>>110
おぉ、ありがとう
えっと実際の出来事と照らし合わせると

●2006年ジーコジャパンがドイツでブザマに惨敗。
 →ここからスタート、代表が負けた瞬間喜んで飛び出してきた。

●2007年反町の采配が失敗し北京五輪予選で敗退、五輪出場権を逃す。
 →本田△など紆余曲折有りながら無事五輪出場。

●2008年北京五輪で星野JAPANが金メダル。中国に野球ブームを巻き起こす。
 →北京五輪でメダル獲得国相手に5戦5敗、その他大勢扱いで帰ってくる。 五輪で使った野球場は取り壊し

●2009 年WBCで日本の2連覇達成。                   
 →激しい激闘の末二連覇。 その戦いぶりは多くの者の記憶に残り『中韓韓、キュー韓キュー韓、アメリ韓』と呼ばれ、対戦国を含めて語り継がれる。

●2009年世代交代に失敗し南アフリカ大会出場を逃す。 
 →監督交代のアクシデントの中、北京世代を中心に無事W杯出場決定

●2010 年代表バブル完全に失速、代表戦全試合でスタジアムはがらがら。代表戦のテレビ中継が深夜録画に。
 →W杯での躍進により代表人気完全復活、代表選手が欧州に羽ばたく中、メッシ擁するアルゼンチンに勝利。 非公式ながら世界チャンピオンになる。

●2011年星野JAPANの活躍のおかげでロンドン五輪で野球が復活決議が採択。
 →なでしこJAPANの活躍のおかげで女子サッカーブーム、FIFA会長からも祝福され、澤穂希がアジア人初の最優秀選手に選ばれる。

●2012年北海道のファイターズ人気が完全に定着し、コンサドーレ消滅。名前を変えて地域リーグへ。東京ヴェルディは不人気に耐えきれず解散へ。
 →J2が22クラブになり、入れ替え制度開始。 ロンドン五輪で男子がメキシコ以来のベスト4、女子は初の銀メダル獲得。 アルテ高崎解散。
   大谷翔平投手、日本ハムの魔の手によりメジャー挑戦を断念。国内で二刀流のパンダを目指す