>>105
 根拠となるのは公認野球規則10・21(率の決定)にある【注】だ。<率の算出にあたって割り
切れない場合は、小数点以下4位まで求めて四捨五入する>とある。つまり打率は小数第3
位までで表すと定められているわけだ。

 この“切り上げ”3割打者となったのが「ミスター・タイガース」藤村富美男である。現役最終年
となる1958(昭和33)年は主に代打での起用が続き、打率1割台に沈んでいた。何しろ、56
年限りで一度は現役を引退し、選手兼任から監督専任となって57年は1試合も出場していな
い。一選手として現役復帰して臨んだシーズンだった。

 当時マネジャーで、後に球団要職を歴任した奥井成一が<神経を使う仕事ができた。それは
現役に戻った藤村さんの打率である>と、週刊ベースボール・マガジンの連載『わが40年の
告白』で記している。

 前年までの生涯打率・3008。この年、26打数3安打となったところで、奥井は監督の「カイ
ザー」田中義雄に進言した。

 「監督、藤村さんをこれ以上試合に出しますと、通算3割を切ってしまいます。気を使ってくだ
さい」

 田中はすぐに承諾、以後打席に立つことはなかった。<通算・2999。四捨五入してちょうど
3割の打率を残して、シーズン終了後に現役生活にピリオドを打った>。

 奥井は2008年に他界した。球団にいたころ「藤村さんが凡退する度にそろばんをはじいて
計算したものだよ」と笑っていたのを覚えている。