>>769
それはパラドックスに陥るのではなかったかな。

仮に物理状態が確定的であったとして、宇宙誕生の瞬間から現在までを演繹できるとして、
しかしその物理状態が“意味”するものを見出そうとするこの試み自体が確定論を退ける。

だから「頭の中で考えていること」ではなくて脳の物理状態(しかもそれに限定できない)が
何かを意味するとどのようにして確定的に述べることができるのか。
これはたとえばゲーデルを超えねばならない。クワインのテーゼを超えるでもいいけども。

宇宙全体の物理状態を誕生から現在までを確定的に演繹するということは、
何も現在で区切る必要性はまったくない(恣意的にはともかくとしても)わけで、
つまり宇宙の終焉(そんなものがあるのかどうか分からないが)まで、
「宇宙(世界の全体、時間の流れも全部含む)」という一言、それではい終わりという以外ない。
もしもそれ以外の何かしら恣意的な区切りを用いるなら、何かを意味すると言いたいなら、
確定論とは別のレイヤーともいうべき手法に我々は依存しているのだという話になってくるだろう。

主客の別を持つということの意味。