中日の落合博満GMの誕生が、セ・リーグに大きな波紋を呼んでいる。中でも遺恨を生んでいるのが、横浜DeNAとの関係だ。

 11年9月、落合は中日監督を解任された時、コーチ陣を集めてこう言った。

「オレはお前たちの世話はできない。自分たちで(再就職先を)探してくれ」

 当時ヘッドコーチだった森繁和のもとには、すぐに巨人をはじめ、数球団から声がかかった。とりわけ身売りに伴い誕生したDeNAの監督に就任した中畑清は、真っ先に森に入閣を打診した。

 しかし、森はすぐに他球団のユニホームを着るのは申し訳ないと、将来の有望株として友利結コーチを推薦。
さらには、みずからのドミニカルートで獲得したブランコをDeNAに送り込み、チームの骨格を築き上げた。

 そして迎えた今シーズン、落合GM──谷繁元信監督ラインで、ヘッドコーチに就任。中日に戻った森は、DeNAから2人のコーチを招聘した。
1人は、池田剛球団社長と確執のあった波留敏夫外野守備走塁打撃コーチ。もう1人は、池田社長から「投手を誰一人育てていない」と批判され、更迭された友利投手コーチだ。中日入りした2人のコーチのDeNAに対する憎しみは、なみなみならぬものがあるのだ。

 それどころか、落合GMと中畑監督の確執も根深い。
そのルーツは、80年の日本プロ野球選手会の創立まで遡る。初代委員長の中畑は、組合の理事長に巨人時代から昵懇だった大竹憲治(元巨人)を起用したが、これを追い出す形で落合が個人マネジャーだった松原明を強引に送り込んだ経緯もあり、2人の関係は最悪なのだ。

 一時は、森の仲介もあり和解したかに見えた両者だったが、今回の中日の人事で、“仁義なき抗争”の予感すら漂うのだ。

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