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コピペでスマソ。

杉村は、170cm未満の小柄な体格ながらスラッガーとして活躍し「中西二世」の異名をとり、また東海大相模高校の原辰徳とは「西の杉村、東の原」と並び称された。
甲子園には3回連続出場。1974年春の選抜に1年上のエース高橋修二(住友金属)を擁し出場。2回戦で永川英植を擁する優勝候補の横浜高と対戦。高橋と永川が互いに無失点で投げ合うが、延長12回に中越え適時打を放ちサヨナラ勝ち、一躍注目を浴びる。
この大会では準々決勝に進むが和歌山工に敗退した。

3年生となった翌1975年の春の選抜では左腕エース山岡利則(近大ー大昭和製紙)の好投もあって順調に勝ち進み、準決勝で報徳学園に辛勝。
決勝では東海大相模高と激突、5−5で迎えた延長13回表に決勝打となる三塁打を放ち選抜初優勝に導く。
漫画家の水島新司はこの時期の杉村をドカベンの登場人物である微笑三太郎のモデルとしている。


酒井は、高校3年の夏に、長崎・西九州大会の予選計7試合で70奪三振、失点1の好成績をあげる。
このうち2試合はノーヒットノーラン、長崎大会3回戦の島原中央高戦では16連続奪三振を記録した。
西九州大会決勝で龍谷高を降し同年の夏の選手権に出場。3回戦で、黒田真二・應武篤良・山崎隆造・小川達明らを擁して春夏連覇を目指した崇徳高を完封し、長崎県勢として24年ぶりに準決勝進出を果たす。
準決勝ではPL学園高の中村誠治(早大−日産自動車)、米村明と投げ合い惜敗するが、同大会では5試合で被安打16奪三振40失点6の成績で、サッシー旋風を巻き起こした。