最近あまり本質的ではない揚げ足取りだらけで流れちゃってるけど、
マインドフルネスみたいなもので幸福感をがっちり確保する、というのは最終的には計算神経科学の問題
でしょう。そして多分、無理でしょう。日光浴などと同じで、「ある程度は調整できる」という話
そこを越えると「胡散臭い心理系自己啓発」みたいな話に近付いてくる
精神科医が書いたメンタル何とか大全でしたっけ?あれくらいならまあ良いでしょう

また、貨幣のシステムのあり方というのは意識的な操作で変えるものではない
つまりテクノロジーの流れで自然に経済社会の質は変わってくるもので、無理やり制度から変えるものではない
これはほとんど自明で、要するに加速主義の範疇で十分

従って私はそもそもこうした話には単に懐疑的で、包摂レベルを凄まじく高めるという
理念と実現可能条件自体は明確な>>1にある政治思想と比較する必要を特に感じない
些末な表現上の揚げ足取り、重箱の隅つつきをしている場合でもないし、それ自体が不要だし器が狭くなる