>>29

>当時の映画や漫画を見ても、街中をYGマークの帽子をかぶった子どもたちがそこら中を走り回る日常の風景。
>80年代中盤のパ・リーグでプレーしたある外国人選手は日本で印象に残っていることを聞かれ、
>「どこでも巨人ファンがいること。タクシーの運転手、レストランも巨人ファンばかり。
>巨人が勝てば日本全体が幸せという感じ。あれは面白かった」とコメントしている。

>そんな、大量のファンとアンチを生んだジャイアンツ・アズ・ナンバーワン時代。
>しかし、2006年あたりから徐々に巨人戦の平均視聴率が2桁を切るようになり、各テレビ局も中継数を減らしていく。
>つまり、テレビをつけたら老若男女いつでも巨人を見られるという状況が終わったわけだ。

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>世の中では度々“野球離れ”という言葉を耳にする。
>要は週刊誌やタブロイド紙といった旧メディアで度々語られる“プロ野球離れ”のイメージは、“世間の巨人離れ”と同義語だと思う。
>もちろん球界にとっては、北海道や東北にもチームができて、12球団の人気や選手知名度がフラットになりつつある今の状況の方が健全だ。

>だが、ソフィスティケートされた健全さを追い求めるうちに、気が付けば社会常識感覚で
>各チームの選手を知っている野球ファン中間層が減った。
>その中間層とは、一昔前は日本中に溢れていた“なんとなく巨人ファン”であり、
>今では球場から足が遠のいている“巨人難民”でもある。
>「ミスターが監督を辞めて興味を失くした」とか、「ゴジラ松井がいなくなってから見なくなった」みたいなきっかけで
>徐々にファンが減り、トドメは手軽にナイターを見られる環境の喪失。
>これは野球だけに限った現象ではないが、そんなメディアの細分化や娯楽の多様化が進む今だからこそ、
>数少ないみんなの共通言語の“地上波テレビ”はSNSでも盛り上がる。