阪神・才木浩人の完封劇で証明されたスカウト戦略の正しさ 早々に才能見抜く→最後の夏はあえて視察せず「春の段階で決めていた」
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本当にたくましくなった-。アマチュア担当時代、須磨翔風の才木を初めて見たのは高校2年の夏だった。その日は近畿地方に台風が接近していた影響による悪天候で、大阪大会などが中止に。開催されていたのが兵庫大会で、同地区を担当していた阪神・熊野スカウトらと連絡を取り合いながら球場へ向かったのを覚えている。

 第1試合は報徳学園。注目のドラフト候補がいたため、その試合がメーンだったが「次の試合も見ようか」。そんな一言でバックネット裏に残ると、体の線は細くても腕が長く、柔らかくしなる才木がマウンドに立っていた。スピードガンでは最速138キロ。だが持って生まれた体のせいか、マウンドとホームプレートの間が異常に近く見えた。

 ボールの質も明らかに他の高校生と違う。熊野スカウトは「あの身長で長いリーチを上手に使っている。球速よりもボールが速く見える」と評した。5回戦で前年準優勝チームの三田松聖と激突。才木は2年生ながら先発マウンドに立ち、七回に一挙4点を奪われて同点に追いつかれたが、そこから立て直して勝ちきったゲームだった。

 阪神のお膝元にある公立校に現れた将来性豊かな右腕。夏が終わって新チームになり、最上級生となった秋、春、夏と追いかけた。球速もグングン伸びて、近畿大会や全国大会とは無縁ながらも、最終的に12球団から調査書が届くまで成長していた。

 阪神としては是が非でも欲しい右腕。後日、統括スカウトを務めていた佐野仙好氏からあるエピソードを教えてもらった。「才木はどうしてもほしかった。だから夏の大会は見にいかなかったんだよね。自分が行ったら他球団から阪神の評価が高いってバレちゃうでしょ?もう指名することは春の段階で決めていたから」。

 基本、阪神では選手を指名する場合、担当スカウトとともに統括スカウトがチェックをした上で判断する。佐野氏が才木を視察したのは3年生を迎えた春先の練習試合。この時点ですでに指名することを固めていたという。