遊撃手のプライド 名手が語る阪神の系譜
デイリースポーツ 3/6(月) 10:00配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170306-00000035-dal-base

 ドン・ブレイザーは迷いのない口調で告げたという。

 「ファーストへいってほしい」

 藤田平は淡々と答えた。

 「そうですか。分かりました」

 今から38年前。1979年、春のことだ。前監督、後藤次男の方針で78年
からファーストでの起用が増えていた藤田はコンバートに感づいていた。後
藤の退任後、阪神の第20代監督に就任したブレイザーが西武との大型トレ
ードを敢行し、新加入の真弓明信を開幕ショートに指名する。入団時からシ
ョートが定位置だった藤田は当時プロ14年目。体力の衰えはあったにしろ、
78年は打率・301を残し、208打席連続無三振の日本記録(97年にイチロ
ーが更新)を樹立するなど打力は健在だった。職人肌だけに名手としてこだ
わりは強かったはずだが、それ以来、84年に現役を引退するまでショートへ
戻ることは二度となかった。