探検


野々村元県議の今後を考える11

1名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2025/07/28(月) 16:27:29.78ID:RioVyMEA0
野々村元県議の今後を考える10
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/mayor/1729133942/
野々村元県議の今後を考える9
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野々村元県議の今後を考える8
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野々村元県議の今後を考える7
https://rio2016.5ch.net/test/read.cgi/mayor/1708157139/
兵庫県議 野々村 政務費不正で泣き乱 野々村元県議の今後を考える6
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野々村元県議の今後を考える5
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野々村元県議の今後を考える4
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野々村元県議の今後を考える3
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野々村元県議の今後を考える2
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野々村元県議の今後を考える
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2025/09/07(日) 16:04:04.83ID:psbLNDQh0
世界の眼鏡市場では、廉価品・低中級品は中国製、チタン製を中心とした中高級品やハイブランド品は日本製

材料の横流し、金型や図面の持ち出し等により、決して望んだ訳ではありませんが
現在の日本市場に出ている中国製の眼鏡製造技術については、ほぼ100%鯖江からもたらされた
2025/09/07(日) 17:04:02.95ID:psbLNDQh0
不法移民とか不法労働者と呼んではいけないのです。彼らは「正規の手続きが済んでいないだけ」の人達で、犯罪者ではありません。
よって犯罪者扱いするのは人権侵害なのです。国や社会は【手続き中】の人々を逮捕したり強制送還するのではなく、受け入れて支援しなければなりません。
私には『人権』の暴走にしか思えない流れですが、人の権利は拡大していくべきものだというのが世界的コンセンサスらしいです

「上からそう言う話が〜」って己の頭で考えることの出来ない、アカの手先

権利というものは、それに付随し、切り離す事の出来ない「義務」「責務」を果たす。だからこそ主張出来る
2025/09/08(月) 01:35:22.45ID:/kZw5Qpq0
在来馬はポニーだった。古い時代劇見ても、馬だけは明治以降の改良種になっている。
身分のあるお武家や裕福な商人の奥様は、眉を落としてお歯黒を付ける
忠臣蔵も元禄の頃だから、島田はまだ無く髷や裃や女性の着物や着方などが時代劇のそれでよく知るものと全く違っていて、正しい時代考証で作った忠臣蔵は観客に不評だった
あんまりリアルさを求めすぎると歴史マニア以外誰も大河なんて見なくなる。
若手のタレントを起用するのは今に始まった事ではないし、歴史ファンが増えるきっかけになれば良しだと思います

曲がった道路に近い水面の小川、冬も水が抜けない湿田、石橋が数多くかかるやや太い流れ、「畦」が、地形通りに褶曲していく田んぼの群れ
田畑の風景が大きく変わったのは、昭和四十年代後半ですね。「農業構造改善事業」で、水田にブルドーザーが入り、
表土を剥ぎ、その下の地質を押して引いて平にした後、また表土を被せて、直線的な4mもある農道に、コンクリートU字溝、
大きな面積で機械化農業ができる田、に作り替えてしまいました。この事業には、国から予算がついたため、
その後の一定期間、作ってもらった田は売買できず、農家は他の産業が変化していく中、そのままのスタイルを強要されていました。
藁屋根から、トタン屋根に変わった時代でもあります
昔は農家の小屋や蔵は土壁で漆喰塗りでした

山も当時は、下草を丁寧に刈って、家庭の燃料や有機肥料にしていました。だから松林の下の見通しが良いです

永井荷風は江戸の古地図を見るのが趣味で、東京の中にわずかに残る「江戸」を探し歩くのが楽しみだったそうです

当時は着物の生地が分厚く、柔らかく何世代にも渡って使われる。もう作れない
これは縫製、刺繍、仕立てなどを支えていた優秀な下請け業者がいなくなったからです

戦前の映画を見ると、着物を着た女性が疾走しているんですよね。今では着物を着たままで走れる人はいない。
それだけ和服を着こなす人が多くいたということですね
明治以後日本人は西洋風の歩き方を矯正されましたから…西洋風の歩き方では和服は着崩れします

「十三人の刺客」(2010)観たとき、武士役(刀を持ってる役者)が誰一人として「まともに刀を振れてない」のに絶望しましたね。
動くときに上体がフラフラフラフラ、まったく体軸が通ってないのにも唖然としましたね
2025/09/08(月) 01:47:05.84ID:/kZw5Qpq0
嵐寛寿朗先生主演の時代劇でお寺の内部の階段が70度はあろうかとする急な階段をアラカン先生が着物を着て軽々登り 
ワンカット見ていて アラカン先生の身のこなしが素晴らしかった オマケに片手に刀持ちながら

空襲がなければ相当数の武家屋敷が残っていたはず。
敗戦後の預金封鎖財産税も大きいよ。母方の何百年も居た城下の屋敷を税金の為手放したそうです

立派な武家屋敷でしたが、車が通らないでアッサリ門を壊した
失われたものは沢山ありますが、それ以上に皆さんは利便性、安全性を享受しているんですね。
懐かしむ声はあっても絶対に戻らないんですよ、誰も。
今の時代は圧倒的に優れています、先人の皆さんが取捨選択してくれた世界です。
文化財指定された別の友人宅は家の前の案内看板蹴って要らんモン立てやがって!このボロ屋改築出来んやないかとボヤいてました
2025/09/08(月) 13:10:37.61ID:/kZw5Qpq0
太平洋戦争の勝敗を決した最大の鍵は航空機であった
また、ヨーロッパにおけるドイツの敗北も、連合軍の爆撃によるところが大である
そして、この数の差は、燃料生産量の差とともに最終的な勝敗として表われた

三菱の飛行機工場は大正9年に開設されています
当初は離陸速度も遅い上に滑走距離も短い複葉機でしたから、不整地でも何とかなっていましたが、
時代が全金属機に変わり、離陸速度や滑走距離も長くなった頃には周囲は工場で埋め尽くされ、飛行場に転用する土地が無かったのです。
まあ、アメリカと戦争を始めて10,000機もの零戦を製作するハメになる(3/5は中島製ですが)とは、昭和初期の三菱関係者も軍部も想像出来なかったということです

前線に送られる数、時間的遅れがマイナスとなった。
その実態はまったく驚くべきものであり、この事実の前には日本の航空技術がもっていたわずかな優越性など吹き飛んでしまうのである

各工場は、なんと隣接する飛行場を持っていなかったのである。この事実こそ、日本軍の最大の弱点であった。
航空機工場に飛行場がないということは、内陸部に大型船の造船所を建設するのとまったく同様である。
完成した航空機は、試験飛行さえできないのである。
それではどうするかというと、いったん分解し、あるいはバラバラの状態で遠く離れた飛行場まで陸路を運ばれる。
数時間あるいは十数時間をかけて運んだのである
そこで再組立のうえ、ようやく進空(初フライト)に挑むのであった。

そして、またまた衝撃的な事実として、その運搬手段の中心となったものは“牛車”であった。
生まれたばかりの、技術の粋を集めた航空機が、分解されて牛車に載せられる。
牛に引かれた荷車が、時速二、三キロでノロノロと数十キロの道のりを飛行場へ向かうのである。その道も晴天ならほこりが舞い上がり、雨なら泥に変わる非舗装路であった。

トラックや馬車を使わなかった理由は、牛が大人しい動物であり、歩む速度が遅いため機体に振動をあたえないという理由による。
たしかに舗装されていない道路でトラックを使えば、繊細な工作物である積荷の航空機が壊れる恐れがあった。
だったら道路を整備すればよい、いやそれより早急に工場の隣接地に滑走路を建設すればよい、という意見はまったく出なかったのであろうか
2025/09/08(月) 13:15:11.14ID:/kZw5Qpq0
胴体、主翼は別々に牛車に積み込まれるが、かなり多くの部分に分解しても、町の狭い通りを抜けられないのである。
そのため町角の電柱を移し、看板を取りはずしてもらい、ようやく這うような速度で運び出すのである。
前方から荷車や自動車がやってきたら、すれ違えないので立ち往生する。「軍需物資を積んでいるから」と先方に頼み込んでいったん下がってもらい、ようやく通過するのであった。
また、一機の航空機の運搬には、零戦のような単発戦闘機なら三台、中攻(中型攻撃機)のような双発の爆撃機なら一三台の牛車が必要であった。
運河を使った平底船による輸送も行なわれたが、いずれも単発機であろうと、いったん分解しなければ積み込めない。
そのうえ昭和一九年以降、飼料不足から全国的に牛の数が減少しはじめた。小麦と芋づるの混合飼料も小麦の率が急速に減って、そのため体力はおとろえ、道の途中で激しく叩いても動かなくなる牛が多くなった。
このため輸送に支障がでて、三菱名古屋の担当者は大金を払って強引に牛の買い付けに乗り出した。
すると、これが物資統制令違反ということになり、三菱は地方裁判所に起訴される。
牛が入手できなければ航空機は前線に送り出せない。しかし強引に導入すれば、法律に触れる。
この矛盾は、正式に裁判で争われることになり、八ヵ月もつづいた。これが激しい戦争の真っ只中の出来事なのである。
この裁判の結果については、起訴した者全員に対し実刑を含む、有罪の判決が下された。
国家への協力を優先すべきか、それとも法律を順守すべきか、平時の知的遊戯としては興味を引く話題かも知れないが、現実には日本の命運がかかっているのである。
なんとも不可解なのは、昭和のはじめに航空機製造工場を建設するとき、誰ひとり隣りに飛行場が必要なことに気づかなかったのか、という点である
2025/09/08(月) 13:30:06.15ID:/kZw5Qpq0
「ラインを組んで、効率的に大量生産する」ってのはアメリカがT型フォードで確立したやり方ですが、そういうことをやる「思想」というのが当時の日本にはなかったのです。そもそも「効率」が当時の日本のどこにもそんな思想がないのです。
例えば航空機にしてもエンジンの生産と機体本体の生産を調整するって思想がない。だから、エンジンの生産工場でなにかトラブルがあって(特に大戦後半になって物資不足になってくると)
エンジンの生産数が落ちてもそれに対して機体の生産を調整する考えがないなら、「エンジンがない機体」がじゃんじゃん作られちゃう。
整備のためのエンジン本体や部品をフィリピンの港に運んできても、どこの飛行場でどんな部品が足りないという情報が皆無だから無計画に部品が運ばれるだけ。
だから、前線の基地ではいつも部品が不足していた一方で後方の港では新品のエンジンが行き先がなくて倉庫に山積みになっているなんてことがザラだったのです。
特にひどかったのが陸海軍間の対立で、例えば陸軍の航空機生産工場が空襲されて当分生産できなくなる。一方隣にある海軍の工場は被害を逃れたけど、空襲で資材の補給が滞ってアルミが不足して生産できなくなったとします。陸軍の工場にはアルミがある。
海軍の工場には機械が残っている。こういうときに陸軍側が資材を分けてあげるとか、海軍の機材を陸軍に貸すなんてことは、絶対に、ありえない。
陸海軍は同じメーカーに作らせていたのですけれど、自分たちの敷地に相手の関係者を入れるのはご法度中のご法度だったのです

三菱には「工場近くに自費で長い時間かけてテスト専用の飛行場を作るよりも、40km輸送して既存の軍の飛行場でテストしてもらったほうが安い」という理由が、
陸軍には「海軍に納入する機体のテストのために場所は貸してやるけど、ウチがテスト飛行場建設のためにカネ出したくない」という理由が、
海軍には「ウチは製品を注文してるんであって、テストの費用まで出す気はない」という理由が、それぞれあったんです。

戦前の日本にはブルドーザーがなく、滑走路を整備するのは時間とカネのかかる人海戦術になるからです。
戦時中にフィリピンで鹵獲した米軍のブルドーザーを日本軍が捕虜に運転させて、その作業能力に腰抜かしています。
2025/09/08(月) 15:00:28.14ID:/kZw5Qpq0
ある程度名の知られた人間であれば、誰しもが一度は「在日説」を囁かれるのが、今の日本の異様なところです。特にリベラルな思想を持つ人たちの中には、この種の噂を否定しづらい風潮があるとも聞きます。
「在日韓国・朝鮮人であることを否定するのは、彼らに対する差別意識があるからではないか」という内向きの批判を恐れるからです。
しかし、問題の本質はそこではありません。私が韓国人であるか、アメリカ人であるか、火星人であるかは問題ではないのです。問題なのは、私の個人情報について、明白な「嘘」が意図的に流布されているという事実、その一点に尽きます。
私は、仮に誰かから「あなたはアメリカ人ですよね」と事実と異なることを断定的に言われれば、それも嫌です。アイデンティティとは、その人自身が規定するものであり、他人が勝手に決めつけるべきものではないからです。
2025/09/08(月) 18:23:32.87ID:/kZw5Qpq0
落語は江戸期や明治期の庶民の世俗を題材に、2人以上の人物の会話の掛け合いで話が進展していくパターンが基本で、お客を笑わせることが目的の芸です。
 これに対し講談は筋(プロット)のあるストーリーをお客に聴かせるのが目的で、登場人物の会話部分よりも地の文で説明する部分(「ト書き」という)が多いのが特徴です。
また一般に講談は落語に較べて登場人物や場面の転換が多いので、ボンヤリしていると話の内容が分からなくなってしまうかも知れません。
2025/09/08(月) 23:19:19.87ID:/kZw5Qpq0
若山富三郎や萬屋錦之介がやってる子連れ狼では、
浪人でも武士は武家言葉、
渡世人は、渡世言葉、
町人は町人言葉なんですね

城下町系では儲けが多く助け郷も多いのでなんとかなる様子ですが、山間や小さな宿場ではかなり大変だったようですね
本陣を運営するのは経済的に負担だった、ご先祖は辞めたかったが辞められなくて窮乏していた」的な

未だに残る旧街道あとは開発されずに味わいが残っています
道がひろいとこもあれば急に狭くなるところは地主さんが協力してくれたり一所懸命とあけ渡しを拒否したり

次の大磯宿まで1キロちょっとしかなく平塚宿に泊まる旅人が少なくて何とか客を増やそうとした結果、
西側にこんもりと土を盛ったような高さがある高麗山を指さして旅人に言いました
「これからあの山を越えていくのは大変ですし道も悪いので安全にどうぞここでお泊りなさい」
わざわざ山の頂上まで上り下りしなくても脇によけて平地を歩けばいいだけなのにこう嘘を言い客をとっていた

宿屋の客人の草鞋の汚れ具合で値段を決めていた事が現代の価格交渉で金額を上げる場合・足元を見る・の言い草になっています

千住・板橋・新宿・品川の江戸四宿は実際に宿泊する旅人はほとんどおらずやってくるのは遊郭としての利用客
江戸市内では遊郭が禁止されていたし江戸郊外でも浅草吉原しか許可されていなかったので非公認の遊郭として機能

高札場の閲覧義務化 江戸時代の識字率の高さ

シーボルトが旅人でごった返す宿場町を見て、「こんなに旅行の盛んな国は世界中何処にも無い」と言ったとか。

参勤交代時には、藩によっては1000人以上の人間が移動
事前予約なんで本陣から寺院、商家の軒先まで押さえて泊まってた

明治時代に鉄道が導入されたが乗降場はそのままステーションと称したが結局、律令制時代の「駅」と称す

旧中山道」を「いちにちじゅうやまみち
2025/09/08(月) 23:43:08.69ID:/kZw5Qpq0
特に島津藩の財政を圧迫するために始めた「参勤交代」

世界的には沖縄の石垣諸島の水牛の馬車が非常に特殊な光景
2025/09/09(火) 23:00:16.00ID:6Pi/ZAxr0
シバレンさんは、一応、慶應大學の支那文学科を出ていたから、徴用されても、見習士官の試験を受けるよう、上官から言われた。
でも、下級士官なんて、「突撃ー、突っ込めー」で、真っ先に戦死すると決まっていたから、これを拒否した。
待っていたのは、下士官どものリンチだった。前歯を全部折られ、右目の視力も長いこと失うハメとなった。
当番士官の中尉が、シバレンさんに、「魚雷はケツに当たった。この場合は、ケツから沈む。
慌てて海に飛び込んじゃいかん。どんどん沈んで、海面が同じ高さになったら飛び込め。そうしたら、とにかく、
できるだけ遠くに泳ぐんだぞ。底からものすごい勢いで浮遊物が上がってくるんだ。当たったら御陀仏だぞ!って、
そして、バシー海峡での、死線を彷徨った、数時間。
船内から必死で浮かび上がって来た、まだ幼い顔の少年兵を見たとき、シバレンさんは、悲しさのあまり、一切の感情を忘れ、
むかし覚えた漢詩を詠い、ただただ、波間に浮かんでいたそうだ。

シバレンさんは、慶應の支那文学の出身だ。だから、いちいち漢字、漢語へのこだわりが強い
「殖」という字は、もともとは、死体を打ち捨てておくと、やがて、腐敗溶解し、ずぶずぶになって、流れ出すことを云うのだそうだ。
だから、会社の名前に「殖産住宅」などとつけるのは、極めて不吉で、無学も甚だしい!
日中国交正常化のとき、田中角栄が詠んだ漢詩に対して、幼稚園児ですら詠まないゴミクズを、一国の首相が吐いたと、公然と嘆いたのもシバレンさんだった。
漢詩を成立させる、平仄も押韻も、角栄さんは、無学

眠狂四郎という名前は、実は、中里介山「大菩薩峠」を意識して、考え出されたものだ。大菩薩峠の主人公は、机竜之介。
眠狂四郎とは、ゴロも字数もちゃんと合っている。
主人公の名前を考えるとき、あまりに奇をてらう、読者がピンと来ないものを選んでは、いけないらしい。
できれば、人々の日常生活で、常に接していて、違和感のないものがいい。
「机」はその点、子供がものごころがついてから、毎日お世話になるものだ。机竜之介、竜之介は、芥川からいただいく、すんなりとしたいい名前だ。
だが、ちっともいいアイデアが浮かんで来ない。とうとう疲れ果て、もうあきらめて、眠ろうと思った。
瞬間!電撃のように「眠」という文字が脳裏に浮かんだ!眠り!こいつはいい。誰もが毎日無意識のうちに営んでいる生活そのものだ。
下の名は? 狂気、狂一郎、狂次郎、狂三郎、狂四郎。キョウシロー、語感も鋭角的でエキセントリックで、申し分ない!

団扇太鼓を叩きながら、日蓮宗の修行者の一団が、向うからやってくる
やがて、すれ違って、通り過ぎようとした、その刹那!修行者たちが、狂四郎に襲いかかる!
このシーンは、その後も、刺客が主人公を襲うシーンとして、さまざまな時代劇にも登場する。
これは、シバレンさんのアイデアだった。「あなたの作品が、ずいぶん盗用されていますよ。」そう、忠告してくれた人もいたそうだ
2025/09/09(火) 23:13:14.79ID:6Pi/ZAxr0
ほとんどの兵士にとって、戦争の実態とは、敵との華々しい交戦などではなく、
あたかも、ヤクザ、チンピラどもが、暴力で支配する、内務班という、暗黒世界で過す地獄の日々をいうのだと思う。
シバレンさんは、それらを、直接、身をもって体験した。
だから、戦後、例えば、野坂昭如だの三島由紀夫だのが、戦争体験を語ったり、戦争ごっこをやっているのを見て、
「いっぺん内務班でぶん殴られてみろ!」いつも、そう吐き捨てていた。

戦時中、あれほど、鬼畜米英でやっていたのが、戦後、たちまちGIの腕にぶらさがり、チューインガムを噛みながら、
媚びを売り、春をひさいだのも、女どもである。シバレンさんが、小説で、女をすべて「毒婦」とし、
無気味なバケモノとして描いた理由である。

出鱈目話を、たんに勢いだけで書き散らした作品。一方で、学校での専門も手伝って、精魂を込めて描いた作品。
前者が、100万部もばか売れし、後者は、初版の1万5000部だけ、増刷は、なし。
これまでの経験や知識や、トリックや仕掛けを優に凌ぐ、絶対に、大ヒット間違いない!
この意気込みで書いたものが、まったく売れない。ひどい、ショックだった。シバレンさんは、そう語っている。
「(シバレン)三国志、英雄ここにあり」お情けか同情か、一応、吉川英治文学賞も、あとでもらった。
そんな話を聞くと、司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦」が、思い浮かぶ。
これもまた、司馬遼作品には珍しく、ほとんど、評価されず、売れない作品だった。

一冊も作品を読んだことがないのが、自分を「先生」と呼ぶ。
そういうときは、シバレンさんは、ブスッとして、ほとんど口もきかなかった。
ところで、ちゃんと作品も読み、心から敬愛して、シバレンさんを、「柴田先生」と呼んでいた人がいる。
ふざけて呼んでいたのではなく、心から敬服して「先生」と呼んでいた。それが、あの、司馬遼太郎さんだ。
2025/09/09(火) 23:33:02.90ID:6Pi/ZAxr0
シバレンさんが、必ず見る悪夢があった。いつも決まって見る夢であり、絶望のどん底に陥って、そして、目が覚める。
それは、昭和十九年の夏、またも赤紙が届いたときの夢だった。シバレンさんは、それまで、二度、召集を受けていた。
そして、二度とも、仮病や策略で、召集の解除を受け、命拾いしていた。
昭和十五年の徴兵検査の時は、一ヶ月間絶食し、検査当日は、ほとんど、立っているのもやっとの状態で、召集は免れた。
昭和十七年の召集令状。このときは、一応、相模原の重砲隊に所属し、三ヶ月ほど初年兵教育を受けた。やがて、衛生兵となり、配属先も決まったが、
そこで、シバレンさんは、大量に醤油を飲み、直後に、過激な運動をする、この方法で、まんまと病院にもぐり込んだ。
担当の軍医は、シバレンさんのウソを見破りながらも、除隊の手続きを取ってくれた。シバレンさんと同じ、慶應の出身だったそうだ。
そして、いよいよ、昭和十九年夏の赤紙。その頃はもう、戦局は、極度に悪化し、敗戦の色が濃厚だった。
赤紙は、すなわち、死の宣告書に等しかった。

シバレンさんは、当時の支那文学科の出身だ。すでに、何度も、それは、書いた。
乞食とか女性の白い歯とか、瞳とか、艶めいたしぐさとか、そういう名詞を、中国語の単語を使って、表現したのだが…、
シバレンさんが、もっとも怖れたのは、中島敦。
その男は、シバレンさんが、逆立ちしても、到底及ばない、底の知れない学識や知識を、若造の頃から、完璧にそなえていた。
さらに、現代にも通じる、みずみずしい感性を有していた。

シバレンさんが、ベタボメした作家がいた 久生十蘭という人
2025/09/10(水) 12:30:35.29ID:PYub7gHO0
三船プロダクションがアラン・ドロンを招聘した1977年には、映画化が予定されていた『青い目のサムライ』

監督:黒澤明
脚本(ブルーアイ):黒澤明、橋本忍、小国英雄(既に完成していたそうです。)
出演(予定):アラン・ドロン(スティーブ・マックィーンから変更)、三船敏郎
音楽:挿入曲=カラヤン指揮ベートーベンの“交響曲第七番”
内容(予定):
紅毛碧眼の武将の勇猛果敢な戦いを描いた戦国絵巻である。九州の海岸に異人の女性が漂着する。珍しさも手伝って側室にした大名との間に、金髪青い目の子供が生まれる。
いみきらう大名に捨てられたこの毛色の変わった子供を三船敏郎の家老が育てる。やがて、たくましい青年になった青い目のサムライが、姫と恋し合い、家老と共に馬上高く日本刀を振りかざして獅子奮迅の活躍−。 

「日本のサムライがやれるなら私が・・・黒澤さんとやれるなら願ってもない。単独出演でも三船プロとの合作でもいい(アラン・ドロン)」
「大合戦の場面は、騎馬戦なので千頭の馬が必要。日本では不可能なのでユーゴかスペインにヨロイ、カブトを持ち込んでロングで撮りたい。
ラストの金髪をなびかせた青い目の武将が大軍勢の中へ突っ込んで討ち死にする場面の音楽は、カラヤン指揮のベートーベンの“交響曲第七番”だ(黒澤明)」
【キネマ旬報1977年6月上旬号「邦画新作情報−A・ドロンは青い目の武将を−」】
2025/09/10(水) 17:55:04.47ID:PYub7gHO0
『日比谷公園の鶴の噴水が歌を唄うということですが一体それは真実でしょうか』――昭和九年、銀座のバーで交わされた奇妙な噂話が端緒となって、
帝都・東京を震撼せしめる一大事件の幕が開く。安南国皇帝の失踪と愛妾の墜死、そして皇帝とともに消えたダイヤモンド――
事件に巻き込まれた新聞記者・古市加十と眞名古明警視の運命や如何に。絢爛と狂騒に彩られた帝都の三十時間を活写した、小説の魔術師・久生十蘭

米澤穂信が次のように記しています。
《極めつけはなんと言っても『魔都』(久生十蘭)であり、出会って以来忘れられない、愛する一冊である。
日比谷公園の青銅の鶴が鳴き、銀座の酒場で年を越そうという青年紳士は実は安南の皇帝であり、
一個の宝石が失われたまま戻らねば国難は必至だという。帝都の一晩の物語は複雑怪奇、久生十蘭の語り口は縦横無尽、
この小説はまことに贅沢(ぜいたく)で酔いを招き、魔都の名にふさわしく、不穏である。》

装画は、影山 徹
2025/09/10(水) 23:49:17.76ID:PYub7gHO0
東京一極集中の原因は東北からの人口流入です。西日本は城下町を中心に発展し、広島、福岡以外にも
名古屋、岡山、福山、北九州、熊本、鹿児島、高松、松山など人口50万都市が多く、産業も発達していたので、
上方に出稼ぎに行かず地元で職に就くのが主流でしたが、東日本は農村地帯が多く、仙台、札幌以外の人口50万都市は静岡と新潟のみで農業以外の産業がないため、
上京して職に就くのが主流となり、三都の中で東京だけに人口が集中する結果となりました

江戸時代は居住地を捨てて移住することが禁止されていたので「繁栄していた大坂」は各藩の蔵屋敷と御用商人と封建的使用人(と仏教衆)くらいしかおらず、
現在の「大阪市」と比べても極めて狭い区域しか都市化されておらず、この点では江戸と比較してもきわめて小さな「商業特化都市」と考えるのが適切。

大坂、江戸の様に上水道が整備されてなかった為飲水は桜の宮辺りで汲んだ川の水を水売りから買って飲んだらしい。
低地の井戸は飲めない、上町台地の井戸は飲めたでしょうけど
2025/09/11(木) 16:49:30.85ID:DBKwlyya0
大化、建武、明治維新、どれも豪族や武家が天皇をないがしろにし政治を私物化して民を苦しめたので、天皇の親政を仰ぎ国を建て直そうという革新の動きです。
よって、天皇中心の国、尊王思想というのは明治政府が創作した明治以降の思想ではありません
2025/09/12(金) 16:38:43.10ID:rOF+HRBP0
昭和54年は既に夜行列車は衰退に入っていますよ。この年に運輸大臣が「夜行列車廃止論」を掲げた年です。この時点でビジネス利用客から見限られていて、
博多まで新幹線が開通しています。東北方面はまだ新幹線の恩恵を受けていないのでそれなりに利用はありましたが、もとより需要が少ないので微々たるものです

夜行列車一本運行させるには日中半分車庫で遊ばせる運命の専用車両も必要だし、建造費だけ見ても何年で減価償却できるのやら…

東京〜下関間1120q強を交代なしで、しかも換算51両持って特通客C2速度で突っ走るから僅かな異常不調も命とり。始業点検のまなざしが真剣なのも頷ける。
2025/09/12(金) 18:03:43.45ID:rOF+HRBP0
月に行く利点がなあ
日本はハヤブサみたいに「直接行かなくても取ってこれる」ものをすでに作れるからな

今起きてる月面探査ブームは月探査かぐやの詳細な月面レーダ探査により
月表面近くに洞窟が発見されたことがきっかけで起きた
洞窟が使えれば月での居住に現実性が増す
洞窟の争奪戦が起きている
月で資源確保できると、内惑星探査のコストかなり下がる
どこも詳細なレーダ観測情報を持つ日本と組みたい
なお、それらの国は同じ理由で日本が単独で月面探査することを阻止したい
対日圧力はかなりキツイぽぃ

アポロ計画も連邦予算の10%注ぎ込んだ割に科学的成果はいまいちだったのが後続が誰もいない理由の一つ

月面開拓の主目的は、有毒物質垂れ流しでも問題ない工業地帯を手に入れることだからね。
地球上だと他の生命や生態系に配慮が必要だけど、月面ならその配慮が不要。
ロボットだけ送り込んで資材の採掘・加工させて、出来上がった製造物だけ地球に持地ち帰れれば良しって感じ。

日本はレトルト食品真面目に作ってたら宇宙食にはそれで十分だったり
玩具メーカーの作ったトイカメラが月面で使えちゃったりしてるからな
2025/09/12(金) 21:21:54.32ID:rOF+HRBP0
1945年3月、日米の戦いも3年を過ぎ、戦争もいよいよ終盤。敗戦の色が日に日に濃くなっていく中、アメリカ大統領のルーズベルトが死去した。
同じく連合国軍と戦争中だったナチスドイツのヒトラーは声明で『愚かな大統領として歴史に残る人物』とルーズベルトを揶揄したが、当時日本の総理大臣だった鈴木貫太郎はこう声明を出した。

『アメリカ側が今日、優勢であることについては、ルーズベルト大統領の指導力が非常に有効であって、それが原因であることを認めなければならない。
であるから私は、ルーズベルト大統領の逝去がアメリカ国民にとって、非常なる損失であることがよく理解できる。ここに私の深甚なる弔意をアメリカ国民に表明する次第である
2025/09/12(金) 22:19:47.95ID:rOF+HRBP0
彼らは、ずっと搾取され続け、ろくに発展すら出来ず、鉱山などでの資源搾取のための労働奴隷であり続けていることを21世紀の今までずっと強いられて来ました。
彼らに金銭的に支援を返さなくてはならないのは欧米であり日本ではありません。
ランスは豊かな国で週休3日が実現できているのか皆様ご存知でしょうか?
フランスには、公には決して言えない「年間5000億ドル(76兆円)とも言われる巨額の副収入」があるのです。
それはアフリカ14カ国への植民地支配と徹底的な搾取。旧植民地を支配する通貨が「CFAフラン」です。
「CFAフラン」とはCFA=ColoniesFranceAfrican(アフリカのフランス植民地)、フランはフランスの旧通貨です。
1945年、フランスはアフリカの旧植民地に対して「CFAフラン」の使用を義務付けました。
表向きの理由は、経済基盤が整っていないアフリカの国が自立できるようにするため通貨を与えてやったんだという名目ですが、こちらが
以下3つの手法により莫大な「ほぼぶん取りとも言える中抜き」の道具となっています。
2025/09/12(金) 22:20:42.88ID:rOF+HRBP0
中抜き手法その1
CFA諸国(フランスのアフリカ旧植民地14カ国、以下同様)の外貨準備金の85%は自動的に共同準備金としてフランス中央銀行に預けなかればならない
これ要するに各国の収入のうち15パーを超えた分は自動でフランス中央銀行に預け入れられ
なんと!借金扱いにされ利子を払わねばなりません!
しかもフランス通貨とCFAフラン交換レートは固定でフランスが決めます。
実際に1994年には50%の通貨切り下げが行われ、CFAフラン使用国のフランス・フランに対する債務額は2倍になりました。

中抜き手法その2
CFA諸国が得た外貨はフランス中央銀行が海外金融市場で運用。そこで得た利益は借款などに充当。
これ要するに各国が頑張って外貨を稼いで来た利益はフランス中央銀行に強制預入され運用!
運用益を各国に借款ローンとして貸付て利子も取ります!
稼げば稼ぐほど稼いで来た外貨が頑張りに合わせて借金ローンとして増えます!!

中抜き手法その3
植民地時代にフランス政府が建設したインフラ(道路、橋、ダム、水道、電気など)の代金を独立にあたって支払うこと。
勝手に植民地にして勝手に整備したのに独立したら返してね、借金ローンね!!
各国から産出される全ての天然資源について、最初に購入できる権利を有する。
全ての政府関係の事業は、フランス企業が最初に契約先として検討され、あるいは入札対象とならなければならない。
(高く買ってくれる買い手がいても売れません必ず底値でフランスに買われます。)

各国の軍の兵器についてフランス製を独占的に販売する権利を持ち、軍将校はフランス軍によって訓練を受けなかればならない。
(もちろん訓練費用は諸国の負担)
2025/09/12(金) 23:09:46.47ID:rOF+HRBP0
もそも自国通貨を導入して運用できる国家レベルになっているのでしょうか。
現状では西アフリカの各国は政府機能が不十分なため経済的自立がなされていない。この状況ではCFAフランのシステムは
西アフリカ各国にはメリットがあると思うが、この状況を続けていると経済発展はほぼ不可能

クーデターの発生が多い理由としては、フランスに反対することが原因です。

カカオ豆の採取に子供達が働かされてカカオを輸出するにもまずフランスが安い値段で全部買い取ってその後フランスが他の国々に売るシステムになっている

そもそもCFAフラン制度をつくったのがロスチャイルド家の方々で、マスコミをコントロールしているからなのです。
アフリカ共通通貨を発行しようとしたカダフィはNATOの攻撃で殺された

沖縄の経済発展が遅れた理由とも似ていますね
アメリカ統治時代は国際的に価値が高いUSドルをそのまま使っていて、内地やアメリカから製品を安く仕入れたので地域の産業が発展しない要因の一つになりました

アルジェリアの独立戦争中にアルジェリアの国土で核実験やった国だからな。

日本の財務省(米国国際金融資本)の緊縮財政 ≒ 通貨発行権の制限
2025/09/12(金) 23:27:42.46ID:rOF+HRBP0
アフリカの部族間抗争や腐敗した政治家や利権争い、そんな環境での国家運営/治安安定を考えると、仏国政府にエンドースされたCFAフランはCFA圏だけの特権であり成長の原動力に思えました。
CFA圏維持のための仏国出費とて負担は大きい。もしCFA圏/CFAフランが消滅したら、
CFA圏の国家は自立自律運営困難で瞬時に破綻して貧困が蔓延するだろう
2025/09/13(土) 10:38:06.87ID:KG43QTb20
公平に言えば、アメリカの銃による死者の多くは自殺であり、日本の自殺率も似たようなものだが、銃を使っていないだけである。
2025/09/13(土) 10:51:48.70ID:KG43QTb20
日本の空港は日本人の手にない。東京ではインド人、大阪はグランドスタッフは中共人。
この前、関空でトラブル発生した際、中共人が日本人を指揮していたのを目撃。
要領が悪く、長時間バス内に閉じ込められた。安全保障上OK?
年寄りがいる、赤ちゃんがいる、と日本人が閉じ込められたバス内で懇願しても、関空の中共人スタッフに無視され続けたこの前。
バスの運転手やグランドスタッフの日本人も同情してくれるが、
上司の中共人は冷酷。空港が中共人に掌握されていたら、いざと言う時、占領される。
2025/09/13(土) 16:35:07.12ID:KG43QTb20
映像京都と松竹京都映画は画面上からはっきり見て取れます。
とくに中岡さんの照明なんかは。映像京都が京都映画撮影所で仕事するよう
になってから美術がなんとなく良くなってきたのは見て取れます。やっぱり
助手あたりが両会社掛け持ちでやっているからそういうふうになるんですか
ね。その点は結局、昔の京都映画と歌舞伎座映画のような感じなのかな。
照明はかたやぼろ隠しが起源、かたや豪華なセットでリアルな配光という違いはありますが。

TV時代劇の絵作りは東映/松竹、映像京都と普通二つに分類する。
大映が異彩を放ってた、独自の絵作りは60年代で終わっていて、最近だと後期必殺の影響受けまくりなので。
2025/09/14(日) 19:29:02.65ID:eUXyktfq0
従軍記者として鹿屋に来ていた川端康成氏と山岡荘八氏。
山岡氏は、すぐに特攻隊員たちと打ち解け、話をするようになったのだそうですが、
戦争に批判的であった川端氏は、始めはあまり人とは話さなかったそうです。それでも徐々に隊員たちと関わるようになっていきました。
終戦後、川端氏は特攻隊をテーマにした小説を発表したりはしましたが、自分の思いは語りませんでした。
そして、晩年、このような言葉を遺しています。
「私は特攻隊の死をことさら賛美する気持ちはない。かと言って犬死などと揶揄する気持ちも持ち合わせていない。
員は立派だったというのは不敬であり、同時にあれはつまらない死だったなどというのは不敬である。
私は彼らの死について是非をいうこと自体が不敬であると思うのである。なぜなら彼らの死は言葉にならない死であるからだ。
ただ、半世紀以上前に祖国のために大空に飛んでいった青年たちがいたーこの事実だけは忘れてはならない。」
2025/09/14(日) 23:07:58.41ID:eUXyktfq0
戦国時代の日本の場合はヤクザと同じで侍が互いにシマの奪い合いをして戦ってるだけだもの。支配者だけが守られれば良いんだから町ごと囲む必要がない。同じ地方なら年貢の割合も徴用もほとんど変わらないから誰が領主になっても大した変化はない

農民・領民ということで言えば、大陸の城壁は徴税者たる農民や商人を、逃散しないよう「閉じ込めておく」役割も強かったように思います(故西尾幹二氏の意見参照)。
大陸王朝の一般庶民に対する目は、斯様に過酷だったのです
2025/09/14(日) 23:36:33.05ID:eUXyktfq0
映画界は歌舞伎、テレビ界は映画に対抗するために作ったのが始まり

ある政治家が「そもそも、我々が渡来人なんです」といった旨の発言をして物議を醸していました。
SNSの反応を見ても、「渡来人」という言葉がひとり歩きしている印象です。
そもそも「渡来人」というのはあくまでも歴史用語です。学術的なところを踏まえてこの言葉を使って欲しいですし、
研究者側の責任としても、そこはきちんと発信していかなければならないと思いました。
2025/09/14(日) 23:59:57.19ID:eUXyktfq0
人間国宝は大昔の人間の代理で
受け取っているって感覚がないと勘違いバカだらけになるよな。

満映の映画スタッフは敗戦後もしばらくは共産党政府から帰国許可が降りず数年間中国映画の制作協力と技術指導を行うことを命じられた

玉石混交で多種多様な客の需要に対応していたのが全盛期
消費してくれる層向けの2時間CMになったのが80年代から
客商売からスポンサー商売に鞍替えして今に至る
TVは映画の数年先を行ってるから、70s後半から高視聴率でも商品が売れなきゃ打ち切りが始まっている

日本以外の国はハリウッド映画を上映規制してる、ノーガードで戦ってるのは日本映画だけ
2025/09/15(月) 13:51:32.36ID:oNYRRIWi0
苗字は「血統」ではなく「家」をあらわします。
苗字がない中韓の価値観を持つ人々による壮大な勘違いが「生来の苗字」というもの。
苗字に生来はない
2025/09/15(月) 14:53:36.68ID:oNYRRIWi0
アップとローアングルを繰り返していく画面造形と繋ぎが異様なフォルムとリズムを造り出していて
あの造形美はまるでセルジオ・レオーネの映画を観ているかのようだった

緋牡丹博徒の「お竜参上」には参った。あの長まわしは天才的だとおもった。
ただ、日本的情緒が強い作品があるので、それは外国では受け入れられないだろう。
典型的な母物「瞼の母」では、フランス人たちが笑い転げていた。

加藤さんの語り部でもあった三村晴彦
天城越え」では、三村+加藤 v.s. 野村/松竹みたいな構図になったみたい
三村の瀬戸内2は加藤的映画の残骸のような出来映えが痛々しい
2025/09/15(月) 15:48:51.29ID:oNYRRIWi0
沢島忠の自著伝を読んだことあるが沢島忠が東映を退社した原因は鶴田のせいというか
仁侠映画に転換し時代劇の映画製作を中止を決定しようとしていた東映の雰囲気が原因だと思う
東映時代の最後の頃は、何を作っても「迫力が足りない」とか批判されたらしいし
「股旅三人やくざ」というオムニバス時代劇でやくざ批判を試みたら
当時、東映仁侠映画を当てまくっていた俊藤プロデューサーに
「俺のやくざ映画路線を批判するのか」と怒られたらしいしもう会社に居づらくなったのだろう
まあ鶴田と組んで「人生劇場」シリーズ3本を大ヒットさせて
仁侠映画ブームの土台を作ったのが沢島忠なんだがな
2025/09/15(月) 17:15:01.86ID:oNYRRIWi0
本職の方は、歩く姿は鶴田浩二、目付きは高倉健が一番本物っぽいと言ってた
でも池部良は仁侠映画では独特の位置を占めてるね。
東宝の大スターだった池部を強引に出演させたのが俊藤浩滋。
前年松竹「乾いた花」でやくざ役の池部を観て出演依頼したらしいが
任侠ものは一作で止めたかったので殺してくれと頼んだ。
ところが好評で再度出る事になり死ぬのが定番に。
日本侠客伝」一作目の中村錦之助の役もそう。
組合の親方に祭り上げられて、任侠もの反対の急先鋒だった錦は、
主役を断って、高倉健が代役なので、はなむけに一作だけ客演。
好評だったので、シリーズでは錦のやった客人役が死ぬこと多し。

「心残りは・・」で、黒沢明監督、池部宅を訪問というのがあるね。
三船が酔っ払ってジープ横転させてたんぼに突っ込んで二人とも泥だらけに
なって、夜中に握り飯作ってくれって池部宅に寄ったんだそうだ
2025/09/15(月) 17:38:23.47ID:oNYRRIWi0
池部さんはエッセーは必ずオチつけてるよね。
載せてくれる編集者や出版社に対する配慮なんだろうが。
だからつくり話も結構あるんじゃないかなと思ってる。
それから演技と一緒で文章は筆致も内容も結構冷めてる
池部劇場の楽しく洒落たコントなんだね。
対立関係になるエピソードや深刻な内容はほとんど出てこない。
敬愛する人ほど茶化して書く傾向があるけど、それは必ず強い相手。
反論する場所の無い一般人のエピは、創作をかなり混ぜることにしているのでは。

現代人」あの映画は、フランス映画っぽかったですよね。
現代人」に、二階の窓から池部良さんが器に入った水を窓下の川にすてるシーンがあり、
私には何故わざわざそのシーンがあるのかわからなかったんですけど、淀川長治さんの本を読んでいたら
その場面を「美しい」と。感性ですね
淀川長治 究極の日本映画ベスト66 (河出書房新社、
2025/09/15(月) 19:08:10.15ID:oNYRRIWi0
韓国は前のものを全否定をする。
李氏朝鮮建国者の李成桂で、彼は高麗王族を追放し、みな殺しにするが、安心できず王族の王氏姓を見つけ次第殺害する。
だから朝鮮人に王氏姓が少ない。
2025/09/15(月) 21:24:55.92ID:oNYRRIWi0
50歳を過ぎてから隠密となった林蔵は、浜田藩(現在の島根県)が行なっていた密輸を摘発し、竹島事件)
薩摩藩(現在の鹿児島県)の密貿易に関する内偵などにあたった。潜入困難と評判の高かった薩摩藩に潜り込む際は、城下の職人に弟子入りし、
3年間も身分を偽る生活を送った結果、城内に潜入することに成功している。
2025/09/16(火) 00:47:19.99ID:7eZuFJCT0
江戸開城の後、勝利の証として着用したようです。
赤=朱熊(シャグマ)、白=白熊(ハグマ)、黒=黒熊(コグマ)と言われます。
んでその実態は「家康に過ぎたるもの」の一つ「唐の頭(からのかしら)」のことです。
戦国時代の一流の武将のステータス兜につけてた毛、ドラマでは武田信玄とかに良く見受けられるアレです。
材質はチベットのほうのヤクの毛で、舶来ものの高級品。
徳川家に沢山会ったのは、姉川の戦いの時、信長から礼品として沢山送られたそうです。
んで、武田武士が羨ましがったと。
・・・とまあ、こういう来歴があって薩長が勝利の証として利用したと言われます。

歌舞伎の連獅子の鬘の素材も「唐の頭=威毛」と同様、ヤクの毛を使っていた

江戸期に入ってくると畳が敷かれるようになったので正座が
普及していったらしい。秀吉の時代は、板の間であぐら 

時代劇の遊女って何で首だけ白くぬっているんでしょう?
顔を塗らず素顔を晒せるのが吉原の「粋」だったらしいです。

江戸時代の中期に玉絞めという油の絞り方の新方法が開発されて、
それまでのやり方より効率的に油が取れるようになってから普及したんだよ。
玉絞りは植物油の絞り方で、ごまや菜種に主に使われた。ただし食用と灯火用の油は原料が微妙に違う。
食用>ごま 灯火用>いわし 菜種はどちらにも使われた。
屋台とかが出はじめたのはそれからで、最初は串揚げ。
もともと揚げ料理は部屋が臭くなるので外で作るのが普通だったが、
江戸も後期になると魚介類を使った屋内で食べるスタイルが出始める。
もっとも、江戸時代の「てんぷら」は今で言う「素揚げ」などの油料理そのもののことで、
関西などでさつま揚げなどを「てんぷら」というのがその名残り。江戸ではごま、関西では菜種を使うのが主流です。
衣をつけるやり方が普及したのは明治になってから。
2025/09/16(火) 12:07:57.22ID:7eZuFJCT0
 シーボルト事件発覚の翌年、文政12年(1829)に、林蔵はいきなり長崎に姿を現します。
出島オランダ商館長フィッセルが書き記すところによれば、フィッセルのために禁制品の画材を入手しに店にでかけた「日本人の友人」が、
店の中で旅人姿の林蔵を目撃

長崎でも林蔵の名(悪名といっていい)がとどろいていたらしく、また林蔵もシーボルト事件に絡めての長崎調査だったと思われます。
林蔵の長崎入りの目的を長崎でのオランダや中国との貿易を現地奉行がちゃんと管理してるのかどうか調べることにあった

江戸時代の「幕藩体制」にあっては地方の大名の領地「藩」は幕府に従っているとはいえ独立国といってよく、
その中へ潜入して情報収集を行うのはまさに「スパイ」に他ならず、当然命懸けの特殊活動でした。
薩摩藩は関ケ原以来諸藩の中でも特に独立性の強い大藩で、薩摩藩に潜入した多くの隠密が「帰らぬ人」となってしまい、
行ったきり帰らぬ人のことを「薩摩飛脚」と呼んだほどです

カラフト北部のギリヤーク人や大陸から来るサンタン人(山丹人)らの凶暴さに恐れをなしたアイヌ人
どこまでが日本領なのか微妙なところなので(これ以前清がすでにカラフトに女真文字の標柱を立て、林蔵たちもカラフト各地に日本の標柱を立てている)、
カラフトへ来るまでなら国禁を犯したことにはなりませんが、海峡を越えればそこは明白に清の領土
もっとも彼は幕府から派遣された役人、事実上のスパイとして調査・探検に来ているわけで、越境を独断の国禁破りとして処断される可能性は小さかったのでしょう

ただ間宮海峡の存在が広く知られたというわけでもないようで
1855年にクリミア戦争の余波でイギリス艦隊がロシア艦隊をこの海域に追い込んだ際、イギリス側は間宮海峡の存在を知らなかったためにロシア艦隊にまんまと逃げられる、
という事件があって、ようやく間宮海峡の存在が世界的に知られたと
2025/09/16(火) 21:08:52.92ID:7eZuFJCT0
自分らの意思に関係なく「日本人」になってしまう台湾住民は、たまったものではない。
当時の清朝の役人によって「台湾民主国」が作られた。人によっては、これを「アジア初の共和国」とする者もいる。
ところが、これが紙より脆く日本軍がやってきたら見事に崩壊。
それどころか、崩壊した「台湾民主国」の軍隊が盗賊化して街を荒らすという、中国史あるあるの様相を呈し、地元の知識人が日本軍さん助けてと日本軍の陣地に駆け込んだほどであった。
で、そんな乱暴狼藉を働く人間を追い出し(というか勝手に大陸に逃げていった)、1896年(明治29)に台湾総督府ができてめだたしめでたし。
2025/09/17(水) 01:16:32.94ID:iNZfMJ2D0
・庶民の感覚で大金である
・しかしまったく手が届かないわけではない
・金貨1枚
このへんのイメージから、俺は1両=10万円として変換してる
江戸時代でも時代によって貨幣価値違うからね。
300年もあるのだから当然っちゃ当然。

八丈の場合、江戸期を通じて送られてきた罪人は約2000名で内600人
ほどが赦免されたそうだ。島抜け(脱走)は記録なし
島には島民もいるので常時監視され、日常生活も細かく制約されます

「血」じゃなくて、「家」に拘ってるって言えば分かりやすいんじゃないかな。簡単に養子縁組しちゃう所とか
下級武士から大名まで「お家の為に」生きてるって言っても過言じゃないしね

司馬遼太郎の「街道をゆく」の受け売りだが、近世までは、次の世代の人をどう確保するかに重点があったのではないか。
夜這いの風習が残っていて、子が出来ると、女性に父親を指名する権利があり、父親は自分の子でなくても共同体のた
めに育てる。長じると若衆宿で共同生活をする。若衆は自警団であり、消防団でもある、という。
応仁の乱以降、長子相続に傾いて来ると、血筋を言うようになるが、秀吉が淀の産んだ子の血をとやかく言わなかったのは、次世代願望のゆえと思える。
秀忠の嫁さんは、3回目の結婚だったが、出産経験があるというのは、子をなす
能力が保証されたも同然なので、秀忠は否応を言わなかったのでは。嫁さんもバツ2を全く卑屈に思っていないみたいだ。
女性の貞操を強く求め出したのはいつかは、よく分からないが、江戸に入り、武士の学問に儒教の色彩が強くなり、二夫にマミえずとかになってからではないか。

稲作、養蚕など女性が働き手のところは、男尊女卑は希薄の傾向。
男尊女卑がはびこったのは明治以降だよ
2025/09/17(水) 01:22:12.74ID:iNZfMJ2D0
征夷大将軍も関白も、いわゆる律令制下の正規の官では無いことは同じ。
いわゆる令外の官。
後者はあくまで非常の任命だし、本来は軍事的役職で政権に携われる役職じゃ
ない。頼朝は武家としての政権を作りたいが為、朝廷の役職とは別格の役職を
得たいと考えていた。そこで欲したのが征夷大将軍の役職。それを知っていたから
後白河法皇は最後まで任命を渋っていた。
本来、征夷大将軍は武家に限らない官職だったけど、結果的にはこの事が後世の
先例となり征夷大将軍=武家と言う事になった。歴代の将軍たち(鎌倉・室町・江戸)も
全て大納言、右、左大臣の官を受けて、同時に将軍宣下で征夷大将軍に任じられている。
結果的に政権を担当するのも多分にご都合主義的理由(武力と経済力を把握していた)からだな。

左大将のような常任の職が朝廷のシビリアンコントロール下にあるのに対して、
戦時職の征夷大将軍は当該地域(蝦夷との対戦地ね)の役人・住民を幕下に
おさめて政治・軍事の全権を司る権限が与えられていた。その機関が幕府。
今風に言えば、非常事態宣言を出して軍事政権を樹立、とか。
もちろん本来は奥州限定のものなのだけど、これを拡大解釈し、義経捜索・
奥州藤原氏対策に名を借りて全国規模にもっていったのが、頼朝とそのブレーン。
そして、(朝廷任命ではなく)将軍任命による守護・地頭を設置して武士による支配体制を確立させた。
将門のような完全独立や、清盛のような貴族化による失敗例を参考に考案された
だろうだけのことはあって、この一見複雑に見える二重権力構造がその後数百年引き継がれることになった。

幕府なんて機関は存在しないよ。
幕府は「将軍の住む館」の意味だから、今で言えば「(総理)官邸」みたいなもの。
今でも総理や総理周辺を「官邸」というように、将軍もしくは将軍周辺を「幕府」と言っていただけ。
あと、武家を中心とした政権という意味の「幕府」って言葉は江戸時代中期に学者が言い出したもの。
2025/09/18(木) 10:50:37.46ID:IkaMq2Y00
江戸では大きな施設といえば神社、仏閣、大名屋敷しかなく、神社では攘夷派の過激な浪人たちが横行していた時代、これをいたずらに刺激する懸念があり、
また、生活の場としても外国人には、神社よりも寺院のほうがスペースの点からも便利であったと思われる。
大名屋敷は攘夷の風潮が盛んな折から提供主がなかったことはいうまでもない。
2025/09/18(木) 11:25:07.52ID:IkaMq2Y00
戦前・戦後にかけて多くの伝奇小説・冒険小説を書いた高垣眸の同名小説を原作とした、冒険アクションドラマ。『月光仮面』の後番組であり、引き続き大瀬康一が主演を務めた。
 ジンギスカンが遺した財宝のありかを解く鍵は、「フビライの矢」「オルコンの弓」「ダッタンの的」の3つの秘宝。母の形見として「フビライの矢」を持つ正義の
日本人青年・黒田杜夫(モリー)は、行方不明の兄を探す旅の途中で、清王朝の再興を目指す秘密結社・青竜党と、
片目の男・ジャガー率いる組織「豹の眼」に襲われる。青竜党の王女である少女・錦華は「オルコンの弓」、ジャガーは「ダッタンの的」を持っていたのだ。3つの秘宝を巡って、三つ巴の争奪戦が幕を開ける。
 香港や東シナ海を舞台に繰り広げられる戦い
2025/09/19(金) 16:40:18.49ID:tP2Kx4Nc0
連」は「シンニュウ」に「車」と書きますが、シンニュウの源字は「辵(ちゃく)」で、これは「走る」という意味です。
つまり「車」が「走る」さまをもって、連続している姿をあらわし、つらなるという意味に使われます。
これに対して「聯」は「耳へん」に糸を密接に組み合わせた文字になっています。
もともとの意味は、すこし残酷なのだけれど、大昔、戦いの際に敵の遺体の耳を切り取って糸でつないで戦勝の証とした。
耳が密接に糸でつながれているさまから、「聯」は、ひとつひとつが密接な関係を持って集合し、相互に連携して活動する際に用いられる字となっています。
ですから、これを艦隊にあてはめると、
「連合艦隊」なら、ただ艦隊がつらなって走行しているだけの姿を現します。
「聯合艦隊」なら、すべての艦が有機的に結合し、機能的に活動する艦隊という意味になります

「連」は「もしくは縦に、まつすぐ一本につながつてゐる」(一次元的)様子を表し、
「聯」は「四方八方とのつながりがある」(二次元的)

「聯」は「連」の旧字体ではありません、異なる漢字です。
「聯」は常用漢字ではないため、常用漢字で似た意味を持つ「連」が現在では一般的に当てられているだけです
2025/09/19(金) 16:42:33.43ID:tP2Kx4Nc0
礼儀作法の「礼」
昔は「禮」と書いた。礼は、豊かに示す

「恋」も、昔は「戀」と書いた。
上の部分の「糸+言+糸」は、糸がもつれているさまをあらわします。
ですから「戀」は、「相手のことを思って、心が思い乱れて、切りがつかないさま」をあらわす。
これが「恋」となると「亦+心」ですから、「亦=ひたすら」な「心」です。
簡単にいえば、ただ一途に想うのが「恋」。
好きな人のことを思って心が千路に乱れるのが「戀」。
2025/09/19(金) 17:14:42.61ID:tP2Kx4Nc0
病院で働いていますが、海外の方の受診が本当に多いです。
今の状態を放置しておくと、医療目的で日本に来られる方が続出すると思います。
お金を払ってくれていれば良いという考えの方が多いですが、正直言語の問題や、コンプライアンスが悪い(自己解釈や思い込みが激しい+自己主張が激しすぎて医師と衝突する)方も本当に多く、対応にもの凄く時間がかかる事が多いです。
日本の医療が素晴らしいのは確かですが、自国で解決出来ない問題を、他国である日本に持ち込まれるのは全面的に肯定は出来ないと感じます。
こういった海外の方専門の病院を、ビジネスとして増やしていかれるのが良いのではないかと思います。
一般の病院に受診されるのは迷惑なので、棲み分けがきちんと出来る仕組みを作って欲しいです
2025/09/19(金) 22:54:24.22ID:tP2Kx4Nc0
薩摩や長州が幕末から明治維新にかけて行なった策謀・謀反・反逆・暴虐・殺戮・略奪・強姦など、
ありとあらゆる犯罪行為を隠蔽するために創られた欺瞞(ぎまん)に満ちた歴史観

[薩長史観1]幕府は無力・無策のまま開国したために倒幕運動が起こった
[真相]幕府は薩長に比べて遥かに開明的で、開国による近代化を進めていた

[薩長史観2]吉田松陰は松下村塾で幕末志士を育成した大教育者である
[真相]松陰は、暴力革命を礼賛するテロの扇動であった

[薩長史観4]西郷隆盛は「無私の心」で明治維新を成しとげた最大の功労者である
[真相]西郷は僧侶を殺し、江戸を混乱させ、同調者を見殺しにした策謀家だ

[薩長史観17]孝明天皇の病死で、英明な明治天皇が即位して日本は夜明けに向かった
[真相]孝明天皇は、薩摩と岩倉具視の陰謀によって毒殺された可能性が高い

[薩長史観19]「討幕の密勅」は正式なもので、天皇から幕府討滅の宣旨が下された
[真相]討幕の密勅は偽造されたものであり、その真相は文章に示されている

[薩長史観20]大政奉還は、その場しのぎの愚かな決断である
[真相]大政奉還は「慶応維新」というべき歴史的偉業であり「明治維新」より優れていた
2025/09/20(土) 14:47:38.13ID:5w81lkVx0
アイヌが先住民族であると言っているマーク氏の根拠は「アイヌ施策法」しかない。
しかし様々な遺跡発掘や歴史研究で、アイヌ以前に北海道に人が住み文化を築いていた事実がある。
思い込みや偏見、あるいは自らの利益や利権ではなく、事実はどうなのかという一点から考えなければ本質を見失うと思う。
2025/09/20(土) 15:08:08.09ID:5w81lkVx0
薩摩が木曾三川の治水工事を命じられたのも、高須藩主から尾張家の後継ぎに抜擢された徳川宗勝の策だというのが当時からの通説。
八代将軍吉宗まではしきりに縁談をもちかけたり屋敷に放火を繰り返して薩摩の出費を強いる事に徹していたが、
九代将軍家重は言語障害者で意思の伝達がままならない上に、思考能力にも問題があったらしい。
そこに宗勝がつけこんで幕府の名で薩摩に治水事業の負担を押し付けた。
尾張は自腹で尾張側の堤防を補強したが、それがかえって岐阜側の脆弱な堤防に負担を増やして決壊の被害を拡大したので顰蹙を買っていた。
岐阜側に領地を持つ高須松平家が実家である宗勝にしてみれば、小藩である高須藩に尾張藩並の負担をかけたくないという思惑も働いたのだろう。
幕府も薩摩も、まんまと高須家の策士に使われたという所だ。

とはいえ、洪水がもたらす豊穣な土も入らなくなってしまったので
尾張側はすっかり土地が疲弊しちゃったわけですが。
まさに策士、策に溺れるという奴ですな。
2025/09/20(土) 15:30:55.04ID:5w81lkVx0
薩摩は人口の30%がサムライであり、極端にサムライがおおい。
末端の庶民でも他の日本の地域よりは豊かだった。
なんせ、農民は自作農がほとんどで、漁民も自前の船はあったし
町民にいたっては、冠と土地の有無以外は王族・貴族と差は無かった。
庶民でも苗字を持つことが許されたし、下級の官吏になることも出来た

「征服された可哀想な琉球王国」史観って、いかにも左翼が考えそうな物語だなぁ。
あのさ、沖永良部島とか、宮古八重山列島の歴史をちゃぁ〜んと調べてごらんよ。
琉球が平和愛好でも何でもなく、自分よりも弱い地域に対しては、侵略者であったって、理解できるから。
薩摩が残酷で苛烈な支配者なんてステレオタイプは、いいかげん止めるべきだよ。弱い相手にはとことん強気に出る、
それがあの時代の空気だったって事だ。沖永良部島への侵略者だった琉球は、同じ侵略者薩摩に武力で敗れた、それだけの事さ。
尚氏だって、平和裏に琉球統一を果たしたのか? 違うだろ。敵は攻め滅ぼしてる。
元ちとせの歌でも聴いて、薩摩にも琉球にも支配され、差別され、搾取された
薩南諸島の民の、慟哭と諦観とを感じろ。彼女の裏声は奄美島唄の技法そのままだから。
フラメンコにも通じる、哀愁と力強さが潜んでる。
「島唄」って言葉自体も本当は奄美の言葉

離島での搾取って「人頭税」とかでしょ。いまも民謡で残ってるからね人頭節ってのが。

本土復帰前は奄美も米軍管轄下で大勢沖縄に出稼ぎに出ていたが、島差別がひどかったそうな。

示現流に『受け』はない。『攻め』あるのみ。

あの鬼島津といえど、船に乗っていたら那覇の沿岸要塞にある
50門近くある大砲には到底かなわんだろってことだろ。
実際、トカラ衆は薩摩の水先案内人をしたとき、那覇から入ろうとすると、これだけの船では落とせない、と言ってるし
倭寇も那覇だけは襲撃したことはない
ちなみに琉球攻略戦は、薩摩主力は読谷あたりから上陸してそのまま首里に行っている
その頃、謝名親方が那覇の沿岸要塞で指揮していて、那覇のほうに来た薩摩水軍を尚寧王が降伏するまで足止めしていた。
そのあと、首里から来た薩摩軍に謝名親方は捕らえられた
2025/09/20(土) 15:51:06.41ID:5w81lkVx0
薩摩藩は士族階級が4割という異常な藩(他藩は1〜3割)。

琉球は14世紀ころから明国に朝貢するようになった。そして琉球王は中国皇帝の冊封を
受ける。朝貢貿易の返礼は「唐一倍」と呼ばれ、琉球王府は十割近い儲けを亭受するよ
うになった。また1491年に即位したとされる尚真王は、権力基盤を確立するため沖縄に
身分制度を設け、刀狩りを行い、有力士族には家禄を与えて王府首里に住まわせた。
ところが民衆は「地割制」というシステムに組みこまれ農奴と化する。土地私有は
いっさい禁じられ、一定年限ごとに村落ごと耕作地を交代させられた。反乱を防止するためである
さらに離島農民へは人頭税が課せられ、本島農民の三倍以上という重税が課せられた。

琉球の実質的統治者は、じつは琉球人ではなかった。これこそが中国移民、
客家である。琉球では彼らを唐栄と呼んだが、王府首里城では、旧正月に琉球王
がこの唐栄の号令に従って、北京の柴禁城の方角に向い三跪九叩の礼を行った記録もある。
また、かつて琉球王国は広く海外交易に従事したと流布されているが、県民性にはそういった特性は見いだせない
琉球の海外交易の話は、この客家の存在で十分説明がつく。また沖縄民俗学の
祖といわれた伊波普猷氏も「廃藩置県は半死の琉球王国が破壊されて琉球民族
が蘇生したのは寧ろ喜ぶべきことである」と述べている

地割制は明治36年、明治政府によって廃止される。ようやく土地私有を認められた沖縄農民の生産意欲は向上
最後の琉球王尚泰氏が死去したが、当時の沖縄県知事は県民に喪に服するように指示したにもかかわらず、金武村(当時)では村民が
「農民を酷使した公憤晴らし」として縄引き大会などの祭りを催していた
2025/09/20(土) 16:22:59.50ID:5w81lkVx0
薩英戦争が薩摩の負けというのは歪曲
城下の一割が焼失して5人が死んだだけで、降伏も賠償もしていない戦いを負けだというのは無理だろ
停戦交渉の席に薩摩側の全権として出席した大久保一蔵は賠償と降伏を断固拒絶している。
生麦事件の下手人の処刑を約束し結局は佐土原藩がリチャードソンの遺族に見舞金を払うという事で決着した。
その上その金は幕府が立て替えている。
薩摩は名目上も実質的にも賠償金などビタ一文払ってないんだよ。

薩摩藩は西洋文明の優秀さを痛感し、イギリス側も薩摩藩の開国論を知り、両者は急速に接近するようになった。

貸した金を回収するには、債務者と債権者がそれぞれお互いに向けて行使できる暴力の強さの比較において、
債権者が債務者を凌駕する事が必要になる。
債務者が債権者を凌駕する武力を行使できる状態なら、貸した金は必ず踏み倒される運命だ。
日本には200兆円にのぼる米国債を保有しているが、米国からその金を回収できる軍事力は持っていない。
従って契約が定める償還期限が訪れれば、償還された分だけ新規の米国債を押し売りされてしまうばかりだ。
米国は国債を日本に押し付けて得た金で強大な軍隊を維持し、世界最強の大国としてやりたい放題を続ける

秀吉にやぶれさって以来、薩摩は秀吉の言いなりになっている
島津義久は、秀吉の命令とし称して、琉球にも朝鮮侵略の軍役として7000人分の兵糧米10ヶ月と名古屋城建築のための負担金を要求してきた。
この当時琉球は王位即位の準備と柵封士を向かえる準備をしており多額の出費を必要としていた。到底負担できるようなものではなかったのである。
島津氏は、再三督促し、それに代わる条件として奄美大島の割譲さえ求めてきた。
琉球は、半分を負担したが、のこり半分は、薩摩側が貸したことになっている。
琉球はその半分の返済をしなかた。その事がのちに島津氏の琉球侵略の口実にもなった

村田経芳は国産軍用小銃開発の為に西洋諸国の銃器関連施設を見学して回っていた。
その際、各国の射撃場で超人的な射撃の腕前が西洋人の注目を受け、一躍ヨーロッパ最高の射手という肩書きがついたという。
村田は見学に向かう先々で射撃競技を挑まれ、ことごとく勝利を収めたが、フランス軍の士官学校で新型銃を用いた試射の際、5発め以降の弾着が乱れる現象に気づいてフランス人に質問した。
フランス軍人はその現象を原因不明だと打ち明け、専門家は地球重力の影響による不可避の現象だろうという仮説を唱えている事を村田に告げた。
しかし村田は弾頭が特に柔らかい事に気づき、銃身内部が弾丸発射に伴って鉛が付着する事が原因だという事実を即座に発見した。
フランス人は専門家がいくら調査しても発見できなかった原因を日本人が見つける訳がないと一笑に付したが、
村田が銃身を清掃しながら射撃して弾着を安定させて見せると顔色を変えて上司に報告したという。
2025/09/20(土) 16:47:26.19ID:5w81lkVx0
侵略を征伐と呼ぶ習慣は東アジア史の基礎的な常識
まともな研究者なら、「当時は琉球征伐と呼ばれていた」という事実を継承する事を重視すべき。
そうする事で、「昔から東アジアでは、侵略の際に征伐と称する習慣があった」という事実を示す一例として理解できる。
ところが琉球侵略などと改竄してしまえば、「事件当時から琉球侵略と呼ばれていた」と誤解を招くだけ。
今も「熊襲征伐」だからな。「熊襲侵攻」という表現に出会ったことがない。
熊襲征伐は不当だ!というヤシいる?
2025/09/20(土) 20:17:30.96ID:5w81lkVx0
アームストロング砲はそもそも暴発の危険が極度に高いシロモノだったらしいね。
だからイギリス海軍以外の列強海軍は採用をためらっていたらしい。
故障も多いが飛距離・威力は抜群なアームストロング砲と薩摩武士は戦ったわけだ。
新式艦載砲は使い始めた途端に作動不良が頻発して初日で戦闘不能に陥り、翌日慌てて戦場から逃走しただけだ。
アーネスト・サトウの手記では開戦前から上陸戦闘になればイギリスには勝ち目が無いという見解で日本側英軍側ともに予想は一致していた。
つまり、艦砲射撃でビビらせて薩摩の戦意を挫く以外に勝ち目が無い戦いだという事はイギリスも始めから自覚の上だったんだよ。
関ヶ原で1600人の部隊が80人に減っても戦意を失わなかった薩摩が5人の死亡で音をあげるとするわけない。
薩摩側が軍艦を何隻か拿捕されたり避難が完了して無人化した市街が1割ばかり焼失しても薩摩の戦意を減殺する事は有り得ない
歴史マニアはともかく一般の日本人は薩摩が負けたと洗脳されてます。
教科書がそう書いてる(若しくは負けたと思わせるように書いてる)からね。

死傷者はイギリス艦隊のほうが多かったし、イギリス艦隊は上陸も出来ず、退散するしかなかった。
薩摩は戦闘再開をちらつかせてイギリスに対しては賠償を拒絶し、
幕府からは半分脅しを入れながら生麦事件の遺族に支払われた「見舞い金
賠償金なら非を認めた事になるが、見舞金では非を認めていない事を意味する
2025/09/20(土) 22:52:24.55ID:5w81lkVx0
関ヶ原からの退き陣で、1600名のうち、生き残った80名
江戸時代を通じて、薩摩の妙円寺詣りに込められた想いは、江戸期の忍耐(木曽川治水等)や幕末の戦いの原動力になったと考えられる。

祭りを‘反幕’教育に利用したとしても無理がないだろうか。
また下々の教育はともかく、後世の斉彬や久光が挫折したとはいえ公武合体で幕府を支えようとしたこととも矛盾する。
妙円寺詣りは島津義弘個人のカリスマに拠るところが大きいのでは。

久光は、最初から幕府を敵視してるよ。ただし、長州と連合して倒幕という路線以前は、朝廷内での権力(主導権)争いだ。
異分子なのは斉彬。彼は薩摩の代表というより、薩摩藩主でありながら、開明路線(=当時は尊皇攘夷思想+技術)を歩んだわけで、薩摩の世論の代表ではない。
藩主になるまで、薩摩に行った事もなかったからね、斉彬は。

斉彬の死後も、それを継承する側と、国許の久光派とで、当然対立が起きる。
1862年の寺田屋事件はそれが背景にあって起きた事件だ。
ただ、面白いのは、西郷と大久保のその後だね。
西郷は斉彬、大久保は久光に見出されて台頭した。
しかし、結果はあくまで明治政府側の路線を取る大久保と、鹿児島士族の代表となってしまい結果的に西南戦争の首魁になってしまった西郷。
斉彬路線と久光路線が大久保路線と西郷路線では、完全に逆転してしまってい

薩摩は西郷大久保を生み、近代日本を生んだ時点で
織田徳川を生んだ尾張・三河と同程度に重要
2025/09/20(土) 23:09:05.26ID:5w81lkVx0
軍事学では経験則として自軍の30%が死亡したりして無力化したら潰滅となる。
身の危険を体感した兵士が武器を捨てて逃走を始めたりして作戦行動を継続できなくなるのが常だからだ。
95%が討ち死にしても規律正しく敵中突破を敢行した島津の退却戦は世界史上も稀な事例

あんな異常な玉砕を平気でやってのける連中を、本気で征伐したらどうなるんだ?
豊臣もまだ生きてるし、他の勢力もある。かなりやばいよ」
って、家康に思わせた、ってことだろ。
実際に、戦闘に参加しなかった毛利は断絶寸前で、大幅減封で辛うじて生き延び
西軍についたにもかかわらず薩摩は本領をそのまま保った。
これは明らかに異常な事態であり、薩摩の底力を家康が恐れていた

明治新政府には、薩長のウェートが大き過ぎることが問題となると、自由民権運動など起こって行く。概ね日本の歴史は順調に推移している。
ただし、軍は別だけどね。海軍や陸軍は、長州や薩摩閥が最後まで残り、体質の健全化が図られなかった
それが、破滅的な戦争へと国の命運を誘っていく。
尤も、外交面でも日本はイケテナイから、軍だけの責任ではない

薩摩の悲劇は、今がビンボー県であること。だからノスタルジーが強引な論理に見えてしまう。
戦前は台湾や東南アジア向けっつー事で、錦江湾が貿易の港として機能していた事もあった

、ここでの論調は断定が多いね。殆ど精神論だ。
2,3日経ってから、もう一度自分の書いたものを読んでみることをお勧めする。
倫理観というものは、他人に押し付けるべきものではない。自分で実践するものだ
2025/09/21(日) 16:03:16.66ID:8NfyB9Ak0
苔 (中公文庫 A 101) 文庫 – 綱淵 謙錠 (著)
直木賞受賞後第一作である。帯には司馬遼太郎氏の一文が寄せられている。
「北方人の鬱情」、すなわち綱淵氏の作品と人となりを概括したものである
「朔」
 北方樺太領有をめぐる小藩、大野藩とロシア官憲との交渉の顛末である。当時幕府が大野藩という北陸の小藩に歴史的に重大な交渉を任せた経緯はさ
ておき、ここで登場する大野藩北蝦夷詰頭、早川弥五左衛門と、ロシア官憲ヤチコフとの「アイヌ使用人トコンベ」の逃亡をきっかけとした引き渡し交渉。
 漁業権を生かし樺太の領有を捨て置くか否か、日本とロシアの政府間交渉のひとつの象徴的事柄として、弱小藩に任された「トコンベ」事件の艱難を帯び
た収拾の顛末に焦点があてられている。しかし名実ともに樺太の領有、南樺太の割譲はおよそ40年先の日露戦争を俟たねばならない。

濤(とう)
明治26年3月、熱狂する群衆が見守るなか、五隻の手漕ぎボートが隅田川を後にした。目的地は「鳥もかよわぬ」北千島の占守島。一行を率いるのは、予備役海軍大尉郡司成忠。
何が彼を開拓の夢に駆りたてたのか?文豪・幸田露伴の実兄でもある郡司大尉
無謀とも言える北千島殖民を決意し、資金難や周囲の反対を乗り越え、ついに出発にこぎつけた郡司大尉一行。新聞記者の随行も決まり、全国民の注目を浴びる短艇行となったが、寄航先での歓迎責めと悪天候が重なり、行程は遅々として進まず、
大尉の心に焦りの影がさす。ようやく本州北端にさしかかった時、暴風雨が襲って、一隻が消息を絶った―
2025/09/21(日) 21:05:15.79ID:8NfyB9Ak0
「『金日成』はもともと抗日戦の伝説的英雄の名前だった。ソ連が、この英雄とは別人の金成柱という無名の大尉を連れてきて『金日成』とし、北朝鮮の指導者に仕立てたのである」
つまり、金日成ニセモノ説である。我々のよく知る金日成は金日成ではなく、金成柱(ソンジュ)という人物がなりすましていた、というのだ。
この話は一部では知られているものの、今に至るまでその検証も含めて秘匿されているに等しい。北朝鮮においてのみならず、
日本のマスコミや研究者においてもである。最近やっと金日成の本名は金聖柱(ソンジュ)であると語られだした。「成柱」と「聖柱」は日本語でも朝鮮語でも読みは同じ

日本の旧陸軍士官学校出身 初代金日成というのは本物の金日成という意味で、1920年代に抗日独立運動を指揮した。
北朝鮮の初代最高指導者は1912年生まれだから、彼が本当に金日成だとしたら、十歳前後の子供でありながら抗日運動を指揮したことになる

韓国を信託統治していた米国軍政は、北朝鮮の故金日成(キム・イルソン)主席を早くから「偽の金日成」と判断していたこ
金成柱が叔父(伯父)の名をかたった

ソ連軍は彼を伝説の英雄金日成にすり替えて北朝鮮支配の傀儡に仕立て上げることにした。

1945年10月14日初めて金日成として民衆の前に登場し演説した時聴衆の反応は極めて冷ややかであった
いよいよ金日成将軍の登場となった。次の瞬間みな唖然とした。白髪の老闘士を想像していた人々の目の前に表れたのはそれとは似ても似つかぬ若造だった。
金日成の演説が始まると人々は『偽物だ』、『露助の手先だ』、『ありゃ子供じゃないか。何が金日成将軍なもんか』と口々に言い出したのです。そのまま会場から出て行く人もいました。
というのも彼があまりにも若すぎるのと彼の朝鮮語がたどたどしかったからです」

彼は7歳にして漢方医であった父親に従い祖国を離れ満洲に移住した。満洲では中国語圏で生活したため朝鮮語より中国語が堪能であった。
2025/09/21(日) 21:25:20.63ID:8NfyB9Ak0
1936年11月13日滿洲帝國陸軍の討匪隊は金日成共匪の所在を確めて激戰後遂に反日闘争の英雄金日成を殺した
2025/09/21(日) 22:05:30.31ID:8NfyB9Ak0
1907年 日本によって、強制的に韓国軍は解散させられる、脱営した多くの兵が
抗日義軍に参加し各地で日本軍と戦った。そのとき「キム・イルソン」将軍が活動

1912年4月15日父 金亨稷(キムヒョンジク 母 康盤石(カンバクソク)長男を出産、名前は金聖柱(キムソンジュ)
満州へと移住し金亨稷が独立運動にある程度は参加したことは認められている

1945年9月 元山湾に一隻のソ連艦艇から「八十八特別旅団」の朝鮮人パルチザン金聖柱(キムソンジュ)らが上陸する。
この日、金聖柱(キムソンジュ)とともに元山港に下り立った兪成哲(ユソンチョル)が興味深い回想を残している。
「金聖柱(キムソンジュ)は私たちにこう頼んだ。もし『金日成将軍も来られましたか』と聞かれたら『その方は後ほど来られます。われわれ
は先発隊です』と答えてほしいと。また金聖柱(キムソンジュ)はもし『金日成将軍はおいくつになられますか』と聞かれたら
『お目にかかったことがないので、よくわかりません』と答えてほしいと」。
レベジェフの回想によれば、金聖柱(キムソンジュ)はレベジェフに「司令官、私たちもソ連第二十五軍とともに日本との戦争に参戦したことにしてください。」と懇願したという
2025/09/22(月) 18:10:43.12ID:8Qa4wnP00
アメリカ、イギリスは国際法の中立であるべきことを守らずに、一方的に中華民国政府に、膨大な武器、軍需物資を積み出した、これは国際法の中立の立場を破った行為であり、
日本政府の再三の抗議を無視して中華民国側に膨大な武器、軍需物資の積み出しを続けた、
この時点でアメリカ、イギリスは日本国の対戦国なっている、 日本国はいつでもアメリカに攻撃ができるのである、
2025/09/22(月) 20:55:04.77ID:8Qa4wnP00
「明」 呉音ミョウ 漢音メイ
第一章
3世紀中国大陸で呉が滅亡 > 呉の神武軍が大船団で北九州に上陸 > 邪馬台国壊滅的崩壊、台与戦死 > 邪馬台国人は南九州へ避難(熊襲爆誕)
第二章
神武北九州から進軍 神武東征 > 道中ジャップ輩なぎ倒すが生駒で奈良の葛城王朝に手負いにされる > 裏切りの八咫烏に導かれて熊野から奈良奇襲襲撃トラトラトラ > 葛城王朝滅亡(土蜘蛛爆誕)
第三章
4世紀〜6世紀 神武の子孫ら奈良に王朝を作る ヤマトタケル残りの熊襲(邪馬台国)完全討伐 大和朝廷爆誕 出雲は恫喝で国譲りw
2025/09/23(火) 16:30:10.51ID:ehu0go1v0
敵国条項。憲法9条改正しようものなら
「日本は再軍備して侵略戦争の準備をしている」と判断される場合も。その判断基準は各国に委ねられ、そう判断したら他国の了承無しに攻撃出来る

未だに有効だと言ってるのは、おサヨと陰謀論ぐらいなもんですよ。

旧敵国条項は1995年の国際連合総会決議50/52において「時代遅れ」と事実上死文化していることが確認
@無意味
敵国指定された国の全てが国際連合に加盟済みのため無意味になった。
A削除が決定済み
1995年の国連総会で敵国条項の削除が圧倒的多数の賛成で採択決定済み(賛成155 反対0 棄権3)
敵国条項は既に死文化しているのは国際的常識。
2025/09/24(水) 11:20:00.72ID:0/PcR8od0
新田の嫡流と言う貴種ながら、家康に家系図を渡さなかったため、120石という新田岩松家最後の殿様、俊純の日記を基に構成した伝記ものになっています。伝記と言っても、
その当時や江戸初期の出来事を幅広く取り上げていて、「江戸」フライデー的小説になっています。
話の内容に大きな華はありませんが、庶民に非常に近い(何と言っても年収380万円相当の殿様ですから)目線で描かれた、市井の物語として楽しく読めます。

猫の絵を得意として、贈答品やお守りなどに人気があったという。
 その岩松家の人々を中心に、さまざまなエピソードを拾い集めたのが本書である。侍や大名の滑稽な話が、江戸から明治まで、実に色々なところから取り上げられている。
 それぞれのエピソードはそれなりに面白い。しかし、全体としてはつまらない本であった。まとまりがなく、読みにくい。また、エピソードの扱い方も上手いとは思えなかった。

わずか120石取りの旗本にとって、格式や参勤交代に伴う出費はかなりの負担であった

猫絵は、養蚕農家がカイコを飼育する際にネズミの食害に遭い、これを退治してくれると言われ「蚕の神様」

群馬県新田郡 上野国の小領主・新田岩松氏は人々の病気を直す呪力を持ち、描いた猫絵は農民の大敵である鼠を追い払うと信じられていた。
そして幕末期、人々がその権威を求めて集まるなか、岩松氏は彼らを糾合して倒幕運動に立ち上がる

先祖の新田義貞の勤王の志を継いで
2025/09/24(水) 17:42:03.03ID:0/PcR8od0
「白虎隊」の小説は残念ながらありません。
彼らの戦いは、正味二日ほどで、何をしたということも無く、飯盛山で自刃してしまいます。
本当の会津の戦いは、これ以降本格化するので、冷たいようですが歴史的に見て、彼らはこれからと言うところで、早々に歴史の舞台より退場してしまうのです。

飯盛山で集団自決を遂げたのは白虎隊の一部に過ぎない。残りの多くの隊士たちは戊辰戦争を、そして「戦後」の明治をどう戦ったのか
2025/09/25(木) 11:21:29.67ID:VX3SxmvW0
日本は血縁よりも姓の存続を重視する
たとえば、歴史のあるホテルに放蕩息子が相続しているが、義理の娘が非常に有能な場合、義理の娘は離婚し、養女として養子縁組され、ホテルを相続します
2025/09/26(金) 15:06:20.96ID:iTuJIk9R0
財閥は結構解体したんですよ。その結果、解体されて専業となった財閥系大企業による独占が進みました。(例えば、起亜を傘下にした現代自動車とか。)
以前は、各業種で財閥間の競争があったわけですが、それすら無くなったわけです。
さらに、IMFの勧告により規制緩和が進みました。その結果、金融や大企業で外資系の影響が強くなり、外資は(韓国の未来に責任を持たないので)内需を増やすなんて悠長なことより外需による事業拡大を狙ったため、
輸出依存型が進みました。(輸出依存はIMFの前よりずっと高い。)
IMFの前の韓国経済は、良くも悪くも日本の真似をしていて、規制(いわゆる護送船団方式)により民族資本や国内企業を育てていたのですがね。
通貨危機は、為替レートが事実上固定レートで実力より高かったのと、外貨準備が不足していた隙をハゲタカに狙われたのが原因です。東南アジア諸国も同様で、外資の呼び込みによる経済成長を過度に競争していた面もありますが、
国内経済の問題で直接クラッシュしたわけではありません。(日本の高度成長を見ていたら早く早くとなるのは分かる。江戸時代からの蓄積なんて見えないだろうからね。)
結局、IMFは国際資本の手先になって韓国人を搾取する体制を作ったようなものです。
それを食い止める池田勇人のような人物が、韓国にはいなかったのもあるでしょうが。
2025/09/26(金) 19:10:21.39ID:6g9FGXdB0
【真打登場/移民党葬祭選】次期総理最有力候補の小泉珍次郎、TikTok開設後の『ニコニコ動画』でのステマコメント→高市への中傷工作を文春に報道され謝罪「私自身何も知らない」牧島かれん「私も知りません」→SNS、掲示板等で使われた24のネトサポ例文(コピペ)公開★16 [BFU★]
ttp://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1758878607/
2025/09/29(月) 18:06:04.60ID:UwG6RVTr0
世界で日本のゲームの象徴になっているマリオやポケモンは、数千万で作られたのだが。
しかもマリオの作られたころの人件費は・・・。アニメなんかもっと悲惨だよ。旧態依然の
慣習を続けている製作会社が、ピンハネと韓国への外注だけで41億円の興行収入上げたポケモンアニメ
作っても、アニメ業界はなんにも進歩も改革も起こらないんだから。ましてや特撮なんて
ほとんど趣味で作っているような日本の状況では、誰もやる気にならないだろう。食えないんだから

日本人の中で一番技術があるたぐいの人間がどこで働いてるか知ってる?
ハリウッドだよ。
高い技術とそれに裏付けられた自信を持ってる人は賃金の高いハリウッドに流れている。
話はともかく映像レベルはすこぶる高かった『ダイナソー』で悪役恐竜カナタウラスのアニメーション監督を務めたのは日本人だし、
『スチュアート・リトル』でねずみの毛を表現をするためのソフトを開発したのも日本人。
ハリウッドで予算がかかるのは組合の力が強くて、一つの作業に多数の人間を使わなきゃいけないのと最低賃金が高めに設定されてるからだよ。
だから、同じ1億ドル前後の予算でもILMの一軍スタッフが担当するのと二軍スタッフが担当するので格段に差が出てくる。

日本にやらせればいいというが、そもそも日本で使える特撮屋を全部集めたところで、
ハリウッド映画一本作れるマンパワーはない。
2025/09/29(月) 21:27:04.16ID:UwG6RVTr0
「ハワイ・マレー沖海戦」は戦意高揚映画とは云いながら、意外に淡々としたドラマで
あまり宣伝臭がない
円谷英二は見せ方の上手さもあるが、編集の上手さもある。
海外の映画評論家が「円谷の上手さは、ミニチュアとわかっていても流れを崩さない繋ぎの良さ」って評してた

円谷英二→実相寺昭雄→岩井俊二・庵野秀明
という編集、カット割りの進化

樋口の演出は、まだまだ二次元臭が強過ぎる。
見た目は派手で綺麗なんだけど、これ見よがしに特撮技術を見せびらかしたがるヲタっぽさが、この人の欠点だよ。
「ドラマの中の画」が撮れない限り、まだまだ本物とは呼べないな。
2025/09/29(月) 22:12:36.95ID:UwG6RVTr0
素晴らしき哉、人生」はミニチュアの町並みに降る雪がなかなかリアルだ
素晴らしき哉、人生」でミニチュアワークが使われていたなんて気がつかなかったですぅ。
きっと上手な使い方をしていたんでしょうね。
フランク・キャプラ監督は、「バトル・オブ・チャイナ」でも巧みなトリック撮影を使って・・・(以下自粛)

ミュージカル「王様と私」の後半、一瞬、港に多くの船が停泊しているシーンがでるが、
よく見ると、ミニチュア特撮なんだな。よく作りこんである。
また、照明や、角度なんかもよくて、実写シーンとみまがうばかりです。
それに前後のシーンにまったく違和感なく挿入されている。こういうのをすばらしいと思うし、もっと見たいと思います。
港のシーンといっても、いわゆるバーン!という俯瞰的なシーンじゃないんです。港の一角が写っているだけです。全景じゃなくて。
いや、円谷風の「さあお客様ご覧ください、ミニチュアパノラマ特撮ですよ!さあご覧ください!」
というのも好きなんですが・・・・・

やぱっり炎は本物でないと臨場感が出ない。CGなんてアキマセン。
ただし小さいミニチュアだと炎は普通の大きさだからちょっと合わないこともある。
タワーリングインフェルノの場合は大きなミニチュア(とは言えないか)を燃やしてるから
炎の大きさも自然に見えるんだらうね。
2025/09/29(月) 23:25:09.44ID:UwG6RVTr0
円谷英二は「知ってるつもり」でも取り上げられたけど他に今から何年も前だけど
西田ひかるだったかが司会をしている番組でも特集された。
その番組の冒頭ではウルトラマンやゴジラ映画のシーンが出てきて
「怪獣は山から、海から、空からやってくる。東京タワーなど何回壊されたか分からない。
なぜ日本ばかりが襲われる?」というナレーションの問いかけに西田が答えて
「それはこの人がいるからです!」と言って円谷を紹介するみたいなオープニングだった。
2025/09/30(火) 15:06:05.03ID:eyy55Jus0
「モスラ」はディザスター(災害)映画としての要素を、極力排した怪獣映画。
現在の異世界ファンタジーにも通じる要素を盛り込むことで、怪獣がいても
不思議ではない世界、怪獣と共存している世界観を作り上げた。
なにより暴力的に話が展開しない部分が良い。
子供や女性を怪獣映画の主要キャラクターにしたのも、「モスラ」が最初だが
基本プロットとしては、「モスラ」は「キングコング」そのまま

全盛期の東宝特撮映画は、海外SF映画しか知らなかったSFファンが
いきなり見せられても魅了されるほど、脚本や細部描写がよく出来ているけど、平成になると全然ダメだね。
自分でも面白いと思ってないような、テレパシー少女やオーバーテクノロジー
の設定等を何度も使いまわしていた大森一樹は何を考えていたんでし
大森演出は浮かれすぎなんだよな さらに川北演出は軽すぎる

初ゴジの頃から海外SF・洋画特撮崇拝者の邦画特撮バッシングは根強い。
石上三登志や豊田有恒の著作読んでみ。
石上三登志の著作では、初代「ゴジラ」は反核メッセージが大仰な上に、ゴジラに生物的リアリティが欠けてるって叩いてた
当時はSFが大人の読み物として市民権を得ようと苦闘していた時期だから、SFは怪獣などとは違って高度な文学である、と
SF関係者は必死で宣伝したかったようだ。

東宝・円谷特撮で効果音(得に爆発音)がいつも同じなのはどうかと思う。ヘリコプターなんかも。
2025/09/30(火) 19:22:59.94ID:eyy55Jus0
日本は軟水で水が豊富
これが全て
日本人はきれいな水があるから油で料理しなかった
ほぼ鍋
だから体から油を捨てるアポクリン汗腺が発達してないから臭いが少ない
食の欧米化で植物油を多くとるようになったら酸化した油を捨てられない!
腺がんが激増した

皮膚の構造を簡単に例えると日本人の皮膚がモチだとしたら白人の皮膚はケーキの生地みたいな感じ
連中はいくら風呂で綺麗にしても体内の内臓などのニオイが普通にダダ漏れ状態になっている

乾燥してる国の感覚で香水ぶっかけてくると湿度の高い国では異臭レベル
2025/09/30(火) 22:43:39.94ID:eyy55Jus0
最近の保育園は「入園式」「卒園式」という言葉も使用禁止。
「式」は神道の儀式で政教分離違反だから
2025/09/30(火) 23:40:36.11ID:eyy55Jus0
これらは向いてる方向が違うので、最高とか最低とかいう評価はしにくいと思う。
ゴジラ=恐怖映画風
ラドン=ドキュメンタリー映画風
モスラ=ファンタジー映画風
キングコング対ゴジラ=お祭り興行映画

東京破壊シーンで全力使い果たしたような感じがするね。
ニューカークシティのビル街セットは密集してるけど、なんか大味

東京で力を使い果たしたんじゃなく、急遽ラストが外国に変更になったので作り込む暇がなかったから、というのが正解。
本当は九州の高千穂でエンディングの筈だったんだけど(本編はロケを終了しスチールも残っている)
アメリカ・ヨーロッパの配給を担当したコロンビア映画が「外国も出して欲しい」と要望したので
それに答える形でニューカークシティーの場面が作られる事になった。

ラドン、モスラともに制作費は2億円(当時)と言われている
現代の貨幣価値にして32億円位か
6千万円の初代ゴジラが世界的に大ヒットして一気に予算が上乗せされたのだろう

ガンダムの富野は東宝特撮を劇場で見てたけど、モスラで切ったって言ってたな。
大人の子供騙しが見え透いて耐えられなかった、らしい。
2025/10/01(水) 01:04:47.25ID:v09uTvSp0
ヤマトは勇ましい英雄的なオープニングも、この半音階を多用したエンディングのバラードも、アニソン屈指の名曲だと思う
2025/10/01(水) 13:04:06.86ID:v09uTvSp0
日華事変(日中戦争のこと)が泥沼の様相を呈してきた昭和13、4年頃から、探偵小説は不健全で好ましからぬ読物として、

軍や情報局から圧殺されてしまったが、捕物帳のほうはふしぎにお目こぼしにあずかった。

しかし、それも長くはつづかず昭和17年頃、その人形佐七にも弾圧が下った。
516名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2025/10/01(水) 20:17:04.37ID:WGFkqCMe0
号泣する情けない奴
2025/10/02(木) 00:03:18.81ID:F5cJ2i7U0
ポルトガル系イエズス会、スペイン系フランシスコ会(托鉢修道会)、ドミニコ会等切支丹各宗派の対立である。
遠藤周作や加賀乙彦は切支丹をイエズス会側から観ており、他の宗派を、秩序をわきまえない新参者とする
2025/10/02(木) 00:10:35.76ID:F5cJ2i7U0
浅草エノケン一座の嵐』も、小説としては未完成の部分が少なくない。ドラマチックな盛り上がり場面を、視覚的に描写して用意するというのもシナリオ的である。
反戦というテーマを生の言葉によって前面に押し出してくるのも、最近のテレビ・ドラマの安易さを思い起こさせる

作者の気どった文体が目ざわりだった

エノケンや古川ロッパが登場してくるという、題材的な興味があることで、読者の関心をひくものがあると思われるのだが、欠点も多い小説である。
この程度の文章で乱歩賞に入選するのかと一般が考えるとしたら、それが一番困ることである

密室トリックなどは、作者の意図したおふざけと理解し、抱腹絶倒するのが正しい読み方か。これもエノケンの徳というべきだろうが、
むろん正道ではなく、以後の応募者は、あまり真似をなさらぬように
2025/10/03(金) 00:15:41.19ID:dQiRTS6z0
阿部先生は基本真面目らしく、非常にホームズを丹念に描いており、
創元推理文庫の初期版はずべて阿部知二先生翻訳だった。
2000年以降は新訳版が出て変更になった。

山中峯太郎 版は勝手に短編を繋げたりしててアレンジが凄まじい事で有名。
なぜか、登場人物が近所のおっさんのような親しみやすさ。ワトソンに至っては性格も別モノ
これぞ、山中峯太郎先生のリアリティなのです!
それが故に人気が高く、何回も再販されており、
近年では『山中峯太郎ホームズ』という異名をとり、
原案コナン・ドイルでもいいんじゃないかという説があるとかないとか・・・
2025/10/03(金) 01:04:09.45ID:dQiRTS6z0
横溝は猟奇を表現するとき家柄とか血縁とか悪く言えばありきたりの素材によって雰囲気を出してるが
乱歩は鏡、人形、レンズなどのオブジェから犯罪者の猟奇心理を
表現することが多いよね。ここなども、文体はともかく乱歩のアーティスト性を感じる。
探偵小説というと夢野久作みたいに推理よりも猟奇の味のほうが濃いイメージがあるけど
乱歩は探偵小説としても推理小説としても一級だと思う。
パノラマ島や人間椅子などの常軌を逸したイメージは文学としてどうという以前に天才的な発想のように感じる。
そういう意味では安部公房も箱男だとか砂の女とか天才的な独創性があって好きな作家のひとりだけど腰を落ち着けて
読まないとという気にさせる生真面目な文体なので再読することがあまりない。
やはり乱歩の語り口は講談の弁士のようで心地よい
「おそらく懸命な読者諸君は気づいていると思うが」とか
「なぜこらからしるすようあ恐ろしい事を彼が思い立ったのか」とか
なぜこれからしるすような恐ろしい事を彼が思い立ったのか」
ハッタリのきかせ方がすごくイイ。なんか耳もとで語っているような感じ。

乱歩の書く昭和初期の雰囲気は子供の頃から憧れだった。
当時は六本木周辺でも夜になると真っ暗だったみたいだね。
そこの洋館で起こる奇怪な連続殺人事件、謎を秘めた美しい令嬢、
一度でいいから巻き込まれてみたいもんだ。
2025/10/04(土) 00:24:25.60ID:dLnGsNqY0
日本で怪談と言えば暑いお盆の頃が定番だが、イギリスでは伝統的に冬の炉辺の話だ
2025/10/04(土) 12:43:43.56ID:dLnGsNqY0
日本国民は国連に騙された国会議員と政府に税金を搾り取られて、
中国・アメリカ・ロシアなど以上に国連に分担金を払っている
国連主義と叫んでいるがATMでボタンを押すと現金が自動的にでてくる国にしたのは
すべて自民党・公明党・民主党(立憲共産党)だよ
2025/10/04(土) 18:38:35.90ID:dLnGsNqY0
戸板康二氏の「グリーン車の子供」に決定した。私はこの作品一本にしぼっていたのだが、
いまさら戸板康二氏に賞でもあるまいという気もする。いまの若い作家は短篇の書きかたを忘れてしまっているのではないか。
長篇の圧縮では短篇とはいえない。そこへいくと戸板氏はよく心得ており、好個の短篇になっている
2025/10/04(土) 22:27:55.77ID:dLnGsNqY0
土ワイはですね、局に未放映の作品が二十本ほどストックされていて、
裏番組が強いときは、できの悪い作品を放映して勝負を投げてしまうんです。
完全にオクラ入りになっている作品も相当あるはずです。夏に撮影した作品は
季節感の関係で冬には放送できないので、失敗作は機会を逸しますと、一年単位でどんどん放映は遅れます。
逆に火サスはストックないです。だから制作会社から完パケの納品があったら、
割とすぐ放映します。納品は、遅くとも放映日の2週間前と決まっています。
2025/10/04(土) 23:18:44.92ID:dLnGsNqY0
初期火サスは、日テレの山口剛P(「大都会」「探偵物語」等)が作っていた。
山口さん自身が、小説・映画に造詣の深い人なので、いろんな企画が通った。
TV育ちではない、映画畑の監督・脚本家も大事にした。あの人は、TVというより、映画をプロデュースしているつもりだったのではないか?

大都会以前には「火曜日の女」までプロデュースされていたり映画思想
を反映したドラマ作りは目立つ。火サスとは別だけどドラマスペシャルで笠智衆主演、倉本聰脚本、実相時昭雄監督の「波の盆」の制作まで担当
してシブい路線までエンタティメントとして形成させた見せ方をする手腕はさすがでしたね。
まぁ今こうした意図を持ってドラマ作ってるそれに近いプロデューサーというとフジの山口雅俊PやTBSの植田博樹Pあたりになるか?
それでも規模は違いすぎるだろうけど… 

山口プロデューサは根岸吉太郎監督の映画「オレッチのウエディング」のプロデュースに参加してたね。
大林宣彦の「可愛い悪魔」や「麗猫伝説」なんて凄い作品を「火サス」で作っちゃうんだから,ホント凄いよね。
あと,泉谷しげると高橋恵子が出演してた「十万分の一の偶然」も面白かった。

実相寺さんが書いてたけど、日テレには、外部の演出家に、思いきった企画を撮らせる
気風がある(あった)そうです。当時も、石橋冠氏などが自社にいたのに、なぜか、
自分に企画が回ってきたとか。辛うじて、火サスにはその気風が今も残っているのかも。
今年も、節目の作品を、田中登のような通好みの監督に撮らせるのだから・・・!
2時間ドラマは、主演に合わせて企画が通り、後から演出家が決まる世界なので
(だから、主演スターは、同じ監督と組むことが多い)

安直なシリーズ物やる様になってから急速につまんなくなった
最初は一話完結が前提だったはずなのに…
シリーズだと、アベレージが読みやすい。
それに、シリーズだと、キャストもスタッフも要領がわかっているので、手早く作れる。
キャラも原作シリーズも同じなので、プロデューサーも楽ができる。
原作も、多作のキオスク系作家に頼り過ぎて、2時間ドラマは腐った
2025/10/04(土) 23:24:10.89ID:dLnGsNqY0
今はもうプロデューサーの小坂敬さんや山口剛さんみたいな海外や国内のミステリーと
ハードボイルドに精通してる人がいないからね。
脚本家の柏原寛司さんがいってたんだけど,「ミステリーやサスペンス物のドラマを
作るには山口さんくらい詳しくないと単なるミステリー風のコントになってしまう」
2025/10/05(日) 00:02:01.07ID:Vy+WVrjQ0
土ワイに始まる2ドラ戦争は、制作会社に号令を掛けて企画・プロットを出させることで始まったが、いつの頃からか、手堅く
視聴率が取りやすいシリーズモノ・旅情モノに偏重するようになったね。

海外原作モノは、原則的に日本国内のみの流通を条件に原作権を買うので、国外に販売できないんですよ。
昔、黒澤の「天国と地獄」(エド・マクベイン「キングの身代金」)は、国外に
も販売できる条件で原作を買ったけど、当時としてはかなり高くついたらしい。

主人公も犯罪の直接容疑をかけられるとか深刻な状況は少なく容疑者の知人とか第三者ポジションが多いでしょ?
その方が評判がよければシリーズ化しやすいしね。

現在の昼間の見るような主婦が好みなのは
最近のぬる〜い世界観の「観光地で馬鹿女が優柔不断男を巻き込んで事件に首を突っ込む」系の作品だから
昔のはエロいけど同時に殺伐としていて後味が悪いから嫌われる

何だか映像全体にヤスリをかけたような、ざらついた質感。暗い画面。奇怪なBGM。時代を軽く感じさせる髪型、服装。変なカメラワーク?(突然の顔のアップとか?)。
何だか、背筋がうすら寒くなってくる。どれをとっても現代のテレビでは味わえない感覚で大好きです。
2025/10/05(日) 01:50:49.46ID:Vy+WVrjQ0
確かに昔の作品は地上波再放送以外の二次利用を余り想定していなかったから、そこで
権利がややこしくなっているとは聞きますよね。二次利用後も想定した権利処理になっていない。

>映画会社が権利関係を買い取っている場合もあるけど
>TVドラマは芸能プロダクションにも権利が残っているとか…

TVドラマで芸能人が権利を主張するのは、TV映画ではなくスタジオドラマの慣習らしい。
TV映画は映画に倣いギャラは買い切り。スタジオドラマは出演時のギャラを
抑える代わりに二次利用後もギャラを払う契約になっていたという。これは
ギャラを抑制していい俳優を集めるために作られた習慣らしい。
ただ権利云々の話をよく聞くと、「処理してもいいけど採算が取れない」ってのが
本音であることが多いですね。向こうも商売なので。なんで採算が取れないかというと、
見たがっているお客さんが少ない(と思われる)から。
やっぱり古いのはニーズがないんでないかなあ(残念ながら) んでデジタルTV16:9が
普及するほど、4:3の作品は売れなくなると思う。1:2.35の映画でさえ
「上下に黒枠が出て見にくいよ」と真顔で言われるんだから
2025/10/05(日) 02:12:32.81ID:Vy+WVrjQ0
CSでドラマとか放送するのは地上波と違って
主演俳優の肖像権とかの確認で色々面倒だから処理が一括で済むシリーズ物に傾斜してしまうそうだ
それに90年代以降に製作されたドラマは
その辺も最初から考慮して製作されいるから楽なので更に80年代以降が冷遇される
2025/10/05(日) 11:36:14.89ID:Vy+WVrjQ0
(視聴率は1%につき約15万人)。
往時のゴールデンタイムは12%が御祝儀相場、15%以上が高視聴率番組とされ、
20%以上だとテレビ局は司会者、主演俳優や女優を「数字(視聴率)が取れる」と注目する

犯罪の凶悪化や安全面の設備投資だ。駅や車内に防犯カメラの設置が進んだ影響で、時刻表トリックが使いづらくなってしまった。
例えば、仙台市内で殺人事件が発生し、犯人が「東京から山形まで山形新幹線「つばさ」に乗った」と主張したとしよう。今や時刻表トリックを使う必要性がなく、刑事は防犯カメラで確認するだろう。
「つばさ」の車内に設置されている防犯カメラで犯人が映っていないことを確認後、東北新幹線「はやぶさ」の車内、東京駅、仙台駅、山形駅の防犯カメラを調べたところ、犯人が映っていた。
東京から「はやぶさ」に乗り、仙台市内で殺害後、仙山線で山形に向かっていたのだ。
確かな物的証拠がある以上、犯人は言い逃れができない。そうなると、鉄道ミステリーは30分番組で済んでしまう。

『西村京太郎トラベルミステリー』の晩年は、時刻表トリックが影を潜め、“普通の刑事ドラマ”と化していた。

残念ながら、それに代わる高度なトリックがない。鉄道ミステリーを復権させるには、
刑事ドラマ自体の原点回帰がカギを握りそうだ。
昔の刑事ドラマは派手な銃撃戦、カーアクションが視聴者を魅了していた
2025/10/05(日) 12:01:02.78ID:Vy+WVrjQ0
赤川次郎は、いままで日本になかったタイプのミステリーをつくったんだよ
三毛猫の「片山刑事」なんかはその代表です
ま、量産型作家の割には読めると思う。
西村京太郎(初期は良かったのに)、吉村達也(たまに当たりがあるけど)より上でしょう。(内田と山村は論外)
ただ、どれがどの本だか覚えられないのが痛い。

こいつが大量生産を始めてから、みんな狂いだしてしまった...西村京太郎なんて良い作品を多く書いていたのにねえ

情景描写をしない。一行ごとに改行で、段落を考えない。
比喩を使わない。地の文を少なく会話を多く。
書きとばすのには、必須のテクニックでしょう。(赤川に限らず)
ライトな文体は、素早い場面展開の描写で活きてくる
だから赤川作品はいつも中盤がちょっと中だるみするけど終盤の二転三転し、畳み掛けるような展開が面白い。

赤川叩きの理由としてよくいわれる、マンガ的に非常識な設定だが、
そんな設定で広範な人気を得て、清張リアリズム一辺倒の風潮を打破したからこそ、
後の、島田の御手洗モノ、および新本格が、比較的すんなり受け入れられたともいえる。
島田が、社会派+大トリックの吉敷モノで認められ、正統派本格の御手洗で開花した
のも、九割は本人の実力とはいえ、その道を舗装したのは赤川だといえなくもない。
本格マニアの諸君が、今になって、当時の赤川を薄っぺらだクソだというのは簡単だが、そのあたりも、ちょっとは考慮してやってほしいね。
2025/10/05(日) 16:34:29.28ID:Vy+WVrjQ0
日本では、階段が付いている山は「遊歩道」と呼ぶ。「登山道」と呼ばれるのは、自然むき出し
2025/10/05(日) 17:12:09.88ID:Vy+WVrjQ0
旅行シリーズを最近初めて観たんだけど、列車シリーズとは全然タイプが違うね。
主演役者の個性の差もさることながら、演出法が同じ監督とは思えん
渥美さんの方がコテコテの人情喜劇なら、フランキーの方は、
ウディ・アレン作品や、M★A★S★Hのような、独特のテンポの、
ちょっとドライなムードのある、日常の生活をスケッチ風に繋いだ感じの喜劇だったんでちょっと驚いた
(上に挙げた洋画ほどは、徹底して乾いたり尖がったりはしてないけど)
だから瀬川昌治ってシネフィル受けするんでしょ? 
列車シリーズは、渥美清の個性に合わせたせいか、わりとスタンダートな演出だもんな
同じ監督とは思えない

幕末太陽傳はじめて見て、フランキーすげえって思った。この作品は傑作だね。
火事と喧嘩は江戸の花といわれたあの時代の人々の粋さやたくましさが
実感できたような気がした。あのしゃべり、羽織の着方や、軽妙な動き。
フランキー堺ってすごい役者だったんですね
2025/10/05(日) 17:39:47.59ID:Vy+WVrjQ0
東映の渥美清「列車」シリーズと松竹のフランキー堺「旅行」シリーズってどういう関係なの?
監督と脚本家が同じだから実質的に同じネタだよね。
どうして会社が変わっちゃったんだろ?

初詣列車で、当局の協力を得られなくなり、
映画会社を替えて再出発を図ったとどこかで聞いた覚えがある。

80年ごろはこの時期になると
連日深夜に「列車」「旅行」シリーズをやってて、ああまた正月が来たなと思ったもんだ。
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