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 埼玉・聖望学園の強打者である鳥谷敬。地元出身であり、本人もライオンズファンだという。
だが、最終結論は高校生野手の上位指名は断念。これで終わった話にはおまけがつく。ドラ
フト当日に鳥谷ではなく、急転、3位で指名したのは同じ埼玉栄高の大島裕行だった。当時
の高校通算本塁打記録である86本をマークした稀代の長距離砲に夢を託したのだ。

 すでに現役を引退して現在は球団の編成部門で働く大島だが、プロで“大輪の花”を咲か
すことは出来なかった。逆に早大に進学した鳥谷は、順調に成長して4年後に阪神の自由
枠1位で入団。そして、この9月8日のDeNA戦で史上50人目の2000本安打を達成した。
球団では83年の藤田平以来34年ぶりだが、本拠地・甲子園での快挙達成は史上初だ。

「あの時に鳥谷を指名していたらどうなっていただろうね?」とは、ある西武関係者のため
息である。

練習の虫
 鳥谷の金字塔を振り返るとき、欠かせないフレーズが2つある。「ストイック」と「我慢強さ」
だ。早大時代の恩師である監督・野村徹は鳥谷の野球に対するひたむきさを証言する。

「人の三倍は練習していた。練習好きという選手は数多く見てきたが彼ほどはいませんで
した」

一年からレギュラーに抜擢されると順調に成長して二年時には三冠王も獲得。この頃、よ
うやく頭角を現すのが同級生の青木宣親だ。こちらはヤクルトにドラフト4位で入団後海外
に挑戦、今季はアストロズでスタートするもブルージェイズ、メッツと移籍して日米8球団目と
いう野球界の渡り鳥だ。鳥谷も実は14年オフに海外FA権を行使してメジャー挑戦を表明
した時期がある。結局、交渉の過程で条件面の折り合いがつかず断念して阪神一筋を決意
した。その青木が今年6月に一足早く日米通算2000本を記録。それから3カ月後に大学
の同級生が肩を並べた。

「同期の中でも実力は突出していた。それなのに誰よりも練習するし、野球に対する意識
が人一倍強かった。彼の姿を見て、自分ももっと練習をしないとダメだと思った」とは青木が
鳥谷の2000本達成に寄せたコメント。いかにストイックに野球に打ち込んできたかがわか
る。