンドに通い続けた。

「並のピッチャーなら、前の打席でインコースを打たれたバッターに対して、次の打席はアウトコースで勝負することが多い。
でも黒田は絶対に逃げずに同じコースで勝負に行った。『打てるものなら打ってみろ!』という気概のある投手は、プロでも絶対に成功する」