30年前の今頃は、広島―西武の日本シリーズ開幕の朝刊で日刊スポーツが「原⇔落合」と一面にドカンとやってから
落合のトレード話が沸騰して、中畑や篠塚らのベテラン内野手と斎藤、水野らの若手投手の名が2ヶ月間スポーツ紙
一面で乱舞していた。(原は最初だけで桑田とかは別格扱いだったが)
結局12月中旬になって、就任早々の星野中日がストッパー牛島とセカンドのレギュラー上川ら4選手を交換要員として
差し出してトレード成立。
それでも翌87年は巨人がリーグ優勝、88年は落合はそれほどでも無かったが中日優勝、以後は原は落合に見劣りす
ると散々言われ続けていたが。落合は中日に7年いて巨人にFA移籍したが、この時巨人はこのトレードが潰れて良か
ったのだろうか?