>>659
そりゃこんなやつだから仕方ない
つーか1971年って
今気づいたわ
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35 名前:代打名無し@実況は野球ch板で (ワッチョイ f793-hOtN [106.73.34.64]) [sage] :2020/12/07(月) 01:42:06.24 ID:xDW9eRbT0
854 お前名無しだろ (スップ Sd22-k2AO) 2020/11/23(月) 07:45:07.32 ID:BeSlXi+Ed
突然思い出したが、1971年のワールドプロレスリングで「来週はNWAタッグリーグの決勝戦の模様を
お届けします」と告知があって、衝撃を受けたことがある。

その時点で決勝進出者は未確定で、馬場吉村組にも
進出の可能性があった。
「もし馬場組が進出したら、NETは放送できるのかな」と、子供ながらに疑問に思ったものだ。

そして馬場組は最終戦で、3本勝負の1本でも取れば、決勝に出られる状況だったが、コワルスキー組に1本も取れずに惨敗して、決勝進出は猪木坂口組になった。
そしてワールドプロレスリングで猪木坂口対コワルスキーオースチンの決勝戦が中継され、猪木組が優勝した。

この時子供心に初めて、プロレスに対する疑念が生まれた。「馬場が出場できないNETが決勝中継する以上、馬場組が進出できず、猪木組が優勝することはら最初から決まっていたのではないか」と。
馬場猪木の対立、2局放送体制には、こういう問題があった。