探検


野々村元県議の今後を考える11

1名無しさん@お腹いっぱい。
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2025/07/28(月) 16:27:29.78ID:RioVyMEA0
野々村元県議の今後を考える10
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野々村元県議の今後を考える9
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野々村元県議の今後を考える8
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野々村元県議の今後を考える7
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兵庫県議 野々村 政務費不正で泣き乱 野々村元県議の今後を考える6
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野々村元県議の今後を考える5
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野々村元県議の今後を考える4
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野々村元県議の今後を考える3
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野々村元県議の今後を考える2
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野々村元県議の今後を考える
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2025/09/21(日) 21:25:20.63ID:8NfyB9Ak0
1936年11月13日滿洲帝國陸軍の討匪隊は金日成共匪の所在を確めて激戰後遂に反日闘争の英雄金日成を殺した
2025/09/21(日) 22:05:30.31ID:8NfyB9Ak0
1907年 日本によって、強制的に韓国軍は解散させられる、脱営した多くの兵が
抗日義軍に参加し各地で日本軍と戦った。そのとき「キム・イルソン」将軍が活動

1912年4月15日父 金亨稷(キムヒョンジク 母 康盤石(カンバクソク)長男を出産、名前は金聖柱(キムソンジュ)
満州へと移住し金亨稷が独立運動にある程度は参加したことは認められている

1945年9月 元山湾に一隻のソ連艦艇から「八十八特別旅団」の朝鮮人パルチザン金聖柱(キムソンジュ)らが上陸する。
この日、金聖柱(キムソンジュ)とともに元山港に下り立った兪成哲(ユソンチョル)が興味深い回想を残している。
「金聖柱(キムソンジュ)は私たちにこう頼んだ。もし『金日成将軍も来られましたか』と聞かれたら『その方は後ほど来られます。われわれ
は先発隊です』と答えてほしいと。また金聖柱(キムソンジュ)はもし『金日成将軍はおいくつになられますか』と聞かれたら
『お目にかかったことがないので、よくわかりません』と答えてほしいと」。
レベジェフの回想によれば、金聖柱(キムソンジュ)はレベジェフに「司令官、私たちもソ連第二十五軍とともに日本との戦争に参戦したことにしてください。」と懇願したという
2025/09/22(月) 18:10:43.12ID:8Qa4wnP00
アメリカ、イギリスは国際法の中立であるべきことを守らずに、一方的に中華民国政府に、膨大な武器、軍需物資を積み出した、これは国際法の中立の立場を破った行為であり、
日本政府の再三の抗議を無視して中華民国側に膨大な武器、軍需物資の積み出しを続けた、
この時点でアメリカ、イギリスは日本国の対戦国なっている、 日本国はいつでもアメリカに攻撃ができるのである、
2025/09/22(月) 20:55:04.77ID:8Qa4wnP00
「明」 呉音ミョウ 漢音メイ
第一章
3世紀中国大陸で呉が滅亡 > 呉の神武軍が大船団で北九州に上陸 > 邪馬台国壊滅的崩壊、台与戦死 > 邪馬台国人は南九州へ避難(熊襲爆誕)
第二章
神武北九州から進軍 神武東征 > 道中ジャップ輩なぎ倒すが生駒で奈良の葛城王朝に手負いにされる > 裏切りの八咫烏に導かれて熊野から奈良奇襲襲撃トラトラトラ > 葛城王朝滅亡(土蜘蛛爆誕)
第三章
4世紀〜6世紀 神武の子孫ら奈良に王朝を作る ヤマトタケル残りの熊襲(邪馬台国)完全討伐 大和朝廷爆誕 出雲は恫喝で国譲りw
2025/09/23(火) 16:30:10.51ID:ehu0go1v0
敵国条項。憲法9条改正しようものなら
「日本は再軍備して侵略戦争の準備をしている」と判断される場合も。その判断基準は各国に委ねられ、そう判断したら他国の了承無しに攻撃出来る

未だに有効だと言ってるのは、おサヨと陰謀論ぐらいなもんですよ。

旧敵国条項は1995年の国際連合総会決議50/52において「時代遅れ」と事実上死文化していることが確認
@無意味
敵国指定された国の全てが国際連合に加盟済みのため無意味になった。
A削除が決定済み
1995年の国連総会で敵国条項の削除が圧倒的多数の賛成で採択決定済み(賛成155 反対0 棄権3)
敵国条項は既に死文化しているのは国際的常識。
2025/09/24(水) 11:20:00.72ID:0/PcR8od0
新田の嫡流と言う貴種ながら、家康に家系図を渡さなかったため、120石という新田岩松家最後の殿様、俊純の日記を基に構成した伝記ものになっています。伝記と言っても、
その当時や江戸初期の出来事を幅広く取り上げていて、「江戸」フライデー的小説になっています。
話の内容に大きな華はありませんが、庶民に非常に近い(何と言っても年収380万円相当の殿様ですから)目線で描かれた、市井の物語として楽しく読めます。

猫の絵を得意として、贈答品やお守りなどに人気があったという。
 その岩松家の人々を中心に、さまざまなエピソードを拾い集めたのが本書である。侍や大名の滑稽な話が、江戸から明治まで、実に色々なところから取り上げられている。
 それぞれのエピソードはそれなりに面白い。しかし、全体としてはつまらない本であった。まとまりがなく、読みにくい。また、エピソードの扱い方も上手いとは思えなかった。

わずか120石取りの旗本にとって、格式や参勤交代に伴う出費はかなりの負担であった

猫絵は、養蚕農家がカイコを飼育する際にネズミの食害に遭い、これを退治してくれると言われ「蚕の神様」

群馬県新田郡 上野国の小領主・新田岩松氏は人々の病気を直す呪力を持ち、描いた猫絵は農民の大敵である鼠を追い払うと信じられていた。
そして幕末期、人々がその権威を求めて集まるなか、岩松氏は彼らを糾合して倒幕運動に立ち上がる

先祖の新田義貞の勤王の志を継いで
2025/09/24(水) 17:42:03.03ID:0/PcR8od0
「白虎隊」の小説は残念ながらありません。
彼らの戦いは、正味二日ほどで、何をしたということも無く、飯盛山で自刃してしまいます。
本当の会津の戦いは、これ以降本格化するので、冷たいようですが歴史的に見て、彼らはこれからと言うところで、早々に歴史の舞台より退場してしまうのです。

飯盛山で集団自決を遂げたのは白虎隊の一部に過ぎない。残りの多くの隊士たちは戊辰戦争を、そして「戦後」の明治をどう戦ったのか
2025/09/25(木) 11:21:29.67ID:VX3SxmvW0
日本は血縁よりも姓の存続を重視する
たとえば、歴史のあるホテルに放蕩息子が相続しているが、義理の娘が非常に有能な場合、義理の娘は離婚し、養女として養子縁組され、ホテルを相続します
2025/09/26(金) 15:06:20.96ID:iTuJIk9R0
財閥は結構解体したんですよ。その結果、解体されて専業となった財閥系大企業による独占が進みました。(例えば、起亜を傘下にした現代自動車とか。)
以前は、各業種で財閥間の競争があったわけですが、それすら無くなったわけです。
さらに、IMFの勧告により規制緩和が進みました。その結果、金融や大企業で外資系の影響が強くなり、外資は(韓国の未来に責任を持たないので)内需を増やすなんて悠長なことより外需による事業拡大を狙ったため、
輸出依存型が進みました。(輸出依存はIMFの前よりずっと高い。)
IMFの前の韓国経済は、良くも悪くも日本の真似をしていて、規制(いわゆる護送船団方式)により民族資本や国内企業を育てていたのですがね。
通貨危機は、為替レートが事実上固定レートで実力より高かったのと、外貨準備が不足していた隙をハゲタカに狙われたのが原因です。東南アジア諸国も同様で、外資の呼び込みによる経済成長を過度に競争していた面もありますが、
国内経済の問題で直接クラッシュしたわけではありません。(日本の高度成長を見ていたら早く早くとなるのは分かる。江戸時代からの蓄積なんて見えないだろうからね。)
結局、IMFは国際資本の手先になって韓国人を搾取する体制を作ったようなものです。
それを食い止める池田勇人のような人物が、韓国にはいなかったのもあるでしょうが。
2025/09/26(金) 19:10:21.39ID:6g9FGXdB0
【真打登場/移民党葬祭選】次期総理最有力候補の小泉珍次郎、TikTok開設後の『ニコニコ動画』でのステマコメント→高市への中傷工作を文春に報道され謝罪「私自身何も知らない」牧島かれん「私も知りません」→SNS、掲示板等で使われた24のネトサポ例文(コピペ)公開★16 [BFU★]
ttp://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1758878607/
2025/09/29(月) 18:06:04.60ID:UwG6RVTr0
世界で日本のゲームの象徴になっているマリオやポケモンは、数千万で作られたのだが。
しかもマリオの作られたころの人件費は・・・。アニメなんかもっと悲惨だよ。旧態依然の
慣習を続けている製作会社が、ピンハネと韓国への外注だけで41億円の興行収入上げたポケモンアニメ
作っても、アニメ業界はなんにも進歩も改革も起こらないんだから。ましてや特撮なんて
ほとんど趣味で作っているような日本の状況では、誰もやる気にならないだろう。食えないんだから

日本人の中で一番技術があるたぐいの人間がどこで働いてるか知ってる?
ハリウッドだよ。
高い技術とそれに裏付けられた自信を持ってる人は賃金の高いハリウッドに流れている。
話はともかく映像レベルはすこぶる高かった『ダイナソー』で悪役恐竜カナタウラスのアニメーション監督を務めたのは日本人だし、
『スチュアート・リトル』でねずみの毛を表現をするためのソフトを開発したのも日本人。
ハリウッドで予算がかかるのは組合の力が強くて、一つの作業に多数の人間を使わなきゃいけないのと最低賃金が高めに設定されてるからだよ。
だから、同じ1億ドル前後の予算でもILMの一軍スタッフが担当するのと二軍スタッフが担当するので格段に差が出てくる。

日本にやらせればいいというが、そもそも日本で使える特撮屋を全部集めたところで、
ハリウッド映画一本作れるマンパワーはない。
2025/09/29(月) 21:27:04.16ID:UwG6RVTr0
「ハワイ・マレー沖海戦」は戦意高揚映画とは云いながら、意外に淡々としたドラマで
あまり宣伝臭がない
円谷英二は見せ方の上手さもあるが、編集の上手さもある。
海外の映画評論家が「円谷の上手さは、ミニチュアとわかっていても流れを崩さない繋ぎの良さ」って評してた

円谷英二→実相寺昭雄→岩井俊二・庵野秀明
という編集、カット割りの進化

樋口の演出は、まだまだ二次元臭が強過ぎる。
見た目は派手で綺麗なんだけど、これ見よがしに特撮技術を見せびらかしたがるヲタっぽさが、この人の欠点だよ。
「ドラマの中の画」が撮れない限り、まだまだ本物とは呼べないな。
2025/09/29(月) 22:12:36.95ID:UwG6RVTr0
素晴らしき哉、人生」はミニチュアの町並みに降る雪がなかなかリアルだ
素晴らしき哉、人生」でミニチュアワークが使われていたなんて気がつかなかったですぅ。
きっと上手な使い方をしていたんでしょうね。
フランク・キャプラ監督は、「バトル・オブ・チャイナ」でも巧みなトリック撮影を使って・・・(以下自粛)

ミュージカル「王様と私」の後半、一瞬、港に多くの船が停泊しているシーンがでるが、
よく見ると、ミニチュア特撮なんだな。よく作りこんである。
また、照明や、角度なんかもよくて、実写シーンとみまがうばかりです。
それに前後のシーンにまったく違和感なく挿入されている。こういうのをすばらしいと思うし、もっと見たいと思います。
港のシーンといっても、いわゆるバーン!という俯瞰的なシーンじゃないんです。港の一角が写っているだけです。全景じゃなくて。
いや、円谷風の「さあお客様ご覧ください、ミニチュアパノラマ特撮ですよ!さあご覧ください!」
というのも好きなんですが・・・・・

やぱっり炎は本物でないと臨場感が出ない。CGなんてアキマセン。
ただし小さいミニチュアだと炎は普通の大きさだからちょっと合わないこともある。
タワーリングインフェルノの場合は大きなミニチュア(とは言えないか)を燃やしてるから
炎の大きさも自然に見えるんだらうね。
2025/09/29(月) 23:25:09.44ID:UwG6RVTr0
円谷英二は「知ってるつもり」でも取り上げられたけど他に今から何年も前だけど
西田ひかるだったかが司会をしている番組でも特集された。
その番組の冒頭ではウルトラマンやゴジラ映画のシーンが出てきて
「怪獣は山から、海から、空からやってくる。東京タワーなど何回壊されたか分からない。
なぜ日本ばかりが襲われる?」というナレーションの問いかけに西田が答えて
「それはこの人がいるからです!」と言って円谷を紹介するみたいなオープニングだった。
2025/09/30(火) 15:06:05.03ID:eyy55Jus0
「モスラ」はディザスター(災害)映画としての要素を、極力排した怪獣映画。
現在の異世界ファンタジーにも通じる要素を盛り込むことで、怪獣がいても
不思議ではない世界、怪獣と共存している世界観を作り上げた。
なにより暴力的に話が展開しない部分が良い。
子供や女性を怪獣映画の主要キャラクターにしたのも、「モスラ」が最初だが
基本プロットとしては、「モスラ」は「キングコング」そのまま

全盛期の東宝特撮映画は、海外SF映画しか知らなかったSFファンが
いきなり見せられても魅了されるほど、脚本や細部描写がよく出来ているけど、平成になると全然ダメだね。
自分でも面白いと思ってないような、テレパシー少女やオーバーテクノロジー
の設定等を何度も使いまわしていた大森一樹は何を考えていたんでし
大森演出は浮かれすぎなんだよな さらに川北演出は軽すぎる

初ゴジの頃から海外SF・洋画特撮崇拝者の邦画特撮バッシングは根強い。
石上三登志や豊田有恒の著作読んでみ。
石上三登志の著作では、初代「ゴジラ」は反核メッセージが大仰な上に、ゴジラに生物的リアリティが欠けてるって叩いてた
当時はSFが大人の読み物として市民権を得ようと苦闘していた時期だから、SFは怪獣などとは違って高度な文学である、と
SF関係者は必死で宣伝したかったようだ。

東宝・円谷特撮で効果音(得に爆発音)がいつも同じなのはどうかと思う。ヘリコプターなんかも。
2025/09/30(火) 19:22:59.94ID:eyy55Jus0
日本は軟水で水が豊富
これが全て
日本人はきれいな水があるから油で料理しなかった
ほぼ鍋
だから体から油を捨てるアポクリン汗腺が発達してないから臭いが少ない
食の欧米化で植物油を多くとるようになったら酸化した油を捨てられない!
腺がんが激増した

皮膚の構造を簡単に例えると日本人の皮膚がモチだとしたら白人の皮膚はケーキの生地みたいな感じ
連中はいくら風呂で綺麗にしても体内の内臓などのニオイが普通にダダ漏れ状態になっている

乾燥してる国の感覚で香水ぶっかけてくると湿度の高い国では異臭レベル
2025/09/30(火) 22:43:39.94ID:eyy55Jus0
最近の保育園は「入園式」「卒園式」という言葉も使用禁止。
「式」は神道の儀式で政教分離違反だから
2025/09/30(火) 23:40:36.11ID:eyy55Jus0
これらは向いてる方向が違うので、最高とか最低とかいう評価はしにくいと思う。
ゴジラ=恐怖映画風
ラドン=ドキュメンタリー映画風
モスラ=ファンタジー映画風
キングコング対ゴジラ=お祭り興行映画

東京破壊シーンで全力使い果たしたような感じがするね。
ニューカークシティのビル街セットは密集してるけど、なんか大味

東京で力を使い果たしたんじゃなく、急遽ラストが外国に変更になったので作り込む暇がなかったから、というのが正解。
本当は九州の高千穂でエンディングの筈だったんだけど(本編はロケを終了しスチールも残っている)
アメリカ・ヨーロッパの配給を担当したコロンビア映画が「外国も出して欲しい」と要望したので
それに答える形でニューカークシティーの場面が作られる事になった。

ラドン、モスラともに制作費は2億円(当時)と言われている
現代の貨幣価値にして32億円位か
6千万円の初代ゴジラが世界的に大ヒットして一気に予算が上乗せされたのだろう

ガンダムの富野は東宝特撮を劇場で見てたけど、モスラで切ったって言ってたな。
大人の子供騙しが見え透いて耐えられなかった、らしい。
2025/10/01(水) 01:04:47.25ID:v09uTvSp0
ヤマトは勇ましい英雄的なオープニングも、この半音階を多用したエンディングのバラードも、アニソン屈指の名曲だと思う
2025/10/01(水) 13:04:06.86ID:v09uTvSp0
日華事変(日中戦争のこと)が泥沼の様相を呈してきた昭和13、4年頃から、探偵小説は不健全で好ましからぬ読物として、

軍や情報局から圧殺されてしまったが、捕物帳のほうはふしぎにお目こぼしにあずかった。

しかし、それも長くはつづかず昭和17年頃、その人形佐七にも弾圧が下った。
516名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2025/10/01(水) 20:17:04.37ID:WGFkqCMe0
号泣する情けない奴
2025/10/02(木) 00:03:18.81ID:F5cJ2i7U0
ポルトガル系イエズス会、スペイン系フランシスコ会(托鉢修道会)、ドミニコ会等切支丹各宗派の対立である。
遠藤周作や加賀乙彦は切支丹をイエズス会側から観ており、他の宗派を、秩序をわきまえない新参者とする
2025/10/02(木) 00:10:35.76ID:F5cJ2i7U0
浅草エノケン一座の嵐』も、小説としては未完成の部分が少なくない。ドラマチックな盛り上がり場面を、視覚的に描写して用意するというのもシナリオ的である。
反戦というテーマを生の言葉によって前面に押し出してくるのも、最近のテレビ・ドラマの安易さを思い起こさせる

作者の気どった文体が目ざわりだった

エノケンや古川ロッパが登場してくるという、題材的な興味があることで、読者の関心をひくものがあると思われるのだが、欠点も多い小説である。
この程度の文章で乱歩賞に入選するのかと一般が考えるとしたら、それが一番困ることである

密室トリックなどは、作者の意図したおふざけと理解し、抱腹絶倒するのが正しい読み方か。これもエノケンの徳というべきだろうが、
むろん正道ではなく、以後の応募者は、あまり真似をなさらぬように
2025/10/03(金) 00:15:41.19ID:dQiRTS6z0
阿部先生は基本真面目らしく、非常にホームズを丹念に描いており、
創元推理文庫の初期版はずべて阿部知二先生翻訳だった。
2000年以降は新訳版が出て変更になった。

山中峯太郎 版は勝手に短編を繋げたりしててアレンジが凄まじい事で有名。
なぜか、登場人物が近所のおっさんのような親しみやすさ。ワトソンに至っては性格も別モノ
これぞ、山中峯太郎先生のリアリティなのです!
それが故に人気が高く、何回も再販されており、
近年では『山中峯太郎ホームズ』という異名をとり、
原案コナン・ドイルでもいいんじゃないかという説があるとかないとか・・・
2025/10/03(金) 01:04:09.45ID:dQiRTS6z0
横溝は猟奇を表現するとき家柄とか血縁とか悪く言えばありきたりの素材によって雰囲気を出してるが
乱歩は鏡、人形、レンズなどのオブジェから犯罪者の猟奇心理を
表現することが多いよね。ここなども、文体はともかく乱歩のアーティスト性を感じる。
探偵小説というと夢野久作みたいに推理よりも猟奇の味のほうが濃いイメージがあるけど
乱歩は探偵小説としても推理小説としても一級だと思う。
パノラマ島や人間椅子などの常軌を逸したイメージは文学としてどうという以前に天才的な発想のように感じる。
そういう意味では安部公房も箱男だとか砂の女とか天才的な独創性があって好きな作家のひとりだけど腰を落ち着けて
読まないとという気にさせる生真面目な文体なので再読することがあまりない。
やはり乱歩の語り口は講談の弁士のようで心地よい
「おそらく懸命な読者諸君は気づいていると思うが」とか
「なぜこらからしるすようあ恐ろしい事を彼が思い立ったのか」とか
なぜこれからしるすような恐ろしい事を彼が思い立ったのか」
ハッタリのきかせ方がすごくイイ。なんか耳もとで語っているような感じ。

乱歩の書く昭和初期の雰囲気は子供の頃から憧れだった。
当時は六本木周辺でも夜になると真っ暗だったみたいだね。
そこの洋館で起こる奇怪な連続殺人事件、謎を秘めた美しい令嬢、
一度でいいから巻き込まれてみたいもんだ。
2025/10/04(土) 00:24:25.60ID:dLnGsNqY0
日本で怪談と言えば暑いお盆の頃が定番だが、イギリスでは伝統的に冬の炉辺の話だ
2025/10/04(土) 12:43:43.56ID:dLnGsNqY0
日本国民は国連に騙された国会議員と政府に税金を搾り取られて、
中国・アメリカ・ロシアなど以上に国連に分担金を払っている
国連主義と叫んでいるがATMでボタンを押すと現金が自動的にでてくる国にしたのは
すべて自民党・公明党・民主党(立憲共産党)だよ
2025/10/04(土) 18:38:35.90ID:dLnGsNqY0
戸板康二氏の「グリーン車の子供」に決定した。私はこの作品一本にしぼっていたのだが、
いまさら戸板康二氏に賞でもあるまいという気もする。いまの若い作家は短篇の書きかたを忘れてしまっているのではないか。
長篇の圧縮では短篇とはいえない。そこへいくと戸板氏はよく心得ており、好個の短篇になっている
2025/10/04(土) 22:27:55.77ID:dLnGsNqY0
土ワイはですね、局に未放映の作品が二十本ほどストックされていて、
裏番組が強いときは、できの悪い作品を放映して勝負を投げてしまうんです。
完全にオクラ入りになっている作品も相当あるはずです。夏に撮影した作品は
季節感の関係で冬には放送できないので、失敗作は機会を逸しますと、一年単位でどんどん放映は遅れます。
逆に火サスはストックないです。だから制作会社から完パケの納品があったら、
割とすぐ放映します。納品は、遅くとも放映日の2週間前と決まっています。
2025/10/04(土) 23:18:44.92ID:dLnGsNqY0
初期火サスは、日テレの山口剛P(「大都会」「探偵物語」等)が作っていた。
山口さん自身が、小説・映画に造詣の深い人なので、いろんな企画が通った。
TV育ちではない、映画畑の監督・脚本家も大事にした。あの人は、TVというより、映画をプロデュースしているつもりだったのではないか?

大都会以前には「火曜日の女」までプロデュースされていたり映画思想
を反映したドラマ作りは目立つ。火サスとは別だけどドラマスペシャルで笠智衆主演、倉本聰脚本、実相時昭雄監督の「波の盆」の制作まで担当
してシブい路線までエンタティメントとして形成させた見せ方をする手腕はさすがでしたね。
まぁ今こうした意図を持ってドラマ作ってるそれに近いプロデューサーというとフジの山口雅俊PやTBSの植田博樹Pあたりになるか?
それでも規模は違いすぎるだろうけど… 

山口プロデューサは根岸吉太郎監督の映画「オレッチのウエディング」のプロデュースに参加してたね。
大林宣彦の「可愛い悪魔」や「麗猫伝説」なんて凄い作品を「火サス」で作っちゃうんだから,ホント凄いよね。
あと,泉谷しげると高橋恵子が出演してた「十万分の一の偶然」も面白かった。

実相寺さんが書いてたけど、日テレには、外部の演出家に、思いきった企画を撮らせる
気風がある(あった)そうです。当時も、石橋冠氏などが自社にいたのに、なぜか、
自分に企画が回ってきたとか。辛うじて、火サスにはその気風が今も残っているのかも。
今年も、節目の作品を、田中登のような通好みの監督に撮らせるのだから・・・!
2時間ドラマは、主演に合わせて企画が通り、後から演出家が決まる世界なので
(だから、主演スターは、同じ監督と組むことが多い)

安直なシリーズ物やる様になってから急速につまんなくなった
最初は一話完結が前提だったはずなのに…
シリーズだと、アベレージが読みやすい。
それに、シリーズだと、キャストもスタッフも要領がわかっているので、手早く作れる。
キャラも原作シリーズも同じなので、プロデューサーも楽ができる。
原作も、多作のキオスク系作家に頼り過ぎて、2時間ドラマは腐った
2025/10/04(土) 23:24:10.89ID:dLnGsNqY0
今はもうプロデューサーの小坂敬さんや山口剛さんみたいな海外や国内のミステリーと
ハードボイルドに精通してる人がいないからね。
脚本家の柏原寛司さんがいってたんだけど,「ミステリーやサスペンス物のドラマを
作るには山口さんくらい詳しくないと単なるミステリー風のコントになってしまう」
2025/10/05(日) 00:02:01.07ID:Vy+WVrjQ0
土ワイに始まる2ドラ戦争は、制作会社に号令を掛けて企画・プロットを出させることで始まったが、いつの頃からか、手堅く
視聴率が取りやすいシリーズモノ・旅情モノに偏重するようになったね。

海外原作モノは、原則的に日本国内のみの流通を条件に原作権を買うので、国外に販売できないんですよ。
昔、黒澤の「天国と地獄」(エド・マクベイン「キングの身代金」)は、国外に
も販売できる条件で原作を買ったけど、当時としてはかなり高くついたらしい。

主人公も犯罪の直接容疑をかけられるとか深刻な状況は少なく容疑者の知人とか第三者ポジションが多いでしょ?
その方が評判がよければシリーズ化しやすいしね。

現在の昼間の見るような主婦が好みなのは
最近のぬる〜い世界観の「観光地で馬鹿女が優柔不断男を巻き込んで事件に首を突っ込む」系の作品だから
昔のはエロいけど同時に殺伐としていて後味が悪いから嫌われる

何だか映像全体にヤスリをかけたような、ざらついた質感。暗い画面。奇怪なBGM。時代を軽く感じさせる髪型、服装。変なカメラワーク?(突然の顔のアップとか?)。
何だか、背筋がうすら寒くなってくる。どれをとっても現代のテレビでは味わえない感覚で大好きです。
2025/10/05(日) 01:50:49.46ID:Vy+WVrjQ0
確かに昔の作品は地上波再放送以外の二次利用を余り想定していなかったから、そこで
権利がややこしくなっているとは聞きますよね。二次利用後も想定した権利処理になっていない。

>映画会社が権利関係を買い取っている場合もあるけど
>TVドラマは芸能プロダクションにも権利が残っているとか…

TVドラマで芸能人が権利を主張するのは、TV映画ではなくスタジオドラマの慣習らしい。
TV映画は映画に倣いギャラは買い切り。スタジオドラマは出演時のギャラを
抑える代わりに二次利用後もギャラを払う契約になっていたという。これは
ギャラを抑制していい俳優を集めるために作られた習慣らしい。
ただ権利云々の話をよく聞くと、「処理してもいいけど採算が取れない」ってのが
本音であることが多いですね。向こうも商売なので。なんで採算が取れないかというと、
見たがっているお客さんが少ない(と思われる)から。
やっぱり古いのはニーズがないんでないかなあ(残念ながら) んでデジタルTV16:9が
普及するほど、4:3の作品は売れなくなると思う。1:2.35の映画でさえ
「上下に黒枠が出て見にくいよ」と真顔で言われるんだから
2025/10/05(日) 02:12:32.81ID:Vy+WVrjQ0
CSでドラマとか放送するのは地上波と違って
主演俳優の肖像権とかの確認で色々面倒だから処理が一括で済むシリーズ物に傾斜してしまうそうだ
それに90年代以降に製作されたドラマは
その辺も最初から考慮して製作されいるから楽なので更に80年代以降が冷遇される
2025/10/05(日) 11:36:14.89ID:Vy+WVrjQ0
(視聴率は1%につき約15万人)。
往時のゴールデンタイムは12%が御祝儀相場、15%以上が高視聴率番組とされ、
20%以上だとテレビ局は司会者、主演俳優や女優を「数字(視聴率)が取れる」と注目する

犯罪の凶悪化や安全面の設備投資だ。駅や車内に防犯カメラの設置が進んだ影響で、時刻表トリックが使いづらくなってしまった。
例えば、仙台市内で殺人事件が発生し、犯人が「東京から山形まで山形新幹線「つばさ」に乗った」と主張したとしよう。今や時刻表トリックを使う必要性がなく、刑事は防犯カメラで確認するだろう。
「つばさ」の車内に設置されている防犯カメラで犯人が映っていないことを確認後、東北新幹線「はやぶさ」の車内、東京駅、仙台駅、山形駅の防犯カメラを調べたところ、犯人が映っていた。
東京から「はやぶさ」に乗り、仙台市内で殺害後、仙山線で山形に向かっていたのだ。
確かな物的証拠がある以上、犯人は言い逃れができない。そうなると、鉄道ミステリーは30分番組で済んでしまう。

『西村京太郎トラベルミステリー』の晩年は、時刻表トリックが影を潜め、“普通の刑事ドラマ”と化していた。

残念ながら、それに代わる高度なトリックがない。鉄道ミステリーを復権させるには、
刑事ドラマ自体の原点回帰がカギを握りそうだ。
昔の刑事ドラマは派手な銃撃戦、カーアクションが視聴者を魅了していた
2025/10/05(日) 12:01:02.78ID:Vy+WVrjQ0
赤川次郎は、いままで日本になかったタイプのミステリーをつくったんだよ
三毛猫の「片山刑事」なんかはその代表です
ま、量産型作家の割には読めると思う。
西村京太郎(初期は良かったのに)、吉村達也(たまに当たりがあるけど)より上でしょう。(内田と山村は論外)
ただ、どれがどの本だか覚えられないのが痛い。

こいつが大量生産を始めてから、みんな狂いだしてしまった...西村京太郎なんて良い作品を多く書いていたのにねえ

情景描写をしない。一行ごとに改行で、段落を考えない。
比喩を使わない。地の文を少なく会話を多く。
書きとばすのには、必須のテクニックでしょう。(赤川に限らず)
ライトな文体は、素早い場面展開の描写で活きてくる
だから赤川作品はいつも中盤がちょっと中だるみするけど終盤の二転三転し、畳み掛けるような展開が面白い。

赤川叩きの理由としてよくいわれる、マンガ的に非常識な設定だが、
そんな設定で広範な人気を得て、清張リアリズム一辺倒の風潮を打破したからこそ、
後の、島田の御手洗モノ、および新本格が、比較的すんなり受け入れられたともいえる。
島田が、社会派+大トリックの吉敷モノで認められ、正統派本格の御手洗で開花した
のも、九割は本人の実力とはいえ、その道を舗装したのは赤川だといえなくもない。
本格マニアの諸君が、今になって、当時の赤川を薄っぺらだクソだというのは簡単だが、そのあたりも、ちょっとは考慮してやってほしいね。
2025/10/05(日) 16:34:29.28ID:Vy+WVrjQ0
日本では、階段が付いている山は「遊歩道」と呼ぶ。「登山道」と呼ばれるのは、自然むき出し
2025/10/05(日) 17:12:09.88ID:Vy+WVrjQ0
旅行シリーズを最近初めて観たんだけど、列車シリーズとは全然タイプが違うね。
主演役者の個性の差もさることながら、演出法が同じ監督とは思えん
渥美さんの方がコテコテの人情喜劇なら、フランキーの方は、
ウディ・アレン作品や、M★A★S★Hのような、独特のテンポの、
ちょっとドライなムードのある、日常の生活をスケッチ風に繋いだ感じの喜劇だったんでちょっと驚いた
(上に挙げた洋画ほどは、徹底して乾いたり尖がったりはしてないけど)
だから瀬川昌治ってシネフィル受けするんでしょ? 
列車シリーズは、渥美清の個性に合わせたせいか、わりとスタンダートな演出だもんな
同じ監督とは思えない

幕末太陽傳はじめて見て、フランキーすげえって思った。この作品は傑作だね。
火事と喧嘩は江戸の花といわれたあの時代の人々の粋さやたくましさが
実感できたような気がした。あのしゃべり、羽織の着方や、軽妙な動き。
フランキー堺ってすごい役者だったんですね
2025/10/05(日) 17:39:47.59ID:Vy+WVrjQ0
東映の渥美清「列車」シリーズと松竹のフランキー堺「旅行」シリーズってどういう関係なの?
監督と脚本家が同じだから実質的に同じネタだよね。
どうして会社が変わっちゃったんだろ?

初詣列車で、当局の協力を得られなくなり、
映画会社を替えて再出発を図ったとどこかで聞いた覚えがある。

80年ごろはこの時期になると
連日深夜に「列車」「旅行」シリーズをやってて、ああまた正月が来たなと思ったもんだ。
2025/10/05(日) 19:47:04.65ID:Vy+WVrjQ0
昔鹿児島本線沿線に住んでて、次々と(だった、当時は)通る『東京』行き
の長い長いブルートレインにはるかな東京への憧れを持ったときの気持ちがいまだに忘れられない

ドイツのCNLのような目玉夜行が東海道に1本くらいは
あってもいいのでは? 東京ー博多なんか。
あれは別会社の運営でハイレベルなサービスを提供している。

1日1回だけしか使えない車両を、積極的に整備するとは思いにくい。
寝台特急なんて、1編成20億円かけても、1日の売上が、多く見積もっても200万円前後だぞ。
しかもそれだけの客が乗るとは限らないし。
新幹線だったら、東京〜大阪間2往復できる。しかも定員が多いから、生産性は全然違うよな。

飛行機がこれだけ安くなってしまったら、夜行需要が減ってもしょうがないな。
夜行需要って、結局経済上飛行機で行けない人が、やむを得ず効率よく移動する手段だったわけでしょう。

一般人にとっては、列車に乗ってる時間は苦痛の時間。
できるだけ早く降りたいものだよ

豪華客船かぁ、あれはすごいよね。でもなー、鉄道では負けそうだよね。
どうしても、横幅に制限あるからさ。

サンライズはご存じの通り、直流特急なので交流区間である九州内は走れません。
そんなの交直流に改造すればいいじゃんとおもうでしょうが、それをやると1両あたりの定員が1/4減ってしまいます。
ご存じの通りサンライズは他の寝台と比べて定員が少ないので
満席でもなかなか元を取れない列車なので、これ以上の定員削減をしてしまうと赤字列車になってしまいますね。
2025/10/05(日) 21:54:26.87ID:Vy+WVrjQ0
東宝は製作部門閉鎖して
日活もにっかつロマンポルノへ路線変更し
大作路線をやめて性典シリーズで日銭稼いでた大映は倒産し
松竹は寅さんだのみ
東映の絢爛豪華な時代劇は黒澤のリアリズムにとどめ刺されて
任侠路線も実録ヤクザ映画路線も飽きられ
三船プロも勝プロも石原プロも内情は火の車
映画現場の職人が武士は食わねど高楊枝とやせ我慢してたところへ
ビジネスを持ち込んで興行と宣伝とグッズ(原作小説・文庫)販売で利益を出すことの大事さを証明したことだよ
小説は文学芸術気取って作家一人が貧乏してれば話はすむけど
映画は多くの人が携わる産業(制作だけだなく劇場への配給となにより興行)だから
制作現場で芸術気取って売れない映画作ったってしょうがない
「良い映画」づくりを目指すのであれば売れたうえで尚且つ見た人たちを感心させるような作品を作らなくちゃいけない
わかる奴だけわかるっていうのはやっぱり制作側のマスターベーションだし
興行成績がいいだけでは必ずしも「良い映画」という訳ではない
角川春樹が音頭とってた所謂角川映画に「良い映画」は少ない

大宣伝の投入で本雑誌売るための映画じゃんってのも、収支の面ではしゃーない。
制作に要する資金は角川書店・角川春樹事務所の負担(自己資金やスポンサー探し)、
配給権は傘下に劇場を持つ映画会社のものだから、興行で得られる売上の大半は東宝や松竹東映に吸い取られる。
角川は原作本や特集雑誌の売上で映画制作費を補填してトータルでトントンを目指すって感じだったし。
映像パッケージソフトで回収出来る時代だったなら、また少し違った形になっていたかもしれないが。
2025/10/06(月) 18:01:24.99ID:qcehOW+m0
たまに古臭い昭和風味を味わいたい時なんかに、この人の単発物をよく手にしたりする
ベタな設定・描写と、旅情とがあいまって、無性にノスタルジックな気分になる
仮想旅行しているような気分になれる。旅情ものを書く作家の中では、一番読みやすくて自分好み。

この人の書く女性キャラは結婚や男にしがみつきすぎ。

主人公の女2人と男2人が旅先で知り合って組になるという
お決まりの流れなのだけれど、物語の進行に伴っていつの間にか組み合わせが逆にw
山村作品には、この型が多すぎる

売れてる時はそんなに表では批判されないもんだよ(^^)
あの中島河太郎が相当甘甘なこと書いてたはず。

80年代はまだ原作にわりと忠実に作られてたらしいね。
山村美紗が存命の頃は厳しくチェック入ったらしいからね。
出演者も結構頑張って京都弁使ってたし。今やほとんど標準語だけどw
山村美紗サスペンスは設定だけを原作から借りてきて、脚本で改変しまくって原形を全く留めない
完全なオリジナルストーリーになってるケースが多い
これで『山村美紗サスペンス』とは嘆かわしい.原案と表記すべきだと思う
“山村美紗サスペンス風”か、“山村紅葉サスペンス”にすればよいのでは?
2時間サスペンスで、「西村京太郎」と「山村美紗」は強力なブランドなんだろうな…。
西村京太郎の十津川警部ものでも、三橋達也が十津川警部をやっていた頃は
かなり原作に忠実だったと思うけど、最近はそうでもない。渡瀬恒彦のははなから違ってた。
2025/10/06(月) 18:21:17.80ID:qcehOW+m0
新保博久
〔いまミステリー界で、新刊を出せば必ず売り上げ上位にランクされる御三家として、赤川次郎、西村京太郎と並ぶ内田康夫の新作だから、当然のようにこの本も好調なだけだ〕
〔浅見も推理らしきことはするが、大半は直感とまぐれで正解に達する〕
〔気の短い推理小説ファンなら、本をたたきつけかねない〕
〔内田氏が、本書でとくに手を抜いたわけでもなさそうである〕
〔要するに(内田)氏の読者は別に推理の妙味を期待しているのではない〕

森村誠一いわく
「分檀のしがらみにしばられず読者の側にだけ向いて自由に小説がかける、それが内田の長所」
2025/10/06(月) 20:52:00.30ID:qcehOW+m0
「根強いファンは多いのですが、多くのロケが必要で制作期間が長く、ギャラも高い2時間ドラマはコスパが悪い。
まさに土ワイもその通りで、最近の視聴率は10%を超えるのがやっと。
映画会社など制作会社も大きくかんでいるので、どんなに制作費を抑えても3000万〜4000万円と高い。
代替えとして始まるニュース番組は制作費を1000万円ほどに抑えられますし、“それなり”に視聴率もとれるという経営陣の判断なのでしょう。

片平は1990年代後半、多い時に週に3本の2時間ドラマに出演。しかも、どれも視聴率は20%前後と、時代を象徴してきた。

彼女たち主役級の2時間ドラマのギャラは1本500万円ほど。

“事件+温泉+おっぱい”の“『土ワイ』フォーマット”は後年、『特命係長 只野仁』(テレ朝系)などでもパロディ化され、“テレ朝らしさ”としても定着していった。

刑事ドラマってどうしても車両協力が要るから、スポンサーに車会社がつく関係で、轢き逃げとか事故死はほとんど扱われないな。

西部警察は、広告代理店を介さずに直接放送枠を石原プロが買い付けて放送してたから代理店に払う余計な金が必要なかった
西部警察の地方ロケは話の中に地元企業のお偉いさんが出て棒読み演技したり商品名連呼したりと露骨な宣伝が入るんだよなw
2025/10/06(月) 21:46:53.17ID:qcehOW+m0
連ドラにアイドルや若手が集中するぶん
二時間ドラマに年配の役者が出る、って風に住み分けが出来てるんだと思ってたけどな
結局共倒れか。
ドラマはタレントにとって効率が悪いんだよ
役者は待つのが仕事と言われるぐらい連日朝から晩まで撮影するし待ちの時間も長い
バラエティやクイズ番組なら効率よく撮影して短い時間でギャラがもらえる

アメリカじゃバラエティは視聴率ドラマ以上に駄目なんだよね

権利関係が厳しくて再放送できないんだろう
だから再放送枠なくしてニュースにしてるし
たしか放送すると出演者にさらにまたギャラを払わないといけない

サスペンスはホテルタイアップがあるでしょ。
随所にそこに泊まってることと、館内のウリにしたい場所を映すとと、無理くりなセリフで言わせて。
その代わり最低でも全出演者、スタッフの宿泊費と朝食代無料、随所にタイアップ台詞を入れる時は更に広告費発生。

この手の番組は地方振興も兼ねてるところがあるけど、廃止が続くと地方振興にも影響出るんじゃないの

庶民は不景気の筈なのに、テレビのCM観ても「あっ、これいいなー、羨ましいなー、欲しいなぁ」とは思わんよ
年寄りは、いくらCM打とうが財布の紐が固すぎる

2サスって1年以上前に撮影した作品が未だに流れないとかよくあるよねオクラ入りなんてザラだよ
連ドラよりも経費の無駄使い 

テレビ局の制作は営業に首根っこ押さえつけられとるし
その営業も代理店にいい様に振り回されてる
海外では代理店が放送局を支配する行為は禁じられているとか
報道の公平性独自性を失うから
ところが日本のメディアは代理店や事務所と株式のクロスパートナーシップでずぶずぶ
コレも海外諸国では放送法でドコも禁じてること
八百長がまかり通るからね
局制作の映画をテレビ局を挙げて色んな番組にキャンペーン盛り込むでしょ
あの自演自体が他国じゃ違法なのw
2025/10/07(火) 00:13:10.96ID:oXBY3EGI0
女優としては絶頂期に『犬神家の一族』を残せたの幸せだったかな。あれだけ魅力的に綺麗に撮ってくれた市川崑に感謝
監督が事前にイメージを出しラッシュを確認するんだけど、いったん現場に入るとフレームの中は基本的には撮影照明の領域だよ。
市川崑や工藤栄一は自分で照明の頭越しにライト・レフ・銀紙・ミラーと位置を指示してたような話はあるけど普通はそこまでは現場で見ていられない。
長谷川一夫なんか監督の頭越しに撮影照明とツーカーだったとか。
市川崑が東京から小林節雄を連れて行ってそれを見事に無視したから初めは機嫌が悪かったらしい(ラッシュを観て納得)
2025/10/07(火) 00:13:41.27ID:oXBY3EGI0
所属タレントが出てるコンテンツの二次使用に厳しく規制をかけてるジャニーズ事務所

若者対象の連続ドラマと異なり、視聴者は中高年層の女性が多い。
「人生で様々な経験を経ているので、半端なことは書けない。
夫のリストラや子供の非行など、ドラマ以上の現実の重みを意識している」
2025/10/07(火) 00:18:31.70ID:oXBY3EGI0
野村芳太郎の八つ墓村やってたから見比べるとやっぱり映像そのものの出来が違いすぎるな
八つ墓村は、市川版犬神家と比べると空間の広がりとかカットとかで表現するテクニックが平凡なんだよね
ホラーテイストを出したいからと顔に妖怪メイクとかさすがにやりすぎだし

市川崑監督作品「天河伝説殺人事件」の価値が分からないヌケ作には言っても分からないだろうが
この作品は市川崑がパナビジョン・キャメラで撮影したまことに凝りに凝った映像作品
明るいレンズを活かして室内は横からの平行光のみで撮影している(もちろん補助光あり)
室内の人物は全身も顔も半分近くが影になり
正面からのアップショットも顔の半分が影
それも黒々とした陰影で異様な効果を生み出している

五十畑幸勇撮影監督の監修のもとに
4Kリマスターで本来の陰影深い映像をしっかりと商品化するべきだ
配信のヌルい画面では真っ黒な画面としか認識できない
2025/10/07(火) 01:35:00.43ID:oXBY3EGI0
若尾文子の声もねっとりとして色気抜群ね
若尾文子は20代の頃は童顔で可愛かったけど
増村保造と組むようになってから凄まじい色香出すようになっちゃった
映画で言うと撮影所システムが崩壊した1970年代以降にデビューした人たちはもう大女優とかそういう格付け無理だ

昔の女優って劇団から叩き上げだったり映画会社がオーディションで募って徹底的に演技を叩き込んでデビューしているのよね。
その後テレビ時代になったら芸能事務所が強くなって見た目だけで選んでろくに演技の勉強もさせずにゴリ押しするのが当たり前になったから、
美貌で演技のできる女優がいないのはその結果だわ。

不美人枠なのに「大女優」という感じがするのは、岸田今日子かしら…なんというか幽玄な雰囲気で只者ではないオーラを感じるわ

小劇団出身の役者がデカい顔をするようになってからレベルが下がった、
あの人たち妙に存在感を出したがるから全体のバランスを狂わすのよ

松雪泰子や鈴木京香のような肌質って、きめ細やかで色白で、テカリや毛穴やニキビとは無縁だから一見綺麗に見えるんだけど、
若い頃から「ツヤ・ハリ」と無縁なのよね

華族令廃止で、それまで税金を払わなくて良かったのに
税金などを払うようになってお金が必要だったから
旧財閥も解体予定だったけど
朝鮮戦争の勃発で工業事業を財閥に担う必要があって日本の財閥は温存された
2025/10/07(火) 10:50:55.62ID:oXBY3EGI0
1969年に公開「千羽鶴」
監督:増村康三//原作:川端康成
出演:若尾綾子(太田夫人)、京まち子(

日本では、千羽の折り鶴は切実な祈りや願いの象徴です
映画では願いが叶わない(鶴は折りたたまれているが飛べない)
*茶道 - 秩序と調和の象徴ですが、すでに崩壊した伝統です
*菊寺の沈黙 - 無力な若い世代
戦後、道に迷った日本の若者の世代の姿
*戦後の日本の価値観の崩壊のさなか、伝統やアイデンティティを失った人々
何もきちんと把握できずに浮かんでいる話
オープンエンディングは混沌とした内面世界と社会の空虚さを明らかにする。

俗悪な女茶人」ちか子が催す茶会で披露される美しい茶道具は、ちか子の「俗な職業的知識」の関心でしかなく

志野茶碗の名器の感触と幻想から生まれる超現実な美的世界と、俗悪に堕した茶の湯の世界の生々しい人間関係が重なり合って描かれている

実生活は完全に捨象された存在であり、美に対する感受性だけが生きて動いている」存在
2025/10/07(火) 11:19:41.89ID:oXBY3EGI0
中山美穂を女優と呼ぶのには抵抗があるなあ。
CMで固めたイメージをそのままドラマに押しつけて平然としてる女を見ると、すごくムカツクんだよな。

モデル女優はモデル時代の無表情が顔に残ってるから演技が下手。
アイドル女優はアイドル時代の媚び笑顔が顔に残ってるから演技が下手。
2025/10/07(火) 12:43:36.69ID:oXBY3EGI0
増村「赤い天使」、川島「女は二度生まれる」、若尾ちゃんはどちらも全てを”受け入れる女”を演じている。
それでいて、決して”都合のいい”ではない、力強さと自立性を感じさせてくれる。言ってみれば、「聖母」なのだが、中世ヨーロッパだったら魔女扱いされかねない、
そんな女を生々しく、しかも一定の品格さを失わず自分のモノにしている

増村監督作品はユニークではあるけれど、作品の完成度がどれもイマイチという感じ。
薄っぺらい心理分析のような台詞には、時に閉口することも・・
増村は東大出伊留学のインテリ特有頭デッカチだから、論理で攻めても実務経験には乏しかったんじゃないのか?
増村のは癖があるから、人に勧める時は『しとやかな獣』か原作ものの『卍』にしている。
2025/10/07(火) 18:09:22.17ID:oXBY3EGI0
…「この世」と「あの世」の間、存在と消失との間の、幽明をへだてるぎりぎり
の境界のか細いところに、日本の幽霊の特質が存在しているからである。すだれ
や蚊帳や破れた障子などの存在と非存在が共存しやすい日本の家屋の空間が幽霊
の「出現」と「消失」を保証しているのである。中川はこの「幽玄美」を誰よりも精緻に描出できる人であった。

「中川信夫はもともと才能のあった人だったが、本人が『控えめで地味な人柄』であった
ために、B級の映画会社に身を置き続け、戦争中は『流浪』の映画人生をおくっていた。
『生き方の要領が悪い』ために、いつも潰れそうな映画会社に入ってしまうのだ。」
2025/10/08(水) 21:31:10.29ID:clIc/AJf0
リボルバー藤田敏八
登場する男たちは、それぞれこれといった目的もなく、ただその場を生きているという感じである。
これは、70年代に藤田監督が描いてきた青春映画の登場人物のようでもある。
そんな彼らが、映画の終わりには、生き生きとして日々を過ごすようになる。


拳銃が盗まれ、それによって大きな事件が起きたわけではない。
犯罪を犯した者たちは、それぞれ惨めな結末を迎えることになるが、
しかし、それは彼らにとっては人生を生き生きと生きるための大きな引き金となっているようだった。
2025/10/08(水) 23:07:28.24ID:clIc/AJf0
週末はマフィアと!
マフィアに殺人の身代わりを頼まれた靴みがき屋の老人の話で、コメディタッチの作品であるが、大笑いするようなコメディではなく、くすっと思わず笑ってしまうようなユーモアあふれる洒落た映画である。
アメリカ映画なのだが、どこかフランス映画を思わせる上品な香りを漂わせた佳作だ。
それは、デヴィッド・マメット監督のウィットのきいた脚本と演出のせいであり、また、主演のドン・アメチーのヨーロッパ風の演技のせいでもあるだろう。
デヴィッド・マメット監督については私はよく知らないのだが、クエンティン・タランティーノや日本の三谷幸喜が大ファンだそうである。なるほど、この映画は三谷幸喜が監督してもおかしくないような題材だ。
ドン・アメチーという俳優は、1930年代から活躍していた人で、この映画の時はすでに80歳だった。この作品以後も3本に出演し、1993年に亡くなっている。飄々とした演技で、
まるでバスター・キートンのようにほとんど喜怒哀楽を表情に表わさないが、それでも内面の感情を演技してしまうというすごい俳優だ。

ドン・アメチーとは対照的に喜怒哀楽を表情に表わす演技で、マフィアの下っ端ながら男気をもったキャラクターを演じていた
2025/10/09(木) 11:24:15.67ID:VEh81X+K0
川島雄三『愛のお荷物』(1955/日)
本作は饒舌な会話劇になっていて、登場人物はみな丁々発止のやりとりを繰り広げている。
特に三橋達也演じる錠太郎は落語家のように軽妙だ。ただ、コメディらしく可笑しみがある反面、
時々回りくどく感じることもあって微妙だった。端的に言って、溜めを作り過ぎである。
大方の会話は話の道筋が見えているから冗長なのだ。結論が分かっているのにわざわざ迂回するような会話は聞いていてうんざりする。
先延ばしにするな、と叱りつけたくなる。コメディとしては古いタイプでなかなかきつかった。
2025/10/09(木) 14:34:10.82ID:VEh81X+K0
松竹は制作費を抑えに抑えることによって、少ない興業収入でも黒字にしようとする会社。
対して、東映はコケる映画も多いけれど、当たる時は馬鹿当たりするので、それで一気に他の赤字を取り返そうとする会社。
円盤、映像配信の時代になっても、そういう企業風土、企業文化が残っている。
だから、シリーズもので確実に興業収入10億円に達しないと判断したなら、東映は松竹と違って打ち切る。
553名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2025/10/10(金) 14:07:25.36ID:sSaXy2to0
快盗ルビイ
この映画が狙ってるのは、クラシックハリウッド的なロマンチック・コメディなんです。
映画序盤に顕著ですが、頻繁にクレーンでカメラ移動します。確実に「当時の映画」を意識してると思うんです。
昔はズームアップという技術がありませんでしたからね(たぶんその技術を早々に使ったのが、ヒッチコック『めまい』(1958年)だと思う)。
下の階から上の階へ、アパートの外観をカメラが縦移動します。
まるでヒッチコック『裏窓』(54年)。
で、小泉さんの部屋、窓から外が見える構図じゃないですか。星座がどうのとか言いながら。これ、窓の外に花火が上がってたら、まるでヒッチコック『泥棒成金』(55年)ですよ。まあ、泥棒の話だしね。
(たぶん花火を映した最初の映画は『泥棒成金』じゃないかな?だって当時はセット撮影ばかりだったから、花火を打ち上げられなかったはず)
そもそも小泉さんと真田広之の出会い、アパートの階段の上下で会いますが、これはもう『ティファニーで朝食を』(61年)ですよ。
お着替えも含めて、小泉さんをオードリー・ヘプバーンに見立ててるんだと思います。
2025/10/12(日) 00:16:29.85ID:wWHl7HzS0
大平(透)
 気の毒ですね.
 なんで気の毒かって言ったらば,昔の名優の吹替を一つもしていない.
 アニメっていうのは無声です. 声が出ていない.
 何もないところに自分が作って声をいかにも話しているようにするわけでしょう.
 『話しているよう』だけじゃだめなんですよ.
 今のアイドルたちは話しているようにするだけで,この人物,キャラクターが生き生きと生きてこない.
 画面から飛び出して,こう鷲掴みにしない. きれいごとになっちゃう.
 それはそういう勉強をするチャンスが無かったからじゃないかと私は思うんですよ」(p.15)

・「宮部(昭夫)
 僕は今,尚美学園というところで朗読を教えてるんですよ.
 でも,若い子たちには文学的な勘が全くないですね.
 文章の内容をじっくり把握しなければいかんと再三言ってるんですけど,どうしてもだめなんです. 活字を追うだけで」(p.49)

・「森山[周一郎]
 だってまず使うほうが,ソツのない奴しか使わないんだもの.
 下手でも個性的なやつを育てながら使うには,時間も予算もない.
 僕たちは育ててもらったみたいなところがあるけど,そういう意味で若い連中は可哀想だよ」(p.81)

・「とり
 相手の芝居への『受け』や『引き』が全然ないということも,よく舞台出身のベテランの方はおっしゃいますね.

大塚[明夫]
 そうです. 噛み合わせがないんですよ.
 みんなこうやって口に合わせようと思って一所懸命モニター見てるでしょう.
 本当は僕とあなたと,お話しているはずなのに,画面と合わすことに神経がいっちゃってるからね」(p.123)

・「羽佐間[道夫]
 だから今のアテレコはアンサンブルでやらないで,一人ひとりが主張しちゃうんですよ.
 相手がだーっと来たらこっちは引っ込むというようなことができない.
 声優雑誌がスターを作ろうとしているから,どんどんアイドル化して,本来の芝居を作るというところとは関係ないところでファンがついてしまう.
 とりさんはよく書いてくださるけど,『この人はどういう芝居をしているのか』
『この役にはマッチするが,この役には合ってないのではないか』と,声優の演技批評まで及んでないんですよね.
 だから『人よりも目立つ』ことしか考えられない」
2025/10/12(日) 19:47:23.01ID:wWHl7HzS0
戦後間もない昭和21年にこのような明るいタンゴの調べに乗った甘く切ない歌が流行していたとは驚きです。 
現実を見渡せば悲惨というよりも"無惨"な光景が広がり
、絶望や落胆しかなかったであろうこの時期でしたが人々の心は折れてはいませんでした。

粋なジャンバーの アメリカ兵の 影を追うよな甘い風」
昭和21年当時の複雑な思いが伺える
強かったはずの自分たちを打ち負かしたアメリカに対する羨望と引け目の歌詞であり 昨日の敵の粋な美しさをどこかで感心して讃えて(?)おり、
「アメリカ強い」としないことには自分たちが弱かったことになってしまい、しかし同時にそのことが 自分たちのほうが優れていなかったという負けた後ろめたさを大きくしてしまう。
また、無駄な戦いをして無駄に死んでしまったことに結果として行き着いてしまう。
それらが影のように心と体を覆ってアメリカ兵を見ているように感じる
「夢を見るよに 花籠抱いて」
もう何もない焼け野原の解放感すがすがしさ パンドラの箱に最後に残った希望のような余韻
2025/10/12(日) 22:31:27.97ID:wWHl7HzS0
総制作費が7億で、現在の通貨価値にすると80億以上。当時としてもハリウッド大作に比肩するレベルですね。
それでも、本作の8倍近く(54億円で今なら600億以上!)の総制作費を突っ込んだ「ベン・ハー」には流石に負けますが。
大映に70ミリフィルムの上映館がなかったのに日本初の70ミリ映画
2025/10/13(月) 15:28:20.45ID:E+L9w5mT0
和田誠の監督第3作は5話からなるオムニバス映画で、実はこの前に日本のショービジネスを描いた自著の映画化『ビギン・ザ・ビギン』(82年)が頓挫している

2話目の「吉備津の釜」
「短篇だから、いきなり物語の核心に入る、という手もあると思う。原作がそうだし、シナリオも第一稿ではそうなっていた。けど、もう少しヒロインに感情移入できないかなあ、
というプロデューサーの意見を入れて書き直したのがこれで、彼女が事件に巻きこまれそうになるまでの心理状態がうまく出せた反面、尺が長くなるという欠点もあった。心情の方をとったんだけどね」

日影丈吉原作の「吉備津の釜」(59年)は、候補のひとつではあったが却下されたエピソードだった。
代わりに撮影予定だったのが江戸川乱歩の「人でなしの恋」(26年)である。
このオムニバス映画は怪談で纏めるということで企画されたもので「人でなし恋」はそのメインディッシュとして予定されていた。
だがその映画権はすでに『RAMPO』(94年黛りんたろう)に抑えられていたのだ。和田。
「乱歩のこの物語は今回最初にシナリオ化したものでもあるし、よく書けたという自信もあった。そしてぼくが日本映画界最高と思われるスタッフを組んでもらったのも、実はこの物語の映像化を頭に描いたからだった」
そんなわけで急遽、選ばれたのが「吉備津の釜」だった

第4話の「火焔つつじ」
奥に続く廊下は実は坂になっていてボールでも置けば向こうに転がって行くという。設計した小澤秀高は言う。
「映画ってのは“奥行き”が大切なの。奥行きはワンカットで人間の心情を表現できたりする(略)あの廊下はさ、階下に向かって落ちていくように、
それでいてリアルに傾斜を作ったんだ。なんか奥に、そして下に吸い込まれていくように見えればいいと思って」
駅から宿に向かうふたりも、闇の中に消えて行くように計算された照明使い
2025/10/15(水) 13:07:50.14ID:itGfpVi40
GHQの占領下で日本の国家予算の1/3以上が米軍関係だった。米軍が要求する資材や物品は最優先で期日通りに納品しなければいけなかった。だいたいがどんぶり勘定でいい加減な要求だった。
したがった米軍による横流しで巨万の富を築いてアメリカに帰国する米軍関係者が多くいた。米軍兵士の住宅も日本の予算で建設した。
現在の代々木公園にはワシントンハイツと呼ばれた米兵向けのモダンで立派な住宅があった。そこは敷地が広く住宅もアメリカ基準の住宅が林立した別世界で
、日本の各地に同じような米軍施設があった。米兵宅で家政婦として働く日本人女性が数多くいた。彼女らは非常に勤勉に働き米軍関係者からの評判がすこぶる高かった
。日本の歳出は米軍関係が最優先だったので日本国民向けに予算を割く余裕がなく、国民生活はとても疲弊した
2025/10/15(水) 13:28:03.93ID:itGfpVi40
世界観を語る上で、小林旭主演の日活映画「渡り鳥シリーズ」が参考とされ、大きく影響している
長坂秀佳は日活の「渡り鳥シリーズ」をほとんど観たことがなく、「人に聞いた大体の雰囲気で書いた」と語っている

脚本の殆どを執筆した長坂秀佳の独特の世界観、主人公の早川健を演じる宮内洋の独特の台詞回しと軟硬自在の演技などで数々の特撮ヒーロー番組の中で高い人気がある

特撮作品の中で高視聴率をマークしたが
関連玩具が売れ行き不振のため、ズバッカーなどの戦闘シーンを増やすように要求するも「自分はドラマを書きたい」として脚本の長坂が全く聞き入れず提供スポンサーのタカトクは降板。
これに伴い、本作品は3クール弱の全32話で打ち切りになった
人気は制作側が設定していた年齢層より上の年代である大学生が中心で、それがキャラクター商品の不振の一因ともなった
2025/10/15(水) 16:48:00.33ID:itGfpVi40
やっぱり、ジョン・ウィリアムスですね。
池辺先生は、『作曲家が書いたスコアがそのまま演奏される様になればクラシック』との分類を述べられてますが
既にその地位を得ている作曲家だと言えましょう。
軽めのポップスによる映画音楽が隆盛を極めた時代に、オーケストラを呼び戻したその功績と衝撃は素晴らしいです

佐藤は早坂の弟子になって以降音楽学校で学んだ手法は
“映画音楽には役に立たない”として捨て去ったりしている。
一方で武満はグループ「実験工房」の活動の一環として映画音楽もやっていたというだけの事。

既存のクラシック音楽を上手く使ってある方が印象的。ブレッソン「バルタザールどこへ行く」
でのシューベルトとかタヴィアーニ兄弟「父」でのこうもり序曲とかね。エリセも上手いかも。
蛇足ですが日本映画でのクラシックの使い方サイテー。

映画のサントラや既成曲を使ってること自体、日本のTV界がいかに貧しい(単に金の話だけでなく)かの証拠。

「オネアミスの翼」はちょっと。。。単体で聴くと良いのだけど、映画をとっても盛り下げてる気がする。

ハンス・ジマー>ジェリー・ゴールドスミス」じゃないですか?
というか、ジェリー・ゴールドスミスの音楽って、若い人が聞くとダサく聞こえま
せん?メロディーセンスの良さと、その多彩さは認めます。でも、楽器の使い方
というか、オーケストレーションというかが、時代遅れになってきてません?
ジェリーは、「オケ+シンセ」の技術が低いために、メロディーは良くても、どう
してもカッコ悪く聞こえてしまいます(年寄りが無理して若作りしている感じがします)。
中高生時代にそれなりにオケ+ユーロビート顔負けの打ち込み系の邦楽に触れた若い世代は、どう考えてもハン
ス・ジマーの音楽の方をカッコよく感じるのではないかと思います。

ジマー = 日本の歌謡曲(小室、つんく、ビーイング・・・)
売れ線のわかりやすいメロディかいてるだけ
ホルスト惑星」の火星のパクリ丸出し「グラディエーター」

モリコーネは使いまわしの駄作も多い
2025/10/15(水) 17:08:25.64ID:itGfpVi40
ポップス系の曲の中に、ドビュッシーやラベルの曲の和音やフレーズが
さりげなく使われていることがあります。(松田聖子や小椋圭など)
知っている人が聴くと「あ、パクリだ!」とピンときます。
でも知らない人にとっては、凄い作曲能力としか思えないのでしょうね。

ムーミン(初代)のBGMも驚異的に良い。宇野誠一郎氏の珠玉の作品の
ひとつだね。今のアニメ音楽の大半は、あの時代に比べれば聞くに耐えんな。
「アルプスの少女ハイジ」だったか、三善が書いた主題歌は、とうてい
テレビ、それも子供アニメ向けとは思われない変わった曲だった。
三善だから、とか言わんが、昔のアニメはたしかに今よりずっと手がかかっていた。
その最近のアニメを、多くの人が喜んで見てると思うと、仕事をやる気がなくなりますね。
金の亡者の代理店、一次制作会社がギャラをむちゃくちゃピンハネして、下請け制作会社がぴーぴー言っているというのもあります。
2025/10/15(水) 17:47:12.72ID:itGfpVi40
コルンゴルトを聴いて映画音楽みたいだと思うのは間違い。
コルンゴルト映画音楽に似ているのではなくて、
映画音楽がコルンゴルトに似ている、
というか、彼のような亡命者たちがハリウッドに後期ロマン派風の音楽を持ち込んだのだ
映画音楽の歴史をふりかえるとき、コルンゴールド以前と以後があると思う。
戦前のフランスやドイツ、イギリスのいわゆるクラシック作曲家の音楽を、芸術音楽の神童として有名だったウィーンの高名な作曲家がハリウッドに
持ち込んだとき、今日の芸術としての映画音楽のスタイルが始まったということ。

ジョンは如何にもアメリカの作曲家って感じだな
ロマン派的な中に含まれる近現代的なエッセンスが絶妙、あとジャズの影響とかも。

ウィリアムズのようにかなり色々な曲に似ている作品を作る作曲家も大勢いる。
この理由が「テンプトラック」(監督やプロデューサーが映像に既存曲をつけて、そんな感じの曲を作曲家に発注する)ということ。
テンプトラックからイメージが違いすぎるとボツになる
黒澤明がこれをやるんだよな。
だから、早坂や武満の黒澤映画での音楽には、溝口作品や小林作品で聴かせた音楽のような、人を圧倒するような創造性は無い
『2001年宇宙の旅』はキューブリックが貼り付けたテンプトラックに合わせて『スパルタカス』のアレックス・ノースがオリジナル曲を
書いたのだが、キューブリックに「こんなのしか出来ねぇのか」って破棄されて、あわや裁判沙汰に。以後、キューブリックが自作に既製曲
しか使わなくなったのは、ご存知の通り。

2流のラフマニノフみたいな音楽を流して、「こいつらは恋愛してます!」ってアピールするようなのは願い下げ。
というか、ラフマニノフという作曲家の存在意義もつい最近までは危うかったと思う。チャイコフスキーの二番煎じというか。

進歩史観に外れるもんは大衆芸術と呼んで良いんじゃないの?

60〜70年代的進歩史観なんてものは、馬鹿馬鹿しいとは思うけど、オリジナルな味を作れなかった店ってのは、
店前に行列が出来ても、老舗の仲間入りをすることは出来ない
先鋭的な作品を残し、新たな可能性を提示した芸術家に対しては、名誉ある地位を与えて当然
だから、武満徹が創った、映画『怪談』の音楽は、彼の純音楽作品以上に評価されるべきだとも思う。
怪談』での武満ってのは、映画音楽家とも音響マンともつかない立場にいて、映画に流れる音響をトータルに制御する仕事をしてますね。そうい
うコンセプトは、1950年代の早坂文雄の仕事などに端緒を見出せるとは言っても、当時は非常に新しかった。しかも、それ表現としてちゃんと成立
しているところが凄い。映像と音響をいかにシンクロさせるべきか、ということに関しては未だ確固たる理論が確立しているわけでは無い。『怪談』
で武満が目指した方向がもっと多くの追随者を生んでいたら、日本の映画音楽の歴史も変わったと思う。
武満の映画音楽での調性音楽は、「系図」のようなオーケストラ作品での調性音楽などよりずっと良い。これは間違いない。漏れの推薦曲は「どで
すかでん」だな。ただ、「波の盆」のように演奏会用組曲に編成すると、かなりクドく感じられる。
2025/10/15(水) 18:00:03.70ID:itGfpVi40
フランツワックスマン「サンセット大通りとかコーンゴールドなどは移民であるのに対して、
アルフレッド・ニューマンは、このレベルに達した最初のアメリカ生まれの映画音楽家とされている

武満以後の現代音楽系映画音楽書きで、第一に推薦出来るのは鈴木治行だな。
クラシックや現代音楽の素養をもって映画音楽を書いている作曲家は数多いが、
早坂や武満のように、映像と音との関係性についての新たな可能性を切り開いている人物
2025/10/15(水) 20:25:19.79ID:itGfpVi40
映画「アマデウス」の中で「となりのトトロ」の曲

久石はパクリの常連に決まってんだろ?
名前からして久石譲(クインシー・ジョーンズ)のパクリなんだから。
アマデウスでサリエリが弾く曲をモーツアルトが弾くけど
あれはモーツアルトのドンジョバンニで、あの曲自体が他人からの思いっきりなパクリだよ、似すぎだよ。
でもクラシックの世界ではパクリって概念がないんだよ。
モーツアルトはパクリの宝庫・・・だけど原曲より凄い曲にアレンジしてる。

ナウシカなんて昆虫(そら飛ぶムカデみたいなの)に追われるところなんかは思いっきりミニマルだし、
ナウシカがオウムに殺されかけて復活するところはヘンデルのサラバンドの主題をそのまま使っている、そのあと独自の展開をするけども。
久石がナウシカでテリー・ライリーパクってるのは、有名な話英米人は腐海のシーンを見せると必ず気ずく。

ぽにょぽにょは、シューマンの楽しき農夫のパクリ。ていうか確信犯的盗作。
あと、もののけ姫の中にショスタコービッチの五番とほとんど同じ音楽が出て来る

四小節までなら同じフレーズでも著作権的には問題ない
何小節までと法律で決まっているわけではありません、たとえ100%模倣でも原作者が文句を言わなければ問題ありません

西洋音楽には模倣(つーかぱくりつーかオマージュ)の伝統があって
その様式を踏襲しないといわば外道扱いされるらしい
音楽史上18世紀以前の変則的な音階や和音を持った音楽は
(土着民謡も含めて)ヨーロッパでは多く葬り去られた
(異端の音楽としてスコアですら焼き捨てたらしい)
2025/10/15(水) 20:38:30.12ID:itGfpVi40
「HANABI」での久石譲のスコアがあまりに佐藤的だと思ったら
佐藤って彼の師匠だったのね。
だからか佐藤は「ソナチネ」の音楽を遠慮なく酷評している。

細野晴臣が人生でもっとも衝撃をうけた映画音楽に「用心棒」を挙げていたね

用心棒は特殊な編成なのでそもそもコンサート向きではないところをファンの要望が強いため無理矢理オーケストラに移し替えたらしい。
また、オリジナルのスコアが紛失してしまったのが痛い。

佐藤勝って、東宝と日活の作品を多数手掛けているけど、意識的に曲調を
変えていない?というか、日活作品は、いわゆる佐藤節というか、黒澤作品や
岡本作品で聞ける佐藤らしさが全く感じられない

氏の音楽は効果音ギリギリのものや、キャラクター心理描写に踏み込んだものがとても多い。
2025/10/16(木) 10:51:15.76ID:omeqclJc0
雪室 俊一(ゆきむろ しゅんいち
ちばてつやの作品については「それまでの漫画は読者を笑わせたり、ハラハラさせたりするが心には何も訴えない。
登場人物に血が通ってない」と感じるものが多く「ロボットが出なくても、
清く正しく強いスーパーヒーローが登場しなくても、こんなに魅力的な作品が出来ることをちばさんの原作は教えてくれたのだ

プロデューサーなど数名が集まり4稿、5稿と修正する“脚本会議”制度は疑問を呈しており
「建設的な意見はほとんど出ず、悪くいえばアラ探し大会」「ストーリーは破綻なくまとまり、人物の動きに不自然なところはない。
しかし、優等生の作文のようにハートがない。女性でいえば整形美人だ。子どもたちは整形美人より、鼻ぺしゃでも、
おもしろいお姉さんのほうが好きなのだ」と話すほか、2001年には「船頭多くして船、山に登る」という言葉を引用し
「船頭多くして当たった番組は一本もない。いま求められているのは、
こじんまりとまとまった本ではない。多少、荒削りでも作品の中に脈々と血が流れている、個性的な本である」

池波正太郎が原作のセリフを丸写しにした脚本家を「文字で読まれることを想定して書いたセリフと、
耳で聞くことを想定して書いたセリフが、なぜ同じなのか」
2025/10/16(木) 21:13:05.21ID:omeqclJc0
「ちょうど『タイアップ』の始まりぐらいで。香川に行ったときは、冷凍食品の工場にわざわざ聞き込みに行って、機械が動いている前で『この人見ませんでしたか?』って(笑)。小林さんって専務がスゴイやり手だった」と明かした。

 また検問のシーンでのエピソードも披露。「『西部警察』は日産だったから、検問にひっかかるのは日産か外国車。『太陽にほえろ』はトヨタだったから、トヨタか外国車が引っかかってた。
そのあと撮った『ゴリラ(・警視庁捜査第8班)』は三菱。(石原プロドラマは)そういうののはしりだった」と当時の協力先を明かした。一方で「でも今はさすがにね。逆にそういうのも見てる人がわかるから、『なんだ』っていうような時代になった」
2025/10/16(木) 22:31:05.74ID:omeqclJc0
刑事ドラマとしての脚本のクオリティなら、特捜最前線→Gメン75→太陽にほえろ!の順番。ドンパチばかりの西部警察にクオリティなんて言葉はなかった。まだ、大都会の方が日テレ系でそれなりに脚本に配慮していた。

昭和50年代は各局が刑事ドラマを制作し毎日どこかのチャンネルで放送されていた。
ハードボイルドなGメン、青春ドラマの太陽にほえろ!、リアル指向の特捜最前線など味付けの異なる刑事ドラマを堪能できた良き時代だ。
2025/10/16(木) 23:22:33.09ID:omeqclJc0
元々何故日本テレビが大都会をやる事になったかと言えばつい最近倉本聰氏がポロっと言ったように石原プロ救済の為だからな
慎太郎から讀賣新聞経由で出てきた話だけに上層部が動いていたから日テレ主導で国際放映から石野氏引き抜いたり製作費割り増しとか当然の如く異例尽くめなんだよ
んでパート3までやって借金完済して本格的に自分達主導で始めたのが西部警察

大都会のパート2あたりまでの頃はまだ金が無い時代だからか意外と体育会系の色合いが薄いんだよな
資金が豊富になった西部警察時代はホテル貸しきったり豪勢な話が伝説的に伝わると同時にパワハラ的な話も増えていく

柴俊夫とか三浦友和はスポーツ刈り、体育会系、折り目正しいから裕次郎が好きそうなタイプだよ。
外様の舘ひろしが入社して、プロ内の年齢構成のバランスが崩れて、神田正輝や峰竜太とトラブルになったこともあるから、
他社からのこの人材をレギュラーに入れて、バランス取っていた面もある

フロントガラスがクモの巣に割れるアクションは後部座席からパチンコで金属玉を打ってる
部分強化ガラスだった頃は定番だったが、合わせガラスになってからは銃弾の穴が開くパターンへ変わったな

湖は海保の管轄外。河川の延長だから水上警察あるいは県警が撮影許可出せばOK

とにかく爆破の技術は凄かったらしい
いかに安全に、それでいて凄まじい炎と粉々に吹っ飛ぶような光景を見せる技術。
2025/10/17(金) 13:25:01.34ID:mpQHB72B0
この頃のあぶない刑事はもっと以降のコントみたいな笑いではなく洒落た台詞での笑いなのが良い
2025/10/17(金) 15:36:08.30ID:mpQHB72B0
昔から石原プロの現場がムチャクチャ危険なのはスタント業界で知らない人間は
いません。本来、プロのスタントマンは現場でリハを繰り返し、乗る車も
自分の手で念入りに整備するのが基本。ところが石原プロは、いきなりロケ地に
呼びつけ、『乗る車はこれ、こうしろ、ああしろ』と、リハ無しのぶっつけ本番が
当たり前になっていた。文句を言おうものなら現場責任者の小林専務が
『気合でやれ!』って殴る蹴る。そのくせギャラは相場の半額以下。
2025/10/17(金) 15:57:26.87ID:mpQHB72B0
石原プロは基本映画屋だから、「NGシーンは恥」と思っている連中が当時は多かったのだろうな。
だから、NGシーンのフィルムは全部処分して、NGシーンを集めたDVDとか、メイキングを集めたDVDとかも現状以上は無理だろうな。
今は「NGシーンさえ売り物」だからな。俳優がちょっとセリフ噛んだだけで大喜びで放送してるし

破壊車両は普通に考えて車検切れでしょ

公道で撮影する時は正規ナンバーが付いた車両で無いと違法になってしまうが、
そこは役所と撮影側が暗黙の了解で、撮影する時は一定区間を閉鎖、その閉鎖区間では、
ナンバー無し車両でも走行可にしている。もちろん石原プロ側が事故の際、キチンと補償するから。
だから閉鎖区間には必ず警察官が付き添っていて、稀に警察官が棒立ちしてる姿が映ってしまう。
地方ロケなんかで周囲をよく見ると確認出来る
最後の方になると、カースタントや車爆破がどっかの工場(日産の輸出用ヤード?)の敷地内が増えたね。
都内の許可が降りずらくなったのか?

あんまりムチャやるから道路が傷ついて使用許可が出なくなったと聞いた。
また、愛知ロケでは暴走族への影響を考え(当時死亡事故等が全国トップ)、カーアクションは
ほぼ出来なかった。鹿児島ロケとは違って、土手での走りが限界だった。
だからあとは安易なただの爆破に走った。それこそ戦隊物みたいに埼玉の山奥とか工場跡地内とか。
2025/10/17(金) 16:18:31.64ID:mpQHB72B0
全部じゃないけど、予告編や放送当時の番組スポットCMは裕次郎が編集に立ち会ったり、自ら編集を行っていたらしい。
あと、「大都会 闘いの日々」のオープニングは自ら監督とカメラマンもしていたのは有名。
死ぬまで抱いていた「映画を作りたい」という想いは、ギャンブルになる(そして大損する)劇場映画ではなく
テレビドラマのオマケみたいなところで自己満足して紛らわしていた。
それから、事務所にある試写室で昔作った自社映画を仲間と観るのが憩いの時間だったとも。

小学校の時にひどいいじめにあった。悪い奴らがクラスを支配していた。
西部警察を観て「やっぱり正義は勝つんだ」と思って溜飲を下げていた

爆破等の派手さやマシン系が好きな人はPART2以後の方が好きなのかな?
出てる面子も明るく健全な印象の役者が多く、子供も無印より受け入れやすい
無印は、アウトロー&暗さの大都会の魅力を残しつつ娯楽性を高め、見やすくなった感じ
リキやゲンのような、どこか陰を感じる役者がいるのも大きい

当時トミマツとか軽薄アクションものが定着しつつあった中で西部警察は時流に逆らった作りだろうな。
言わずもがなだが、流行を追うことが必ずしも正しい方向性だとは思わん。

80年代中頃からドラマでは既にトレンディードラマが流行出していて、
アクションでもスマートでカッコイイ・アクションが求められていた時代、
昔ながらの大量破壊・大量爆破で戦隊物を連想させるゴリラでは、
そもそもネーミングにぺケが付いて、連想させる時点で始めから見ない方向になる。

モノラル=聞き取り辛いこもった音、ステレオ=聞き取りやすいクリアな音
だと思っている馬鹿は未だに多いよね。
2025/10/17(金) 16:41:09.01ID:mpQHB72B0
時代劇も脚本が金太郎飴だったからな
俺が子連れ狼ぐらいしか評価しないのはそういう意味
原作ない連ドラはつらい

西部警察も後半は、刑事達の荒々しさが減って、車両頼みだったからな。
 ドラマとしては大都会シリーズの方が、型破りな刑事魂が主体で良かったな。

渡哲也の大根丸出しの演技と西部警察の大味なストーリー内容が程良いマッチングだった
逆に演技が上手い役者だと湿っぽくなり過ぎて西部警察独特のドライな感じが出せない
演技派は皆特捜最前線に行ってた
特撮畑の役者がなぜかみんな重厚な特捜最前線に行って
特撮とは無縁な石原プロが特撮系刑事ドラマを作るんだから世の中何が起こるか分からない

地方遠征すると、「団長、日産自動車△△支店が協力を申し出てくれました」と、
支店長みたいな人が出てきて素人台詞を言う

パート2のころは田中浩の丸大「わんぱくでも良い、たくましく育てば」のCMは
印象に残ってる。 パート1の頃は提供でダイエーが一番最初にアナウンスされてきがする。東芝は二番目。

全シリーズ通してCMスポンサーになってるのって宝酒造だけなんだね

小林昭二は西部警察の南刑事役で、ウルトラ、ライダー、戦隊と3大ヒーロー番組のレギュラーの快挙達成
2025/10/17(金) 18:19:07.74ID:mpQHB72B0
西部警察で石原プロは広告代理店を仲介せず、スポンサーと直接取り引きをしていたそうです。
また地方ロケで、地元企業の看板をバンバン映す引き替えにスポンサーになってもらった

石原慎太郎が運輸大臣だったのは87年11月〜88年12月の竹下内閣の時だから、西部警察の時期とは全く合わない。

道路で車両を転倒させると道路に傷が絶対に着くよね?
一般道路なら、その修理代だって石原プロかテレ朝が出さなきゃならんからな。
そもそも傷が着くと分かっているのに撮影許可で出るはずがないし。修理すればいいという問題でもなし。
ちなみにドリフトとかで着くタイヤマークですらダメらしいぞ。
だからカーアクションは山中や廃工場や私有地じゃないとダメだったらしい。

道路に傷が付くは撮影許可を出さない為の名目に使われたとか
80年代に入る、とくに83年頃は高校の三ナイ運動と共にテレビのアクション物にPTAなどから抗議が入ってたから。
70年代終り頃から校内暴力が全国規模で盛り上がった影響で、暴力シーンなどに影響される未成年を危惧、
テレビの刑事ドラマなどにPTAを始め多くの父母がテレビ局を始め行政や警察に苦情を入れ始めた。

最近の刑事ドラマ(2時間ドラマ含めて)は何が駄目かと言えばハッキリ言って、犯人役の悪役俳優陣に全然魅力を
感じない。外見からして悪役の顔じゃないし、演技力も全く迫力無い。

裕次郎さんは安定した低音と倍音成分豊かな声質、素晴らしい歌唱は天性のもの
「自分は素人だから」という理由で紅白歌合戦への出演を依頼されても生涯断っていたそうだ。
「年末年始の仕事するのはアホ」が本音で、毎年紅白オファーがしつこいのでハワイへ逃げた。
2025/10/17(金) 20:07:49.78ID:mpQHB72B0
皇居の周りでカーチェイスやったり装甲車走らせたり、そんなもん良くできたな。 
新宿駅地下道で銃撃戦なんてのも今じゃ無理だろう。

やはり自動車会社がきちんとスポンサーに付いていたというのはデカいね。
普通は自社の車が壊されるとわかっていて協力するはずがない。

専務が儲かる方法を熟知してたからこそ長くやれたんだよ
車なんかも安く仕入れる独自ルートをもってたし確か平均2〜3万円くらいで仕入れてたらしいからね
普通は毎度毎度こんな値段じゃ仕入れ出来ないよな
しかもエンジンがオシャカにならない限り打ち出しと再塗装で
何度もリサイクルしてから爆破or水没させてたからホントあの専務はしっかりして

ちょうどこの頃舌癌再発が危惧されたようだ。
西部3の途中で八重歯を削っていたことがわかると思うけど、これもその影響。
当時は癌はタブーで正しい死因を発表しないことも珍しくなかった。
脳梅毒なんていう都市伝説もあるくらいだし。

栄光5000キロのスタッフクレジットにも元専務の名があった
コマサは日活からの出向社員扱いで製作協力していた。
劇場でみたけど、たしかに遺言どおり大スクリーンで見てほしい大迫力の作品だった。
ところが、失礼ながら黒部・栄光以後の富士山頂などの作品は確かに見劣りがする。
2025/10/17(金) 20:34:45.67ID:mpQHB72B0
3大古典は、まちがいなく次の3つ。
ブリット
ザ・セブンアップス
フレンチ・コネクション
やっぱり、ポイントは躍動感だと思う。
たとえば「バニシング・ポイント」なども古典としてあるが、
やはりチェーシングのシーケンスが間延びして、単なる高速ドライブのドキュメンタリー作品のように見えて、アクビがでる。
あとは、音。
エンジン音やブレーキ音などが重要な要素。
たとえば、「キャノンボール」などは、コメディだが、冒頭のカウンタックが疾走するエンジン音は素晴らしい。
「ブリット」は、躍動感と音が素晴らしい上に、マッハ1を近接でとらえるカメラが意図的にぶらしていて、素晴らしい映像となっている。
この映画が作られて、もう30年以上たつが、カーアクションという意味でこれを超える映画はいまだに作られていない。
ブリットは車による鬼ごっこみたいな雰囲気から段々カーチェイスに移行していく
過程のうまさもある。 殺し屋達がカーチェイス前にシートベルトを締めるシーンもなんか盛り上がる
ハイウェイに乗ったあと、マックィーンがすっ飛ばしながら、やたら空ぶかしをするシーン
があるが、当時はフューエル・インジェクションは無く、キャブレター仕様なので、空ぶかし
してシリンダーに強制的にガソリンをたたき込んでいるんだと

「いつかギラギラする日」
邦画No1のカーアクションだよ。最後に日産テラノがパトカーの大群から脱出するシーンは見物。

「ローニン」まじで怖かった!高速逆走!!
近作ではロー人を超えるものはないな。
古いのでいうと『ザ・ドライバー』かな。特に地下駐車場で少しずつ車を壊していくシーンは痛快!

ダーティーハリー5のミニカーと車のチェイスは笑った。アングルがカーチェイスもののギャグになってて。

車がただ単にドッカンドッカン
クラッシュする映画はカーアクション映画とは呼ばない、
クラッシュしてバラバラに吹っ飛んだり爆発で車が空中回転アボーンみたいな映像はちっとも面白くない。
2025/10/17(金) 20:57:23.00ID:mpQHB72B0
ダイハード
刑事が主人公のわりには刑事ドラマという感じがしないね。
刑事ドラマという形でのセールスも無かったと思う。
デカ部屋、取調室、聞き込み、犯人追跡、刑事同士の交流等々全部は無くても、
こういう要素が無いと刑事ドラマという感じがしないのだな。
単に刑事が主人公の映画が、刑事ドラマでは無いと思う。

 「ダーティハリー」は一作目を観た時、既視感の嵐。名作の宿命ですな。だから
二作目の方が私は印象に残っている。

破壊!
ハイアムズはこれが頂点だったね・・・
中学生の頃に初めて見たんだけど、常に台車の上に乗せて動くまわるカメラワークが躍動感があって、厨房ながらに感心したもんだ。
「シカゴコネクション」見たときこれを思い出したよ!
有名なのはもちろんいいが、B級というか、深夜にしか放送されないような古いものでも、それなりに面白いのが刑事映画の良さだね。
あの頃の刑事アクション(コメディ)には同じような匂いがあった
2025/10/17(金) 21:20:20.77ID:mpQHB72B0
アクション映画は客が入らないんだよ
ハリウッドのは入ってるようだけど、あれは「大作」だから入るんで、決して
「アクション」が人を呼ぶんじゃあない
その証拠にハリウッド物でも小規模公開のアクションは全く入らない
考えられる理由はオネーチャン達が敬遠すること。
そして野郎共や厨房連中はビデオで済ましてしまうこと

昔は世界が日本のチャンバラを真似てた時代があったけど
日本の武道は映像にしても画にならない。
まずキレが無い。武士道などと言った精神論にすぐ走る。
80年代の香港アクションを見るとジャッキーとかサモハンとか
ものすごいアクションしてるけどクンフーとか武道の精神論は二の次で娯楽性を優先した作品づくりだった。
彼らの場合、武道家としてより映画俳優として映画の中身を優先

ハリウッドも香港もアクションの図式は超単純
「悪いやつをかっこよくやっつける」それだけ。
「命をかけて戦うことで解りあう」とか「生きることとは、戦うこととはなにか」とか
そういう哲学はほとんどない。

優れた武術ってのはコンパクトな動作で無駄な動きが無い。実戦性を追求するほど地味になってくる
だから凄く地味に見える(それだけ洗練されてる)
テコンドーとかみたいに「 無 様 な く ら い 大 振 り な 武 術」 
だったら「 一 応 派 手 」には見えるよ

アクション映画は、基本的にはアクションは分業。演出はしてもアクション部分には、その道のプロ入れる。
ケイン・コスギ主演『マッスルヒート』等、見るとよく分かる。
アクション監督はちゃんとしてるのに、周囲がアクションをどう撮るのかまったく理解してないから、ぬるイアクションが次から次に出てくるだけ。
『修羅雪姫』なんかは、良い例だと思う。ドニー・イェンのチームが全面的にアクションシーンを作っていた。
アクションに必要なチームを信頼して呼べば、アクション自体はモノには出来る。
(モノによっては、海外でやってもいいわけだ。実際『キル・ビル』は日本のアクションシーンを中国で撮っている。
『ブラック・レイン』もアクションはほとんどアメリカで撮影)

快傑ライオン丸は凄いスタントしてるらしいよ
走ってる馬の腹に捕まって、その状態から手足を使って背中に回るとか
その時のスタントは日本TV&映画史上でも最高の危険度だったらしいよ
2025/10/17(金) 21:48:11.78ID:mpQHB72B0
日本刀の刃と刃でも「カキーン!」ってのは、居合道の経験がある者ならイヤーンな演出だ
黒澤映画での殺陣では、不自然に刀を合わせるシーンが殆どないよ(特に1対1では)

カキーン!で鍔迫り合いがあるのは、
邦画の剣術シーンは歌舞伎の流れだから、「そういうもの」と思ってみてください
ちなみに何人もの殺陣師が同じ事言うけど、そういうシーン入れてお約束の殺陣やらないと
とっとと決着がついちゃって、何人も殺さないと間が持たないんだってさ
で、逆に空振りばかりさせると、剣術が下手な印象になるとか

リアルを追求するほうがいいって人も多いんだろうけど派手な演出のほうがいいって人がやっぱり多いんじゃないかな?
時代劇なら黒澤風に一瞬で片付くよりも子連れ狼風に半日くらい戦ってるほうがおもしろいって人もいる。

グラディエーターのアクションは、殺陣自体には全然リアリティとか無いんだけど
見せ方が上手いなあと感じた。なんかプロレス的というか、盛り上げ方がよくできてるんだよね。

韓国は兵役があるから、特にガンアクションは本物。日本人役者のガンアクションの酷さときたら…。

ハリウッドを意識して作られたアクション映画って大抵、微妙な出来になるんだよな。
日本で言えば北村龍平の映画がそうだけど、どこかで見た事のあるようなアクションシーンが満載で思わず失笑してしまう。
結局、独自性を放棄してハリウッドの後追いをした所でハリウッドの劣化コピー映画しか出来ないんだよね。
2025/10/18(土) 14:37:15.43ID:tiwzqSuS0
藤田氏は必殺4でかなり監督と衝突したみたいだよ。あまりに妥協しない姿勢
にスタッフの中でも孤立したそうな。その後出来上がった作品を見て監督の実力を認
めたスタッフと忠臣蔵外伝を撮ったけど、藤田氏はしこりが残ったみたい。深作監督
作品は非現実的とか何とか言っていた記事を読んだ。
決め台詞をまぜっかえす演出が気にいらなかったのかも。

「必殺4」は必殺じゃねえ!しかし、ワンパターン化されてきた必殺シリーズに喝を入れた骨太の傑作

深作時代劇は、フツーの時代劇衣装グループvsキンキラキン衣装グループが基本
必ず白塗りでカブいた悪役が出てくるトコが面白いよね

「忠臣蔵外伝」はストーリーを楽しむ映画というより、音と映像の激流に酔う映画だと思う。
特に、赤穂浪士の宴とお梅の舞とお岩と宅悦の格闘という3つのシークエンスが絡み合う場面は「これぞ深作欣二!」って感じ
「里見八犬伝」、ラストの立ち回りシーンはいま観てもすごいと思う。(ストーリーはちょっと・・。)

忠臣蔵外伝は、当初、仲村トオルでクランクインしたのだが、
たったの1日で降板した(させた?)
仲村が時代劇の芝居が出来ないっていうのが理由

「柳生一族の陰謀」の最後の錦ニィのセリフは、歌舞伎のセリフ熊谷陣屋
「柳生一族」は「新しい時代劇を作りたい」という深作のこだわりと
時代劇の基本を重んじる萬屋のこだわりがぶつかり合って生まれた傑作だと思うが、
「赤穂城」は萬屋の”正統派”に対するこだわりが強すぎて、可もなく不可もない普通の映画になってしまった
2025/10/18(土) 16:15:30.55ID:tiwzqSuS0
蓮見重彦 見るレッスン 映画史特別講義
日本で唯一、ヌーベル・バーグの作品と呼べるものは中島貞夫監督の『893愚連隊』(1966)です。まさにあれはヌーベル・バーグの何かを体現していて素晴らしい作品でした。
弱冠30歳ぐらいの作品で、思いのままに撮っている。京都の町が本当に魅力的に映っています。駅前のタクシーに乗るところなど、あの画面はまさにヌーベル・バーグです。
それから、渡瀬恒彦が出ている『狂った野獣』(1976)もいいのですが、ヌーベル・バーグとは異なります。また、芸術的な映画を製作・配給したATG作品の『鉄砲玉の美学』(1973)
は残念ながらそれほどでもない。したがって結局、日本で本当にヌーベル・バーグに対応する作品と言えるのは、『893愚連隊』だけでしょう。

新しい映画作家が出現する時、あるいは新しい映画的な運動が起こる時には、必ず優れたキャメラマンとの共同作戦がその背後にあります。例えば松竹ヌーベル・バーグの場合、大島渚さんのチームには川又昂さんがおられました。
それから、『ろくでなし」(1960)はじめ吉田喜重監督による作品のほとんどは、成島東一郎さんが撮影しておられました。ごく普通に映画を見ている方々にも、撮影監督のお仕事にはぜひとも注目していただきたいと思います。
映画における画面というものは、物語を超えて、ショットそれ自体のすごさというものが備わっているからです。

60年代から80年代にかけてアメリカが自らキャメラマンを創造できなかったということが、わたくしはハリウッドの無視しえない欠陥だったと思っています。プロデューサー・システムの中で、誰にキャメラを回させるかということに対する、
プロデューサーたちの認識があまりにも甘かったと思う。だから結局、ヴィットリオ・ストラーロを連れてくるといったことしかできなかったのです。この間、フランスからもイタリアからも何人もの優れたキャメラマンたちが海を渡り、
従来のハリウッド映画になかった画面の透明性のようなものを表現していたことも、やはり見ておかなければなりません。
2025/10/18(土) 16:20:05.31ID:tiwzqSuS0
アトラクションなどで映像を上映すれば、それはもう見世物ということになりますが、ある一定の時間を拘束して一つの物語を画面に映すという劇場での上映形態は、
本来スペクタクルではありません。映画はスペクタクルではないということは、すでにフランスで60年代ぐらいにいわれており、別に新しい考え方ではありません。
要するに、映画は、スペクタクルとして見ないからこそ得られる喜びが約束されているということなのです。

映画はスペクタクルではないということですから、結局のところ、物語があるかないかが大きな分かれ目になってきます。そして、その物語はいまだに情性体として続いているということです。
ここで考えてみると、物語がある娯楽というのは、小説と映画しかありません。
もちろん舞台芸術としての演劇というのもありますが、舞台を見るというのは同じ空間を占有するわけで、それはどこかで見世物になる。
ところが、映画というのはそれとは違ったかたちで物語を表現する。ですから、物語のない映画というのは存在せず、やはり人々は物語を求めているのです。

物語は不可欠ですが、物語だけを表現してみせるのであれば、それは本当に見世物になってしまいます。ですから、それ以外のところに映画の面白さというものがあることも間違いない事実です。
その面白さの一つは、「細部が見せる一種の色気」というべきものだと思います。色気といってしまうとふとセクシャルなものを感じさせますが、そうではなく、
存在しているものの影が、描かれているもの以上の何かを見ているものに語りかけるということが重要なのです

映画を見ている時に大事なことは、物語をたどることではなく、そのつど被写体がどのようなキャメラに収まっているかを確かめることなのです
2025/10/18(土) 16:21:56.37ID:tiwzqSuS0
今やアメリカ映画はほとんどディズニーに占拠されてしまったようなかたちになってしまいました。
あらゆるものにディズニーが入り込んでいて、こんな嫌な時代はありません。ピクサーさえもディズニーに行ってしまいました。そうすると、ある単調さが支配し始めます。
どんな風に撮ったって、『スター・ウォーズ』が面白くなることはないはずなのですから。
なぜわたくしがディズニーが嫌いかというと、圧倒的に画面の色気がないからです。ピクサーの初期の成功作である『トイ・ストーリー』(1995)
などは非常に面白かったのですが、そういうちょっと変わったことをしようとする新しい人も出てこなくなった
2025/10/18(土) 20:58:45.53ID:tiwzqSuS0
編集やキャメラのキレという意味なら、すでに89年の「その男、凶暴につき」の北野武の
方が鋭かったと思う。やがては、武もパターンが読めてきて飽きたけど。
チープというか、キレが無いからね。旧作の「資金源強奪」「暴走パニック 大激突」の方が面白い、というのはまずい。
ハリウッドのキレのいいアクション描写を見慣れた観客にすれば「いったい、こいつらは今ごろ、何をやっているんだ?」感が強かった。
ハリは物量だけじゃない、やはり編集などに工夫がある
かつての「資金源強奪」「新仁義なき戦い 組長の首」「同 組長最後の日」、
中島の「狂った野獣」「実録外伝 大阪電撃作戦」、TVの「Gメン75」や「特捜最前線」、、、
が好きだからこそイヤなんだよ。仕掛けは中途半端に大きくなったのにキレが無いんだ。
ハリウッドが物量だけ、と思ったら大間違いだよ(例えばレニー・ハーリンやジョン・マクティアナンを観るとそう言いたくなるだろうが)
例えばマイケル・マンなんか緩急にキレがあるし緊張感もある。「ヒート」の冒頭の輸送車襲撃シーンを観て、「いつギラ」を思い出して悲しくなったんだよな・・・。

木村が元警官である必然性が無いなど、この映画は「?」な箇所が多くて・・・。
不明な部分は、深作本を読めば納得できるのだろうけど、大の大人が、みんなで犯
罪者や殺し屋ごっこをして遊んでいるようにしか見えないのはマズイ。
何より登場人物たちの相克を描いて「恐喝こそわが人生」(68)の頃のようなシャープさが
もう無いのが辛い。みんなちっとも切実に見えない、
白昼の無頼漢や資金源強奪の焼き直しなのに、やっぱ役者の差だと思う
年長者に反抗しつつ依存する体質のショーケン。自分が頼られる年齢になるとどうしていいかわからないんだろう。
深作より落ちると思っていたフランケンハイマーやフリードキンあたりの方がマシに思えた。
不調時のペキンパー的な凄みもないし、野暮さで押すジョン・ウーに勢いではかなわない

多岐川裕美がチンピラ相手に昔は番張ってました風なポーズを取るシーンとか、現金強奪の前に木村がいきり立って ショーケンからヘルメット
脱がされて「あ〜〜すっきりした」って言うシーンとか 深作のセンスの古さを感じさせるね。 
でも、深作を越えるようなアクションを撮れる監督って未だに現れていない。

ショーケンが使ってたナイフはドイツのヒューバーツ社製
折り畳んでも、刃先がはみ出るところが良いですね。

強盗のあと一八が独り占めしようとまず蓮司撃つ。
それで千葉とショーケンが驚いて顔見合わせたあと、撃たれまいと散って逃げるシーンは最高だと思う

信頼と裏切りがテーマだったり、人物設定などを見るに、ジャン=ピエール・メルヴィルも下敷きにしているように感じる
2025/10/18(土) 22:48:02.82ID:tiwzqSuS0
中島貞夫さんって、役者さんのいろんな部分を引き出してくれるような演出があって好きだな。
深作さんってその辺は、その役者のもっているもので表に出てる部分しか使わないイメージがある。

深作も破綻してるが、中島は深作以上に破綻しているところが魅力だと思う。
お祭り的にいろいろなものが盛り込まれている世界の魅力です。
マキノでも深作でもなく森崎東に近いような気がします。
「首領を獲った男」とか「激動の1750日」あたりは停滞してたけど
その後撮った「新・極妻」とか「武闘派」とかは若返ったかのように面白かった

深作の映画は今ひとつのものもそれなりに観れるが、中島の駄作は「やる気あるのか」と
言いたくなるような観るに耐えないものが多い
カメラが動かないなど、撮影・照明の労力を惜しんだかのような映画になってしまうのは、単純
に京撮のスタッフの動きが悪くなっているせいかな? とも思うんだけど・・・。
こうした薄さは、80年代以降の邦画に常に感じることで、仮に撮影所の衰退が原因だとすると気の毒ですね。
TVでも自分の趣味を通していた工藤さんは偉かったなあ。

80年代以降の深作の映画は、撮影所システムが崩壊したなかで
何ができるのか、何を撮るべきなのか、自問自答しつつ悪戦苦闘している
過程がみてとれる。で、ようやくたどり着いた果てが「バトル・ロワイアル」で
あったという道筋は感動的であったりするわけだけど。
中島はそこまで方法論的に意識的ではなく、よくもわるくも撮影所システムのなかの
プログラムピクチャー出身の職人としての位置に、本人も周囲も安住していたんだろう。
流されるままに、与えられる企画をこなしていっただけのようにみえる。
2025/10/18(土) 23:06:55.44ID:tiwzqSuS0
中島貞夫の本
東映以外の俳優の悪口ばかり書いてるな
三船敏郎佐分利信を筆頭に他多数 酷評というより、ただの悪口

中島監督は、日比谷高校、東大と根が生粋のエリートだから
泥まみれのチンピラを撮ってもどこか表面的で薄っぺらい印象が強いんだよなあ。
監督の作品は、エリート学生が髪を染め、サングラスかけてチンピラ演じてるようしにしか見えないんだよ・・

よく深作が女を描くが下手とか言われるが、中島のがはるかに下手というか、女は脚本どおりに台詞喋ってりゃいいレベルではないか?
まあ東映の監督は昔からその辺は下手とは言われますよね。
というよりかかく必要がないんだよなぁ
男が散っていく話だからなぁ女はどうしても端によりがちなんだよね

日本のアクションのカーチェイスって見てて恥ずかしくなるようなものばかりだけど
大阪電撃作戦は少しよかった。
太陽を盗んだ男のカーチェイスなんて作品の格を下げているものな。

作も役者を活き活きさせるのは得意でも
組長の首や組長最後の日のカーチェイスとなると、もう少しなんとかならんかと
イライラさせられた。暴走パニック大激突なんかマンガ以下。

『人間の証明』のニューヨークでのカーチェイスシーンも邦画では優れているものだと思うな。
あれは現地のスタッフの力なのかな

琵琶湖の周りとか、造成地で派手なカーアクションをやってもそれだけなんだよ。
誰もが車で通った事があるような有名な通りや交差点でやれば皆が関心を持ってくれると思うんだけれどな。
伊丹さんの「スーパーの女」や「マルタイの女」は結構頑張っていたと思う。
西村潔監督の『ヘアピンサーカス』とか。
2025/10/19(日) 17:32:24.91ID:R2gKLPQ+0
初期の作品は寅さん自体からにじみ出る寅さんの魅力があったけど、後
期の作品は寅さんとからむ人たちによって寅さんをいい人にみせようとうシナリオと演出のあざとさを感じる。
渥美さんが精気も元気も茶目っ気もなくなって、「寅さん」になろうと
するのが痛々しい後期になるほど、寅さんがもてるというのもどうなんでしょう。
寅さんシリーズは大好きだけど、あたしがみるのは25作目までね。
「かもめ歌」あたりから山田洋次さんも思想も入り始めたし。

初期の頃は寅の町内の鼻つまみ者的部分もきちんと描いていて楽しめた。
中盤以降は映画の世間的高感度が劇中にも反映されているかのように、
登場人物たちにも最初から好感をもたれているかのように描かれているのがつまらない。

1〜8   寅さんの失恋とフーテンであることの葛藤
9〜19  寅さんよりも、やや不幸なマドンナや自立するマドンナたち 
      の人生模様がメイン                 
20〜33 作者が若い世代におもねる。それとともに複雑な現代社会
      との共生も描くようになる。
33〜48 ファミリーに世代交代の波。そして、社会はより複雑に。
      しかし、そこには「人生の達人」となった寅さんがいた。
2025/10/19(日) 23:32:32.48ID:R2gKLPQ+0
大映の女賭博師シリーズはどれもつまらなかったけど
真似て作ったのが東映の非ボタン博徒シリーズ。
真似た方が大ヒット
ヤクザ映画は圧倒的に東映がうまいやね

女と爆死シリーズ 女賭博師

江波杏子
范文雀とかと同じ系統の顔だよね。楳図かずおの描く蛇女系というか。

和製ソフイアローレンって感じの顔立ち
唇が薄くて口が大きい こういう人はクールな性格らしい

神代辰巳追悼号で佐治乾が書いていたが、神代辰巳がある2ドラで主演女優のことを
「内面から滲み出るものが何もない駄目女優」とブツブツ言っていたとか。
これは江波さんのことのようだ。作品は85年放送の「奥飛騨二重心中」と思われる
俳優に動きと感情を自在につけていく神代演出には江波さんはついてこれなかったみたいだな

津軽じょんがら節はキネ旬評論家のゴリ押しの印象が強くてなぁ……
2025/10/20(月) 15:52:00.35ID:0xq6M4lE0
簡単に言うと連ドラ一本でスポンサーからスポンサー料を例えば二千万円とか貰い、
石原プロが一千万円でドラマを作ってテレビ局に収めてその差額で儲けてとか。
元々は映画制作会社だから、タレントの斡旋のエージェントではなくプロダクション。
ドラマが視聴率が高ければ放送打ち切りもないし、スポンサー料も高く取れて
つまり連ドラをやれば安全に日銭が入るし、大勢の役者や社員を抱えているから、映画制作の博打は打てずに終わったんだな

日テレの太陽にほえろは日テレ制作で石原プロには出演料だけ入って、テレ朝の大都会とかが石原プロの制作

40年前の当時の金額でマイナス7億円の借金だったのを
大都会と西部警察で資産プラス70億円にした企業。
えげつなくロケに映る企業とタイアップを始めたコマサ商法

石原プロは脱電通、脱広告代理店をモットーに掲げて成長した武骨な会社なのに
裕次郎の死後はあっさりと親電通、親広告代理店に方向転換して全く魅力が消えてしまった

会社経営は健全化したが、本業のはずの映画制作が出来ない体制になってしまった
映画制作はかなりのバクチだから、たけしや津川雅彦のように自腹を切らず、スポンサーや他の会社に制作費をもたせて、
監督料や出演料だけ貰うのが無難なんだよね
そのためにも健さんのように子分も作らず個人でいた方がいい
三船敏郎も自分のプロダクションとスタジオの維持のために黒澤映画に出る余裕を失ったしな
2025/10/21(火) 12:36:05.87ID:jidWC9Eq0
@朝鮮の刀は直刀で両刃、日本の刀は湾刀という反りのある片刃なので、直刀は突きになり、日本刀は斬ることを目的にしている。(李氏朝鮮は秀吉の朝鮮出兵で日本刀の威力を知り、真似して倭刀を造るが、それまで直刀しかなかった)
Aそのため朝鮮と日本は戦うスタイルが全然違うので日本の剣道とつながるはずがない。日本の剣道は斬り方を教えている。
B剣術の稽古は木刀(湾刀形)を使っていたが、非常に危険なため、安土桃山時代に新陰流で袋竹刀が発明された。(現在の四つ割り竹刀は大石神影流の大石進が考案)
Cそして江戸時代1713年頃に直心影流の長沼国郷が防具を開発し、剣道で行う打ち込み稽古法を確立した。
2025/10/22(水) 15:45:01.79ID:g6XirYNQ0
社長シリーズ松林宗恵の弟分の
瀬川昌治はハスミが誉めたこともあり、リュミエール系のシネフィルが持ち上げる

ウェットな喜劇が多い邦画のなかで社長シリーズのような都会的でスマートな喜劇はめずらしい。
高度成長期特有のあかるさもいい。
ただ、シリーズの平均点が高い反面、結果的にこれといった代表作が生まれなかった
社長シリーズが終わる頃に寅さんが始まって

社長シリーズ藤岡琢也やら黒沢年男やら関口宏なんかが出てきた頃には完全に終わってる
まあ、三木のり平が降りた時点で終わってるけど

「木皿泉のシナリオ講座」◯さいきん感じること
木皿さん「面白いものを作ることは難しくなっている」
映画「社長シリーズ」とか、100均のヘンなものとか、おじさんが追い詰められて作ったデザインとか、
そういう無茶苦茶なものの力が薄くなっている気がする

のり平の本を読んだんだが、社長ものや駅前シリーズ、あんなくだらないものは
ないと言っている。だいだいあれで売れたんでしょ。晩年演出家になってか何様だと思ってるんだ。
そんなにくだらないと思っているんだったら出なければいい。
自分は新劇出だから森繁とは違うとも言っている

映画関係者が自分の関わった作品を意外と低く観ている場合があるのはよくあることだよ

社長シリーズと同じ面白さを期待して駅前シリーズを見ると結構ガッカリするかも。
単純明快、ひたすら明るくハイテンポにドタバタを連発する社長シリーズに対して
当時の暗い世相も描きながら比較的スローなストーリー展開で
かなり古典的な古〜〜い笑い(と呼べるかどうかも微妙な)をポツンポツンと織り交ぜる駅前

駅前探検もいつも通りの駄作
駅前は大半が駄作だけどその味がまたいい
2025/10/22(水) 16:13:55.39ID:g6XirYNQ0
松林宗恵監督が選ぶシリーズ・マイベスト3は
道中記・外遊記・千一夜

森繁は社長シリーズみたいな軽妙でモダンなコメディこなせる役者なんか類をみない。
和製ジャック・レモンと言えそうだけど、ジャック・レモンより可笑しい。
「夫婦善哉」か「屋根の上の」以降か、名優路線になって詰まらなくなった

タモリは絶対に影響を受けてると思う
タモリは森繁から直接「どんなバカ演ってもいい だがヨットなど高尚な趣味も持ちなさい」と言われている

社長は東宝本体の作品で駅前は子会社の作品だから格は違う
そのかわり駅前は他社専属の俳優を使いやすかった

ずーっとカラッとしたノリで湿っぽい場面がないのがエラい
駅前も湿っぽいのは初期4作だけだけどな。

駅前は主役がいないんだよ。森繁と伴淳のWヘッダー
致命的なのは、Wヘッダーなのに森繁と伴淳のカラミが面白くないこと
伴淳が入ると森繁の泥臭い部分が際立つ印象
同じようなコメディリリーフなんだけど土の匂いのする伴淳と粋なのり平の違い

社長シリーズって、いつも黒澤成瀬稲垣喜八その他三船主演作と
二本立てで強制的に見せられてたのに、ヒット作と言えるのかなぁ?
このプログラムで社長シリーズ目当てに行ってた客がどれだけいるんだ?
2025/10/22(水) 16:26:20.43ID:g6XirYNQ0
まあ東宝はスターの売り出しなんかもヘタだった会社ですからね。よく言えば上品、悪く言えばヌルイんだよな。岡本喜八も他社だったらエース監督になれた可能性も高い。
例えばシリーズものにしても他の映画会社だと人気のあるうちに2ヶ月に1本くらいの割合で作って、人気が落ちてきたら似たようなタイプの別のシリーズを立ち上げるってやり方だった。
小林旭の「渡り鳥シリーズ」なんて2年足らずの間に6、7本作ってるし、高倉健だって「日本侠客伝シリーズ」「昭和残侠伝シリーズ」とかのほとんど同じような映画を短期間で大量に作ってる。
ところが東宝のシリーズものは1スターにつき1シリーズで年に2本くらいのペースを一貫して守りつづける。だから「若大将シリーズ」なんかも10年以上かけて16、7本しか作ってない。
日活やとくに東映の粗製濫造が日本映画の衰退を招いたのは事実だが、といって東宝のように濫造しない会社の作品が日活や東映の作品より劣る事が多かったのも事実で、一概にはどちらが悪かったとは言えないのが難しいところ。

日活の例にしても東映の例にしても、それはシリーズを粗製濫造していたというよりは、小林旭や高倉健を使い回していたというべきだな。スター
が一人か二人しかいないから、同工異曲の物を作り続けるしかなかっただけで、スターの売り出しがうまかったわけじゃない。
東宝は別のスターによる安定したシリーズをいくつもかかえていたから、
粗製濫造なんかする必要がなかったんだよ。というより、一年に5本も6本も同じシリーズを作ったら、他のシリーズが入るすきがなくなるくらい
ドル箱シリーズをかかえていたからね。
たとえば、1968年の場合、社長シリーズが「社長繁盛記」「続社長繁盛記 」
駅前シリーズが「駅前開運」「駅前火山」
若大将シリーズが「リオの若大将」
クレージー物が「クレージーメキシコ大作戦」「日本一の裏切り男」「空想天国」
ドリフ物が「盗って盗って盗りまくれ」「冒険冒険また冒険」
怪獣物が「怪獣総進撃」
これに「黄金の眼」「狙撃」といったアクション系、「めぐりあい」「年ごろ」
「兄貴の恋人」といったアイドル系なんかが看板で売れるわけだ。
スターの売り出しも、この年は酒井和歌子を上記作品の大半に登場させて人気を決定的な物にしてるから決して下手というわけではないと思うよ。

時代劇&仁侠映画の東映、喜劇の松竹、アクションの日活ってイメージがあるけど、東宝はそういうイメージでひとくくりできないね。
東宝は藤本真澄・田中友幸の2大プロデューサーが君臨したのが大きい。
喜劇・文芸作の藤本、活劇・時代劇・特撮の田中と専門分野を分担して撮らせていたからさまざまな客層を動員できた。
外部企業(ナベプロ)や海外資本と積極的に提携を始めたのも東宝が最初だし、そういう面では非常に巧い戦略だったと思うよ。
2025/10/22(水) 20:18:02.52ID:g6XirYNQ0
フィルム=24コマ/秒に対し、ビデオ=60コマ/秒
(正確には2コマで1画面書き換わるから30コマ/秒ですが、
画面が逐一変化するという点では60コマと考えてもいいかと)ですよね。
コマ数からしても、映像記録媒体の情報量は、
フィルム<<<ビデオ
です。そして、視聴する側にとっては、
質の低い映像を目にするより、質の高い映像を目にする方が、本来、喜ばしい状況のはずなんですが…

照明の光をモロに拾っちゃうのがなー。
おでこテカテカさせながらの室内の悪巧みシーンはホント、コントみたい。

「水戸黄門」のスタッフは撮影部も照明部もフィルム育ちだから
もともとVTRには慣れてない。その上、スタジオ照明の方法論がフィルムのときと同じだから、あんなテカテカした画面になっちゃうわけ。
大河とか連ドラの技術スタッフはVに対する蓄積された技術があるから、あんな出来の映像にはなんない。

フィルムであっても、欧米に比べると日本の照明はペカペカなんですよね。
それがビデオになってからは、ペカペカな上にテラテラでもう観てられない。
ビデオでも、照明設計をきちんとやれば、さほど違和感は無い。

日本の照明のなにが問題といって、まず、光源のポジションがおかしい。
そんなところから明かりはこないだろう、という位置で平気で光らせる。
だから、陰影が無い。影のグラデーションが乏しいんですよ。違う言い方をすれば、影の中に見える光が無い。

そして、明度が高すぎる。
大昔の白塗り大スターを写すわけじゃないんだから、
役者の顔に影があって当然なのに、無理に明度を上げて影をなくそうとする。
他の方のレスに「ビデオになっても、フィルムと同じ感覚で照明やってる」
というのがありましたが、その感覚は、フィルムはフィルムでも、
光量も乏しく、フィルムの感度も低かった白黒映画の感覚なのですよ。
それをそのまんま、ビデオにまで引っ張ってるんだから、そりゃおかしいはずです。
それから異様なほどの彩度の高さ。これまた、大スター時代劇の名残。
豪華絢爛な衣装の華やかさを見せ付けるための照明のまんま。
明度を上げて、光量を上げて、絞りに絞って、被写界深度を深めて、
スターを見せよう、セットを見せよう、衣装を見せようってやると、日本の照明になる。
まだ、フィルムの時代であれば、結果としてフィルムが余分な光を吸収して調節していましたが、
ビデオでは、私の死ぬほど嫌いなペカペカテラテラになるんです。
で、これは照明スタッフだけの問題ではありません。
一番いけないのは監督です。照明スタッフは、監督からの指示が無い限り、自分たちの感覚でやります。
監督からの指示があれば、監督の指示に沿うべく変更をかけます。つまり、照明をないがしろにする監督が多いから、こうなるんですよ。
2025/10/22(水) 21:16:26.04ID:g6XirYNQ0
フィルムでパンフォーカス(遠景にも近景にもピントが合う)をやろうとすると、
レンズを思い切り絞ってカツラが焼ける位強烈なライトを当てなきゃならない。
ビデオだと特性上そんな必要ない。
あ、上2行をやったのは黒澤ってのは知ってるよね?だから彼の白黒はコントラスト効いてて
ダイナミックな映像。 ところがカラーフィルムでもそれやっちゃって、影武者に乱なんかは
舞台様式そのまんま。ビデオ風味ってやつ。
リアリズムどこへいったのやら、とは大映美術監督内藤昭の弁。 
東映ももうだった。<スターの顔を良く見せるため。
 大映は全く違った作風。リアリズム最優先。ススキの影まで墨汁で書いたし。
スターも必要ならばシルエットで映すし。
だから生生しいし、どこか幻想的で美しいよね

ビデオは深度が深いものですから、うつしたくないところも綺麗にピントが合ってしまう

アメリカは世界的なセールスを考えて制作してるので世界的に幾つもの方式に分かれているビデオだと方式
の変換に手間とコストがかかるから、フィルムを使うのだ、と聞いたこたがあります

今はいったんデジタルデータに落としてしまえばどの方式に変換するのも簡単ですよ。

森田芳光って監督が言ってたけど、フィルム代なんとかするために
プロデューサーがスポンサー集めですごい苦労したとさ
予算のない日本じゃ仕方ないんだよ。
ハリウッドじゃカット編で、フィルム9割捨てるけど、日本はケチって、それでも2/3、撮影量の2/3捨ててます。
監督も安易に「カット!カットォー!」と言えない
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