>>333
史実にもある洗草だけど、通常のとは違ったそうだ。

朝鮮王朝実録を編纂するために、史官は日々王の言動を記録していて、これを史草(サチョ)という。
また、編纂過程で初草(チョチョ)・中草(チュンチョ)・正草(チョンチョ)といった草稿が作られる。
そして最終的に活字印刷され、その後全ての草稿を水で洗い墨を流す。
このことを洗草(セチョ)という。

2つ目的があり、1つには当時貴重品だった紙のリサイクル。
もう1つは、草稿を残しておくことが禍根にならないよう、正史以外を抹消したため。
草稿が残ると、謀反や権力闘争に利用されかねないからであった。

通常は王の死去後に実録の編纂が開始されるが、英祖代の洗草は存命中に、しかも当の王自らの下命で行われた。それは後にも先にもこの時だけである。
 洗草の下命は英祖実録に記されていて、1776年(英祖52)2月4日、英祖が昇遐する約1ヶ月前のこと。

「秘史はまだしも承政院日記(スンジョンウォンイルギ)は賤民の耳目にさえ集まるものだ。
墓の中で思悼世子が涙ぐむことであろう。
どうして記録を残すことができようか!
承旨と注書それぞれ一人に、遮日巌(チャイラム)で洗草させなさい。
また、世孫は明日垂恩墓(スウンモ)に行って祭礼を行いなさい」

実録とともに朝鮮の歴史を語る上での第一級史料・承政院日記。
その思悼世子に関する不適切な記述、或いは英祖にとって不都合な真実の全てが消去されることとなった。

翌日の2月5日、イ・サンは英祖の下命どおり父の眠る垂恩墓に拝礼しました。
ドラマでは母・恵嬪が行っていますが、実際にはイ・サンと他の王族・臣下、そしてチョン・フギョムが行きました。

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