>>325
ご存知の通り親会社の派閥争いで1リーグ時代から会社上層部の派閥が変わるたびに
選手たちが巻き込まれてほぼ根こそぎとなるくらい入れ替わる中、服部はマイペースを貫き
入団以来中日一筋で終われたということが理由らしい。

 昭和23年などは酷いもので、球団代表の赤嶺(ナゴヤ的考えではよそ者)を子飼いに主力選手共々
根こそぎ追い出したりした。
その後も天知子飼いの選手を根こそぎ放出されたり中、服部だけが生き残ったというところ。

 チームの主導権のためなら勝ち負けなんかどうでもいいというのは中日球団の根っからの体質ということ。