社会システムが寛容であるというのには限界がある
無神経な人間はどうしても寛容には包摂しえない
無神経、攻撃的な人間と関わりたいとは普通は思わない

かといって、例えば繊細さが原因か攻撃性が原因かというのも判別する必要がある
公園に男がいるみたいな微妙な理由で通報するような人間は心配性の可能性もあるし敏感な可能性もあるが、
単に排他的で攻撃的な人格である可能性も多分にある
それくらい人間性というのは信用できない
そういうものは近い将来脳や発言を分析すればわかるようになるが

まあ長いスパンで見ればトランスヒューマニズムは不可避になるだろう