ドラ1で福留を外し「もう誰でもええわ」
結果的に“大当たり”だった27年前の指名
11/10(木) 7:05 Yahoo!ニュース  278件
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 1987年から1991年までの中日・星野1次政権下で監督付広報を務めた早川実氏は、闘将退任とともにスカウトになった。星野2次政権がスタートする1995年オフまで務め、新体制で1軍投手コーチに就任したが、同年のドラフト会議にはスカウトとして出席した。復帰したばかりの星野監督がご執心だったのが、PL学園(大阪)の福留孝介。だが、くじで逃して不機嫌に。そのときのドラフト1位・荒木雅博(現中日内野守備走塁コーチ)が早川氏の担当だった。

早川氏は1993年から九州地区担当スカウトとなり、1995年の熊本工の遊撃手・荒木をマークしていた。「派手なプレーはないし、広範囲の守備力があるわけでもない。でも自分の守備範囲は確実にアウトにできた。それと足がちょっと速かった。そういう選手でしたね」。星野監督は「ショートが欲しい」と熱望。狙いはその年の目玉、PL学園の遊撃手・福留だったが「たとえ福留が獲れても荒木も4位で獲りましょうという話になっていた」という。

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