>>434
日本のスポーツ史に体操伝習所→東京高等師範学校体操専修科は欠かせませんぜ。
その後裔が現在の筑波大学体育専門学群。ここの出身者が日本の体育教育を形成していった。

体操伝習所の最初期の教授だったのが坪井玄道で、彼は軍事教練に偏りがちな
体育教育を批判して、遊戯によって心身を健やかに育てる事を重視した。
彼は幾つかの遊戯を体操伝習所に導入したんだけど、そのうちの一つがサッカー。
坪井がサッカーを体操伝習所の正課としたことで体操伝習所の卒業生が
赴任した日本各地の師範学校でもサッカーが行われるようになり、
日本中にサッカーが普及するようになる。
その後戦争の時代に突入してサッカーも体育教育も坪井の意図した通りには
発展しなかったんだけどね。「遊戯」って言葉自体が教育から消えていくしなぁ。