平田良介といえば、大阪桐蔭高校から2005年秋にドラフト1位で入団。背番号8を与えられ、将来の4番を期待された。しかし、ケガで鳴かず飛ばす。5年目(2010年)はわずか6試合の出場で、「終わった選手」と周囲の目は厳しく変わっていた。

それが、昨季113試合に出場し、一気にレギュラーを獲得。打率は.255、11本塁打の成績を残した。このウラには、落合博満前監督の辛辣すぎる選手操縦術が大きく影響しているという。スポーツ紙記者が語る。

「一昨年のオフに、背番号8の剥奪が決定した際、落合監督は『70をつけろ』と指示しました。平田は『70だけは勘弁して下さい……』と頑なに拒否したようです。

それもそのはず、落合政権ラスト5年で背番号70を付けた選手は全員、オフに戦力外通告を受けていたのです」

 確かに2006年の鳥谷部健一、2007年の三澤興一、2009年中里篤史、2010年佐藤充(2008年は背番号70おらず)と、その年に背番号70を与えられた選手は、オフに1人残らず解雇になっている。

「プロ野球の支配下選手登録は70人と決まっている。落合監督は、背番号70を『あとがない』という意味と考えたのでしょう。
この噂はチームに蔓延していましたし、落合監督自身も選手の尻に火をつける狙いで、“悪魔の番号”を作っていた。監督に『70をつけろ』と宣告された平田が昨年ようやく活躍できたのは、この出来事と無関係ではない」(同前)



http://a.excite.co.jp/News/sports_g/20120404/Postseven_99775.html


平田に背番号70を付けさせようとしてたアナルを信じろ