「西郷コーチには、とにかく思い切り振ること、当てにいかないことを言われました」

 安定した守備力を買われて社会人でプレーすることになったが、打撃力が劣っているのは明らかだった。
高校、大学時代の本塁打はゼロ。亜大では1年春からリーグ戦に出場。4年秋は遊撃と二塁を守り
規定打席未到達ながら打率・364をマークも通算40試合で110打数26安打の打率・236と
低調な数字に終わっていた。

 「どうしても当てにいく打撃をしてしまっていた」と振り返る聖也に対し、西郷コーチは
下半身を主導とした打撃スタイルに変更すべく指導した。「バットにボールを当てる技術とか
ヘッドの使い方はうまい。ただ、(走力があるゆえに)どうしても当てにいってしまう
ミート中心だった。社会人でやるには、もっと振れる力というのが必要。
その土台をつくっていこうと下半身を使ってしっかり振るという打撃練習を行った」。

膝をしっかりと曲げ体勢を低くしたままティー打撃を敢行。加えてロングティーや
連続ティーといったティー打撃特訓で連日、バットを振りに振った。

 成果はすぐに表れた。1年目の都市対抗予選・新日鉄住金かずさマジック戦で
右越えに勝ち越し本塁打を放つと本大会でも初戦・JR四国戦で先制3ランを
放つなど今までになかった長打力を見せつけた。社会人2年間で練習試合を
含め放った本塁打は13本を数えたという。

 走守に「打」にも磨きをかけた2年間。「ミスター社会人」の教えはプロでも
通用するもの。自信を持って新たな勝負の世界に身を置く。