探検


野々村元県議の今後を考える11

1名無しさん@お腹いっぱい。
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2025/07/28(月) 16:27:29.78ID:RioVyMEA0
野々村元県議の今後を考える10
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野々村元県議の今後を考える9
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野々村元県議の今後を考える8
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野々村元県議の今後を考える7
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兵庫県議 野々村 政務費不正で泣き乱 野々村元県議の今後を考える6
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野々村元県議の今後を考える5
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野々村元県議の今後を考える4
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野々村元県議の今後を考える3
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野々村元県議の今後を考える2
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野々村元県議の今後を考える
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2025/10/23(木) 16:02:14.61ID:GttW+GMu0
三船敏郎が自分のプロダクションで「孫悟空」を三船主演で映画化する企画があった。
三蔵法師はドリュー・バリモア
猪八戒に相撲の高見山、沙悟浄にサミー・ディビスJr. をキャスティングしていたらしい。
三船が孫悟空に扮したテスト写真が残されている。

台本を自ら脚色。脚本を完成させると、手紙を書いてスティーブン・スピルバーグに協力を求めた。
当時62歳、孫悟空の扮装をした三船のテスト写真を見ながら
「無理があるんじゃないでしょうかね」と苦笑する子息の三船史郎

、美佳「父が映画を撮りたがっていた『孫悟空』のストーリーを、寝る時によく父から聞かせてもらいました。
でもいつも話してるうちに熱くなっちゃって、(孫悟空になりきって)棒を持って暴れはじめるんです(笑)」

ところで70年代に若山富三郎も西遊記の映画化企画を温めていた。孫悟空に若山、三蔵法師に坂東玉三郎、沙悟浄に仲代達矢、
猪八戒にこれも高見山をキャスティングしていたが、玉三郎が出演を断ったため流れ、
この企画が横滑りして堺正章の西遊記に繋がったと聞いている。
少し遅れて三船も西遊記の映画化を企画したわけだが、まあ原作に著作権があるわけではないので誰が作っても問題はないわけだ。
2025/10/24(金) 11:24:53.69ID:Tahbf90+0
山根成之は1976年の『さらば夏の光よ』とか1977年の『突然、嵐のように』で若い映画ファンに当時絶大な人気を誇った監督で、
日活ロマンポルノ系の神代辰巳とか藤田敏八とかが、関節の外れたような、手持ち、長廻しのルーズな映像作りの面白みを示して、
みんなあれがカッコいいんだと思い込んでいた時代に
、山根成之はもっと古典的な映画を撮りました。ゆえに、少し上の世代の観客の支持を集めたのではなかったか

後期必殺の演出を手がけた山根成之監督は、日活の鈴木清順監督の「影響」を受けているという。
自称「日本のヒッチコック」というだけあって、山根演出は技巧にこだわったものとなっている

愛と誠』より、鈴木清順監督の影響を感じさせる場面。誠が愛の傘を奪うと、背景が赤一色に変わる

「ダブル・クラッチ」とはスムースなシフティングのためにクラッチを「続けて踏む」ことを指す。
何をやっても中途半端という「「欠陥人間」の彰彦は、それを難しいことと感じている。
長続きしない青春の日々を山根監督は描き続けた。
2025/10/24(金) 11:24:53.68ID:Tahbf90+0
山根成之は1976年の『さらば夏の光よ』とか1977年の『突然、嵐のように』で若い映画ファンに当時絶大な人気を誇った監督で、
日活ロマンポルノ系の神代辰巳とか藤田敏八とかが、関節の外れたような、手持ち、長廻しのルーズな映像作りの面白みを示して、
みんなあれがカッコいいんだと思い込んでいた時代に
、山根成之はもっと古典的な映画を撮りました。ゆえに、少し上の世代の観客の支持を集めたのではなかったか

後期必殺の演出を手がけた山根成之監督は、日活の鈴木清順監督の「影響」を受けているという。
自称「日本のヒッチコック」というだけあって、山根演出は技巧にこだわったものとなっている

愛と誠』より、鈴木清順監督の影響を感じさせる場面。誠が愛の傘を奪うと、背景が赤一色に変わる

「ダブル・クラッチ」とはスムースなシフティングのためにクラッチを「続けて踏む」ことを指す。
何をやっても中途半端という「「欠陥人間」の彰彦は、それを難しいことと感じている。
長続きしない青春の日々を山根監督は描き続けた。
2025/10/26(日) 22:02:21.92ID:SkXJdWAr0
製作費折半方式の弊害が、ソフト化の際に出てきてしまってるってことだね。
ATGと組んだ相手側の会社が解散してしまっていたり、その代表者と連絡が取れなくなっていたり、
そういう問題がひとつでもあると、ソフト化ができない。

「アート系」ミニチェーンなんか実際には成功した試しが無い。
ATGの頃はビデオ化収入に頼れるような時代ではまだ無かったし、アルゴは
逆にTV・ビデオ収入をアテにし過ぎて作品に製作費を掛け過ぎていた。
どうせ佐々木史朗はバックに付いた日本テレビとサントリーからカネなんか幾ら
でも引っ張れるとタカを括って居たんだろう。でもちょうどバブルも崩壊しそこまで甘くなかった

さらば夏の光」(1968)は吉田喜重監督
長谷川龍生と山田正弘という二人の詩人によって書かれた脚本によるところが大きく、
まず冒頭から気づくのは、台詞がすべて「現代詩」の朗読のように、非現実的且つ幻想的であることだ
本作の脚本が、通常の「言語的コミュニケーション」ではなく、観念的で直勘的な「共感・共鳴」を目指していることに、
早いうちに気づくことがポイントである。改めて、狭義の「映画」としてではなく、
映像と詩と音楽の「総合芸術作品」として鑑賞すると、その試みの大胆さと崇高さに驚かされるだろう。
文学者や芸術家たちは、戦時中に抑圧されていた創作エネルギーを爆発させ、積極的に古いものを解体し、
新しいものへと変容させていったが、その時代こそ、日本での前衛芸術の全盛期だろう
喜重監督が描く欧州の古城や街並、木々や花の映像美は圧巻である。
たった一つの汚点として腹立たしいのは、森英恵がデザインした衣装がつまらなすぎ
洒脱でモダンなファム・ファタールという設定なのに、特に序盤では垢抜けない凡庸な服装をあてがわれていて、岡田茉莉子が可哀想になるほどである
2025/10/26(日) 23:07:32.48ID:SkXJdWAr0
NCPの岡田裕もの・ようなものにはぶっとんだと語っていた
自主映画出身なのに映画作りの方法論を熟知している、その上で
自分なりの感覚で現代をとらえ新しい文法を組み立て直そうとしていると評してたよ
つまり今までの日本映画にはない新しさだったと

秋吉以外(映画は)素人並の役者であのダラケないテンポは凄い

「の・ようなもの」の秋吉が評価されたポイントは
あっけらかんとアルバイト感覚で風俗嬢やってて新聞や洋書まで読んでる人間像が新しかったんだよ
それまでは借金背負って男に騙され続けて落ちた先が風俗だったみたいなのが典型だったからね

ゴジが大森一樹に言った名言で、「軽いやつが出てきたと思ってたら
お前よりさらに軽い人間(森田)が現れた」というのもがある
2025/10/26(日) 23:29:34.56ID:SkXJdWAr0
吉田喜重の『戒厳令』もプロデューサーやった上野昂志によれば主役の三國連太郎以外はほぼノーギャラだと
美術も内藤昭のツテで元大映京都のスタッフに頼ったりと、もうとにかく大変で二度とATG映画のプロデューサーなんかやりたくないと愚痴ってた

ATGって、1979年以前以後でハッキリと分かれるんだよ。
79年以前は葛井欣士郎、以後は佐々木史朗がプロデューサー。
前期は左翼色が強くて、大手映画会社からドロップアウトした監督や記録映画出身監督が多かった。
後期は、自主映画や成人映画の出身監督が多く、一般受けする作品がほとんどになった。
(自主映画や成人映画の監督に一般映画進出の機会を与えるという意味合いがあった)
ただ、後期になってから本来のATG色が薄れてしまった事は確か。
大林の『転校生』は松竹、伊丹の『お葬式』は東宝と、メジャー館で公開されるATG映画まで出てきてしまって、
「ATGである意味がないじゃん」という声が出て、有り難味がなくなって、それが崩壊の鼻緒になった。
あと、ちょうど同じタイミングで、レンタルビデオのブームが起こって、
様々な企業が映画産業に参入してきたり、弱小プロダクションにまで投資する企業が現れたりして、
若手監督がATG以外の場でも活躍できるようになった事も大きい。
中村幻児の『ウィークエンド・シャッフル』、和泉聖治の『沙耶のいる透視図』などは、以前だったらATGでなくては製作公開できなかっただろう。

森田芳光はクセの強い作家性がありつつ、時代時代に合わせて柔軟に適応できるけど
大森一樹は一定の時代が終わると途端にセンスが古くなる感じ
筒美京平と都倉俊一の違いみたいな

ATGの監督はアラン・レネ好きの人が多い

ATGは既に「歴史」になってしまっている。では、「現在」はどこにあるのか?
PFFやイメージフォーラム・フェスティバルは、この先もずっとyoutubeやyoutuberを無視し続けるんだろうか?
俺自身は「無視してもかまわない」とは思っているけど、しかしやはり「なぜ無視するのか」という議論は必要なのではないだろうか?

ケイコ目を澄ましてだけでも見てみろ
まだatgみたいな映画を日本作れるんだって嬉しくなる
2025/10/26(日) 23:48:16.15ID:SkXJdWAr0
時代と寝過ぎた作品のノリのまま、いつまでもやってる方が辛くない?
エヴァとかラブ&ポップの頃なら時代の空気にマッチしてたけど、
90年代中盤で真空パックしたまま今を生きてる庵野秀明とかキツイわ

鈴木清順は日活をクビになって映画が撮れなかった頃に、ならばATGで撮ってみてはどうかと誘われたが、「そんな低予算で映画なんて作れない」と断ってる。中島貞夫がATGで撮ってるのも、
少しは儲かる映画が欲しいというATG側の要望で、中島本人は自由に撮れるからとか自分から望んでATG映画は撮ってないと言っている(人間関係の都合上引き受けざるを得なかったんだそうだ)。

深作欣二は「映画はすべて『商業映画』でなくてはならない」と考えていて、だからPFFや学生映画コンクールの審査員を依頼されてもすべて断っていたとか。
それも、ひとつの見識だろう。
(多分、山田洋次も同じように考えてるんじゃないかな。
「撮影所育ち」である事に誇りを抱いてる者は、ATGや自主映画を白眼視するんだろう)

ATGの映画が本当に良質か・・・議論の余地がわかれるところだが、ATGじたいは意欲的な監督を疲労させただけに終わった。
実は東宝系列で(意外と知らない人が多い)、どんなに収益をあげても、
直接収入の4分の1しか製作側に還元されないメジャー・システムをしっかり受け継いでいて、一部を除きみんな損した
名物プロデューサー・葛井欣士郎らの業績を無視はできないが、有名監督すら、撮りたいものをこうした場で、自腹で低予算で撮らざるをえない
2025/10/27(月) 00:54:04.08ID:syOarPVh0
「遠雷」。いかにも八〇年代な映画。
当時はあっけらかんSEXが新鮮だったのかもだけど、今の時代から見ると、別に、ねえ。
七〇年代までは“オシャレ”で消費できるけど、八〇年代は中途半端な古さばかり鼻につく

どの世代の人達も若くて感受性が強い頃夢中になったもの(映画
、音楽、ファッション他)を、大人になりモノの見方が変わって
くると、若い頃夢中になったモノが陳腐なものや青臭いモノに感じる事があると思う。
でもそれは決して恥ずかしい事ではなく誰もが経験する事だと思う。
逆にいつまで経っても若い頃と同じままという方がチョットね..。

所詮はATGも東宝資本だしね
独立プロは結局成功しないわけで、それほど損をしないように配給元は出来ている

創造社の経営基盤(と大島渚本人の生活)を支えたのが、大島瑛子さんや山口卓治さんが仕切っていた所属俳優
(渡辺文雄以下大島組)や同人脚本家(田村孟や佐々木守)のマネージメント、女優としての小山明子の収入ということになるのか?
肝心の映画は撮れば撮るほど貧乏になるので困っただろうね。とくに佐々木はいくら創造社に注ぎ込んでいたのやら・・・。
「映画」を作るためのプロダクションの中に、佐々木のような売れっ子のTVライターがいて、TVでも割合に好き勝手をやっていた、というのは歴史的史実としてはなかなか面白い。

ATG作品はヌーヴェル・ヴァーグの画面を意識している作品が多いね。
ラウル・クタール調というか・・

大島作品は「コリーダ」「戦メリ」以外は“事実上の廃盤”かもしれませんね。
追加プレスはかなりまとまった数量でないと、コストが跳ね上がりますから

もはや百人百様、皆が皆、満足するような映画など存在しないのだと思う。
そこで現在のキー局・代理店の連中が見つけた最大公約数的キーファクターが
「泣ける」だったのではないだろうかね? 
2025/10/27(月) 02:45:03.09ID:syOarPVh0
吉田喜重の場合、ゴダールに似てるのって「ろくでなし」ぐらいですよね(藁)。ほんと『勝手にしやがれ』のマネ
後は強いて言えばアントニオーニ、アランレネに影響されてる?て感じですよね。でも「エロス+虐殺」以降
はまぎれもなく吉田独特の映画

アラン・レネとアンドレイ・タルコフスキーが吉田と共通点がある監督だと思います
レネは「観念の人」で意外と「政治の人」でもある(美術家に関するドキュメンタリーも撮ってる)
タルコフスキーは「水と鏡とエロスとタナトスの人」

吉田喜重「レネの作品は大半私は眠りながら見ている(笑)。一種の催眠状態にかかって見ている」

「大島一派」とは縁が薄いですね
映画を撮り始める前は良く一緒にいたけれど、映画を撮り始めたら全く別の映画を指向していることが分かり、遠ざかった、だって。

煉獄エロイカ
いつも弁護に入ってくれる佐藤忠男氏でさえ、当時のキネ旬で「さっぱりわからない」と批評してますた。

「煉獄エロイカ」で最後、若い女テロリスト・浄子(木村菜穂)があっけなく
闘争から離脱(裏切り)します。あれは組織対組織であれば、それは常に
権力闘争である。そして権力組織の中では常に「女性」は疎外されがち、
というか仲間に入れない存在である。組織(権力)対組織(権力)という図式
で行くのであれば、それは永遠に果てしなく続く闘争である。それでは無意味
だ。その時「女性が子供を生む」という事だけが確実な事である。たぶん吉田はそういう事が言いたいだろう、と思う。

「20世紀は男の世紀、だから戦争が絶えなかった」
「21世紀は女の世紀になる、そうすれば世の中平和になる」(大意)と言ってた
男=好戦的、女=平和的というフェミニズムの図式丸出しで答えていて失望した
2025/10/27(月) 11:21:18.17ID:syOarPVh0
野沢尚北緯35度の灼熱」この作者は題材の選び方を誤った。話が乱歩賞向きでない、というのではない。
映像にするならともかく小説では、このような話に読者を引きつけるためには、高度な文章表現力が必要である。
新人にしてみれば最も難しい技を使わねばならないのだ。
私はこの人のシナリオ作品を何本か見ているが、むしろ構成力を生かした作品で勝負すべきではなかっただろうか。

全体に劇画タッチであるのが気になった。脚本でしか使われない用語が描写の中に入っているのもいただけない。
2025/10/27(月) 20:16:37.50ID:syOarPVh0
オープニングの演出かっこよすぎだよな。ハンコ使っちゃうことや文字も
原作を忠実に映像化して映画としても原作の映像化としても完璧に近い完成度
傑作だけど、脱走失敗後は失速した感じがする

日本人がどんなに西洋的なモノや価値観に憧れても、
自国の因習や風土からは決して逃れられないと言いたかったのかな。
安部公房自身も、西洋的な乾いた知性を理想としながら
絶対にそれには着けない事が分かってるような作品を発表していたね。特に中期以降。

そうかな。西洋的なものへの憧れ云々というより
「慣れの怖さ」を表してるんだと思うな。
ある種の環境に身を置かれたとき、どんなにあらがってもしだいにその環境に慣れて満足してしまう。
それが端からみてどんなに異質な状態であっても。それをわかりやすく表現する為に
新しい文化・理性の象徴として「東京(都会)」と
古い因習・環境の象徴として「村(田舎)」という
対比を使っているのだと思う。

夜と霧がまさにそれを表してる
最初の絶望感を受け入れられない場合、途中自殺してしまうのだけど、
慣れに変わり生き延びる人は神がかった心を作り出していく
最後に開放された人は元の現実が異質な物にみえてしまい
素直に喜べないような状態とか砂の女に似てる気がする
2025/10/27(月) 20:38:32.42ID:syOarPVh0
「日本近代批判3部作」
『戒厳令』を撮り終えた吉田は「これ以上は前に進めない」、「これ以上は無理だ」、「これからは『戒厳令』の映像を反復するような映画を撮るより仕方がないのだろう」という思いがして、
「気持ちがなえてゆく」を感じたという。

吉田は1974年から『美の美』の制作で長らく海外へと渡ることとなる。それは、自らが異邦人となることで、光=権力という中心から逃走線を引くことを意味していたのだろう。
ここにおいて、彼は中心から周縁へという転回を果たすことで、新たなる創造性を求めていたのだと考えられる。

吉田喜重監督の「侍・イン・メキシコ」という日本・メキシコの合作映画だ。城山三郎の「望郷のとき―侍・イン・メキシコ」が原作
西崎義展プロデュース
使節団の青年武士がメキシコに残ることを決意する。そして、インディオからも征服者スペイン人からも差別されていた混血のメスティーソの人びとに加担し、
メキシコ解放の戦士として独立を勝ち取ったという、伝説に基づいた話だ。
メキシコが経済破綻し、通貨のペソが一夜にして大暴落するという事態が発生した。1982年のことだ。全く予期していない事態だった。
メキシコ経済の大混乱で、結局映画製作を中止せざるを得なかった。

吉田喜重監督、別役実脚本未映画化シナリオ『万延元年のフットボール
2025/10/27(月) 20:50:29.95ID:syOarPVh0
スポンサー(それも大企業)が付いた異色のATG映画、吉田喜重の「さらば夏の光」を、
これはJALがスポンサーになって、ヨーロッパ観光促進のPR映画という建前で作られた為、ATGは配給のみ。
これまた「儀式」と同じくらい難解な内容なんだが、・・・これは素晴らしい!
舞台はマドリッド、パリ、ローマなどヨーロッパ各地(日本国内の場面は1カットもなし)で、その風景が美しく、それだけで圧巻なんだが、
ほぼ二人だけの登場人物の観念的なセリフが、まるで魔術師の呪文のように映像と絡み合い、心地よい幻惑を引き起こす。
ところが物語が進んでいくにつれ、観念的なセリフの応酬が実は「日本論」「国家論」についての議論なのだと気付かされていく。
見る者がこの映画に幻惑してしまうのは、日本という国が世界の中で確固たるアイデンティティを得られず、
まさに‘幻惑の国’でしかないからだ。
最後まで、日本国内の場面が1カットもないのは、
この映画の中の世界においては「日本という国」が実在していないせいではないのか?と思わされる。

これは、メーテルリンクの「青い鳥」のパロディだ。横内正が探し求めるカテドラルは、この映画の‘青い鳥’だ。
それに気付かない者には、この映画は単なる観光PR映画としか思えないだろう。
2025/10/27(月) 22:52:45.98ID:syOarPVh0
桜の園
笠原和夫はこのシナリオについて、
全ての客に受け入れられようとする「ドラマツルギー」が不足した、内輪受けの作品と批判したところ
「それでもよい」とじんのひろあきに答えられ、
そのショックが有名な「シナリオ骨法十箇条」を書く一因となったそうです。

平田の作風は小津とは明白に違うのでは? 小津も「静かな」「淡々」
と称されがちだが、内実のドラマや感情のうねりは恐ろしく劇的であり、平田演劇や本映画にはそれがない。
ただ愛すべき登場人物たちの周囲を周回しひたすらに愛でることにのみ終始する。
2025/10/27(月) 23:05:47.17ID:syOarPVh0
ヘアバンドしてる子もリボンしてる子も全滅したしね
90年代初頭の女の子は質感が今とまったく違いますね。今の女の子は
眉毛が整いすぎていてマスカラばっちりですが昔は本当にナチュラルです。

原作読んだが、監督はほんと好きな部分を膨らまして撮ってるな

主演の二人にキスとかまでさせてたらここまで名作にはならなかった
あくまで思春期のほのかな同性への憧れであって、同性との恋愛でないとこがいい
外国映画だったらひと夏の体験みたいなのがだいたい絡んでくる

あそこまで生身の人間を抽出してきたな
というのと、創立記念日の朝七時半から十時過ぎまでの二時間半をよくこれだけ
持たせたな、というのを評価するのね」(おすぎの発言)

中原俊の作品にいつも感じていた青春のみずみずしさ、
それが彼の作品のすべてといっていいのに、いつごろからか、辛気臭さがはなをつくようになった。
「コキーユ」なんかは、普通は不倫の話なのに、よくああも、
高潔さをたもったものだ。このひとは、増村がそうだったように、
いつまでも、青春真っ只中にいられる人だと、期待していたのに、残念でならない。
「ドメスティックバイオレンス」とか「でらしね」なんかあたりから、なんだ、こりゃ、と思うようになりました

時かけアニメ版は、女性が書いてるにもかかわらず女子の会話にリアリティなかったな〜
2025/10/27(月) 23:35:58.58ID:syOarPVh0
みずみずしさ 瑞々しさ 簡単に言うけど…映像で、それを表現することはものすごく難しい事だと思う。
昔、ちっらと成功したのは…青春デンデケデン がんばりまっしょい くらいか
成功しかけたのが wの悲劇 ラブレター(岩井俊二)
そう考えると、この元祖「櫻の園」は奇跡的にすごい

「櫻の園、中止じゃなくなりました!」の台詞とか、原作にあるんだろうな〜ってずっと思ってた
なんか、みんなキャラ違うし・・・
原作は正に女そのものの感性で貫かれてるから
あれをそのまま映画化しようとするなら中年のオッサンには無理
逆にこの映画は中年のオッサンの感性で解釈しなおしたじょしこーせー像ゆえに成功したと思う
まあ80年代90年代にあった世界かと言えば怪しいし50年代60年代かと言えばちょっと違う気もする
良く出来たファンタジー
2025/10/29(水) 16:06:53.66ID:ARJFJuGG0
ハンス・ジマーのアクション映画『ザ・ロック』なんかその最たる物である。もう、効果音をも消し飛ばさんばかりに音楽が鳴り響く。冒頭からエンディングまでひっきりなしに唸りまくる。
明らかに鳴り過ぎである。しかも、ジマーはロックのリズムを基本にシンセと打ち込みを多用するため、銃声なのかドラムの音なのかわからないこともしばしば。
同じように鳴り過ぎでもディヴィッド・アーノルドの『インデペンデンス・デイ』の場合は、基本がシンフォニックなスコアで、流れるような曲なので、爆発音などは音楽とは別に聞こえる

映像の流れ・場面展開・人物描写・心情にあわせて作曲する事。こう言えば簡単だが、これがきちんと出来ている映画はなかなかお目にかかれない。邦画では全滅に近い。
わずかに宮崎アニメにおける久石譲や『ガメラ』の大谷幸くらいではないか。だいたい時間に余裕がないので、完成したフィルムを見てから作曲することができない上、
音楽に予算をかけないという体質が問題なのである。ハリウッドの作曲家なら最低限のフィルムスコアリングはできるはずである。それも最近は怪しくなってきたが。
 フィルム・スコアリングにも段階があって、単に映像にあわせるという単純なものから、人物の心情を音楽で表現するという高度なものまで色々である。ここで映像にあわせるというのは、
雰囲気にあった音楽を流すというだけではなく、編集によるカットやシーンの変化にも対応するという事である。これが最低限度のフィルムスコアリング。映画は俳優の細かな演技を映し出すことはできるが、内面まではなかなか表現できない
現代的なフィルム・スコアリングを確立したのは、やはりバーナード・ハーマンであり、そして、ジェリー・ゴールドスミスがその手法の代表者。ふたりが亡くなった後、継ぐべき若手作曲家が見当たらない
2025/10/30(木) 10:40:01.18ID:EGOrz8bq0
戦後、広葉樹林を伐採してスギなど成長の早い針葉樹に植え替えた。
森の多くがスギで、熊の食べ物がない。
気候変動によるブナの実の不作らしい。 冬眠前で餌が少なくなり、活動期が長引いてる

熊が人間のエリアに出てくる一番の理由は、熊の数が増えて縄張りを追い出されたからだ
2025/10/30(木) 13:33:05.15ID:EGOrz8bq0
内田吐夢がいかに美術センスのある監督だったかは、東宝『真剣勝負』を見ればわかる。
低予算=美術が貧弱
というのはあまりにも単純な発想じゃないか。てゆーかそれは美術の見方じゃなくて金庫番の考え方だ。
例えば絵に描いた三十三間堂を斜めにするとか、美術予算がいかに貧弱だとしても、そこでいかに工夫するかを教えてくれる

吐夢の色のセンスは凄いよなあ。「人生劇場 飛車角と吉良常」、
鶴田浩二がラストで歩く花道、赤いホリゾントにスモーク、なんじゃ、ありゃ?
モノクロ時代を知っているスタッフは、色彩を撮ることに意欲的ですね。カラーが当たり前
の時代のスタッフの色遣いは、かえってつまらない。発見の喜びがないんだろうな。

金掛けりゃ一定の美術が作れるのは当たり前。『クレオパトラ』でも褒めていなさい
2025/10/30(木) 14:06:30.45ID:EGOrz8bq0
松竹京都の松野宏軌は京都映画のTVを陰で支えた監督。なにげなく、「京都殺人案内」を
観ていると、この人だったりする。必殺シリーズ最多登板監督。初期の必殺シリーズで工藤栄一や三隅研次よりも凝った構図
他の監督が断った企画・脚本、スケジュールの都合で流れそうになった作品を、トラブルシューティングし続けた監督
「吸血髑髏船」にしても、小林久三が、キイハンター「幽霊船が呼んでいる」(監督=佐藤肇 脚本=高久進)を
、テキトーになぞったシナリオで、撮らねばならなかったそうだ
撮影終了してから船貸した会社からクレームついてズタボロにカットされた状態で公開
されたって。それで松野は大船を去り古巣の京都でテレビ時代劇を手掛けるようになったみたい。
2025/10/30(木) 14:32:25.87ID:EGOrz8bq0
ニンゲン合格は「希薄な家族関係」という清にとっては
珍しくはない、というか当たり前の家族関係を自然に演出したらしい。

廃墟やそれに近い建築物の数々は何かの象徴ではないし退廃的な映像美を目指しているわけでもない。
日頃の美意識に反する建売り住宅や貧乏臭いアパートや畳敷きの部屋さえ撮る事を厭わなくなった
黒沢清がそれでも撮りたくないのは東京タワーや満開の桜の木や富士山。
622名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2025/10/30(木) 16:07:21.42ID:EGOrz8bq0
櫻の園
空間を自在に捉えるカメラ(撮影監督・藤沢順一)の醸成する映画的ムードが圧巻。
 由布子と知世子が記念撮影する場面では、ズームも前進移動撮影も使わずに、二人を少しずつ前進させるという手法を使って幸福そうな二人に接近する。
 同じシークエンス。二人が撮影する部室外を見通せる窓のある(観客寄りの)廊下に紀子がいる。二人が出ていくのを右移動しながら捉えていくカメラは窓の右横にいるはずの彼女を捉える前に窓で暫し止まる。
そして、カメラは二人の準備する様子を見せた後窓から右に移動して涙を滲ませる紀子を捉える。これが非凡である。
 そこに紀子がいることを観客が予想しているが故にその間の紀子の心情を沈潜させたこのカメラワークが効果的になるのである。
だから、窓の右横に紀子のいることを予想できない観客にこのカメラの凄さは理解できないことになる。
 省略⇒勘⇒余韻・・・これぞ映画と言うべし
2025/10/30(木) 16:38:22.55ID:EGOrz8bq0
女は1人だと不安になり、2人だと素直になり、
3人よると微妙になり、4人以上集まるとバカになる。

その描き分けが絶妙である。集団のなかでは、どうでもいい会話、本音を話さないための会話を連打しながら孤立感をさける女の会話がほとんどを占める中、
ポイントポイントで、2人になったときに交わされる本音の会話がとても素晴らしい。

女子高特有の宝塚に憧れる女子生徒間の恋愛、男に対して恋愛することに臆病な時代に、世間で言う恋愛というものを同性間でやってみる予行演習的恋愛、
それを描いたドラマといっていいだろう

演劇部の部室で彼氏と居ちゃいちゃしてるところから始まる。カメラがいきなりフカンからはいり、役者の顔もみえないまま
延々長回しさせるのでなんじゃこりゃって印象わるかったのだが、カメラが水平ラインに降りてからは普通にみられた。
この城丸さんは男とすでに恋愛をし、キスなどしているので、通常恋愛に既に移行している人であり、このドラマの中ではニュートラルな位置のキャラクターとして描かれている。

パーマをかけてきて他の部員達を驚かせる。
そんなさりげない、しかし、校則違反を突然やってきた部長さんの小さな非日常から物語がころがりはじめる
2025/10/30(木) 17:07:47.34ID:EGOrz8bq0
リバー・ランズ・スルー・イット』に関しては判る人にしかわからない映画だと思う。
判らない人には全然チャンネルが合わない。ほとんどのエンタな監督さんは、
シナリオ上で、「こうなって、こうなって、ここでこれを終わらせて、残ってる問題はこれで、こうなってるから、
ここでこうしたら物語りは完結する」って物語を閉じるのだけど、レッドフォードが魅せるのはシナリオに書かれている台詞やイベントじゃなくて、
その文字と文字の間にある行間。イベントを見せるのではなく、伝えるものを感じさせる演出。伝えるものは劇中で語られない。
スピリバーグの映画みたいに、伝えるもを見せてしまう映画に慣れさせられていると、こういう映画は「なにこれ?」ってなる。
イベント映画専門の人はパスしたほうがいいだろう。

エイドリアン・ラインのおしゃれな絵づくりの素晴らしさ
CGでの姑息なテクではなく、そこにあるものをカメラで撮る、画面 の切り撮り方、露出の合わせ方、光の滲ませ方、ライティングの設定、
レンズの選択、その撮り方が上手いだけでこれだけオシャレな画面 が出来るのだという見本なのだ。カメラをやっている方ならその意味が判ると思うのだが、
彼の映像はアナログ写 真的映像美映画の金字塔として語り継ぐに値する。
<望遠で街のなかをスケッチ>
<露出アンダー:奥を明るく、手間を黒く>
<鏡面効果のある床や水溜り>
<透明感のあるものを描く・透明感のあるものを画面のなかに配置する>
<逆光で服や髪を透けさせる>
<人工のライティング・雨やスモークを使い光を見せる>
<無機質なアイテムをカットとカットの間にはさみこむ>
2025/10/30(木) 21:55:47.65ID:EGOrz8bq0
フランケンハイマーは、この手作り感がよいのだよなあ。
これがジョン・ウーなんかだったら漫画・アニメ演出になちゃうし、ジェイソン・ボーンシリーズのアクション監督だったら、
やたらと見えないカメラブレばっかり多用していかにも演出してます!みたいな画面になちゃう。かっこつけすぎず、
仰々しくしない程度の演出してくれるのがやっぱり嬉しいぞ、ジョン・フランケンハイマー
フランケインハイマーの演出の上手さって、人間が出来る範囲の技量にとどめて、その範囲内でドラマを撮るところ。
最近のアホ監督は、できないことをCG使って描いて「おれって才能あるなあ」って勘違いしてるからこまったもんだ
2025/11/01(土) 14:19:44.18ID:wblkz7MC0
松田優作の過去の著作権・肖像権・版権とかあんな風な異常なビジネスモデル化されてる
俳優なんて故人でも日本では彼しかいないよな

ショーケンの傷だらけの天使は代表作扱いだけど似た感じの探偵物語は代表作って感じじゃない
探偵物語は、「週刊 松田優作ショー」
傷天や太陽にほえろのパクリネタばっかだし
音楽の作り出す雰囲気に助けられてるだけ

視聴率は初回から半分程度に落ちるし
あの時代にしてはおちゃらけというかおふざけがすぎてたよね
ふざけた脚本をさらに現場の土壇場の村川流のふざけた改変とかさらにおきまりのアドリブの数々とかね。まあそれらが相まって
逆に最終回はよりハードで劇的な展開に仕上がってる訳なんだが良い意味でも悪い意味でも唯一無二のドラマだった

京都迷宮案内って、ストーリーやキャラクター設定、
街の仲間との関係性など、絶対に探偵物語の影響を受けてるな。
橋爪功の主人公キャラ設定が工藤ちゃんの25年後といった感じ。
ライターの火力最大もパクってるし。
街の仲間との関係性とか、ハードボイルドタッチな作風・キャラ設定など、全体的に影響受けてるのを感じるわ。
殺人事件を新聞記者が解決するドラマかと思いきや、ほとんど殺人の起こることのない意外な設定もまた良い。

処刑遊戯 の元ネタ であるサムライ
プロット、全体的な流れ、組織と主人公をつなぐ ピアノを弾く女、黒幕が警察というオチ、主人公の格好 まで ほんとそっくりだった
原案の小鷹さんにしても村川監督にしてもあのあたりのハードボイルド・フリークな人達は名作の踏襲というかブっちゃけパクリ好きだからな

デビュー当時の演技は岸田のものまねだったけど
映画家族ゲームの撮影時に、優作に向かって監督の森田芳光が優作さん、演技がショーケンっぽくなってますよ。と言ったのは有名

ショーケンの後追いが渡部篤郎
他、浅野忠信らが出てきて何か喋ってるのかわからんかったよ
2025/11/01(土) 14:58:12.87ID:wblkz7MC0
探偵物語の面白さは、松田優作が突如出してくるアドリブだろ?
アドリブ探しと、それに呼応する役者の反応が面白いわけだよ。
さらりとかわす人もいれば、戸惑いを見せる人もいる
手法が萩本欽一と同じだね

松田優作って全然受けの芝居しない人なんだね
共演者はやりにくかったろうな
役者って生理的にMの人多いから松田優作のドSっぷりが際立ってました

今のドラマみたいな超意外な展開!みたいなのはないからねえ
工藤ちゃんのいる猥雑な街で一緒に一刻を過ごす感じかなあ
日本全体がモラトリアムの真っ最中な時代のドラマ

現存する役者たちの松田優作に関するエピソードは言い値みたいなもんだからなぁw
優作ファンの爆笑問題の太田に蔵出しエピソードを迫られて>面倒くさい人だったよ、でさっさと終了させた岩城洸一の対応が無難
いろいろ語ると胡散臭くなりがちだしさw

遊戯シリーズは B 級アクションの傑作だろう
ヨミキンはそれを潤沢な予算でやっておかしな方向に行っちゃった感じ

BJ ブルース見たけど、めちゃめちゃショーケン芝居だな
語尾も優作特有の「〇〇だぇ」みたいなのじゃなくてきちんと言い切り型にしてるし、意識してゆっくり喋ってるのがよく分かる
あの無精髭風お洒落髭やコートなんかもショーケンだね
正直映画自体はアルトマンのロンググッドバイにポランスキーのチャイナタウンくっ付けただけ
横浜が舞台なんだけど殆ど横浜感が無いのよね
あからさまに感出すと安っぽくなっちゃうから避けたのかもしれないけど

長渕は酷いぞ
金子正次の「竜二」見てからヤクザかぶれになって唄い方までショーケン風になったどうしようもない人
気のいいあんちゃんキャラからマッチョかぶれのチンピラに変身は凄かった
とんぼは面白かったけどね
長渕の演技や暴力演出も当時はヤクザファンタジーとして新鮮だった
その後勘違いして長渕も黒土も駄作連発だったが
2025/11/01(土) 15:27:53.62ID:wblkz7MC0
70年代のアドリブ系芝居当時は面白かったけど時代を超えない芝居なんだよな
80年代ひょうきん族がドリフターズへの対抗手段としてアドリブ=楽屋オチを連発
ウケまくったが直ぐに飽きられた。モノマネ芸と同じでその時代の今の瞬間しか通用しない
ドリフも今見返すと懐かしさは感じても面白さは感じないな、結局アレも場当たり的なギャグしかやってない

記録映画か新日本紀行でも見てる気分だ
70年代終わり頃の街並みもたまらんわ
特に夜の盛り場の雰囲気がたまらんわ。
意図してはなかっただろうけど、そういうのを映像記録として残してくれたスタッフに感謝。

演技派になってからは口元の締まりのない話し方や滑舌は改善され、厚い唇を美容整形したあたりは成功したと思う
BJ、陽炎座あたりまではいつものタラコ唇なんだけど以降は口元が妙にスッキリしてるんだよな
最初は唇の噛み締めとドーラン、口紅系で薄く見せてるのかと思ってた

奥歯4本抜いた後何も処置をしなかった=奥歯で支えてた頬肉が落ちてくる
口角が下がることによって唇の張りがなくなっただけだと思うけどね

雅俊さんも長身で脚長なんだけど、胴体がズンドウでマグロみたいなんだよね
優作さんは線は細いけど引き締まっている
背中の筋肉の盛り上がり方は体質なんだろうな

優作の手と肩幅を受け継いだ龍平
彼の佇まいのセンスは全て優作の遺産だなと思った
肩幅の無い身体の動きはとても滑らかで
2025/11/01(土) 22:26:45.42ID:wblkz7MC0
田宮二郎・高倉健的なアクション像にアンチを提示した原田芳雄、岸田森

「野獣死すべし」で室田さんと列車内のシーンで優作は瞬きをしていないというのは有名だけど
竹中氏が優作のよくやるカーッと目を開く演技は黒沢年男がよくやってたって言ってたね。
初期の作品(ジーパン、狼の紋章、ともだち)は台詞回しが非常に岸田森に似てる。
狼の紋章の背筋をピンと伸ばしてほとんど表情を動かさない演技はまるで岸田ドラキュラ。
竜馬暗殺から芳雄に乗り移られちゃったけどね。

優作は団塊世代の典型だな。すぐに議論ふかっけたがる、他人を非難したがる。
自分の野心だけはギラギラしてて傍目には鬱陶しい。
この人の言うこと、観念的すぎて疲れれるな。
「皮膚の裏側までかゆいという表現ができなけりゃあ駄目だ」とか。
「俺にそういう演技をさせるアンタの背景は何なんだ?」とか。
セットにあるコーヒー指差して
「そのコーヒーはブラックなのかミルク入りなのか、誰がどんな気分で飲むんだ、そこを明確に説明しろ」だとか。
一緒にいるだけで回りの人間は、かなり疲れたと思うよ〜
2025/11/01(土) 23:52:05.57ID:wblkz7MC0
池上冬樹「清水は字幕翻訳者ならではのはしょり癖があって3つの形容詞を1つしかやくさなかったり
数行飛ばしたりするがとにかく語感がいい。村上は1ちご1ちご訳してハードボイルド探偵
から都市文学に出てくる冷静な観察者になった。文学よりになった。」

清水訳は日本人の情感に合うように、よくできてるからねえ。
再構築し固定させたという点では、上田敏に匹敵する荒業だと思う

翻訳家志望ほど、文脈を捕らえられず、単語のみに目がいってしまうらしいな。
誤訳などの翻訳の精度よりも、雰囲気を訳すほうがよっぽど難しく才能が必要。

清水はスラングの翻訳がヘタクソ、というのは池上冬樹が言ってたな。
人に呼びかけるときに使うJackをそのまんま「ジャック」としたり(田中訳では「おっさん」)
peepersを「私立探偵」としたり(田中訳は「覗き屋」)。

映画史で、よく言われるのは、
@ 先鞭をつけた、『三階の他人』
A 世に知られた、『マルタの鷹』
B 様式を示した、『深夜の告白』
C 洗練を加えた、『欲望の果て』さらば愛しき女よ
D 物語を捨てた、『三つ数えろ』大いなる眠り
E 実験に走った、『湖中の女』
F 頂点に達した、『過去を逃れて』
2025/11/02(日) 00:58:20.95ID:tSlyrKse0
ハメットの創造したハードボイルド主人公トリオの、オプ、スペード、ボーモンが基本にあるのはある。
皮肉を飛ばす一人称文体ではオプ。ピンチでジョークを飛ばす性格はスペード。
策士ぶりと友情主義ではボーモン

ハメットはプレイボーイ的要素が日本人に合わないんだと思う

ロスマクはシリーズ第一作「動く標的」から「凶悪の浜」あたりまでは
アーチャーにマーロウ的な「ハードボイルド」な感じのキャラをやらせていたけど
「運命」あたりから探偵のヒロイズムを出来る限り落としていった
中期の傑作三作はその手法の到達点

ロスマクの描く街は、なぜだか白黒で脳内変換される。
ロスマクは荒野の中にぽっつりとできた街に思えるんだよな。
チャンドラーの情景描写って色彩感覚が豊かだよね

春樹訳を見て「チャンドラーってこんなにおしゃべりだったんだ」という
でも、日本語ってのは谷崎潤一郎も言ったように端折るのに特色がある言語。国民性。
欧米の文学を直訳されると「よくしゃべるな。くどいな」という感を持ってしまう。
源氏物語なんて英訳されたものは日本語より長くなっている。

逢坂剛さんも「私が好きだったのは清水チャンドラーだったのかもしれない」
小鷹さん曰く「春樹訳で読んでいる人はミステリの読者じゃないですから、どのみちたいした問題じゃないです」
2025/11/02(日) 23:28:26.42ID:tSlyrKse0
シンゴジラ」ってのは「日本の首領」の系譜だからな
登場人物やたらと増やして全世代にアピール、日本ローカルでは客は入るが外人には意味不明っていう
東映の正月映画の手法そのまんまだろあれは

どの辺がリアルかというと
・官僚に貸与されたパソコンがレッツノート
・アスクルの青いペン
こういう細部が「リアル」なんですと
細部の小道具の表層的なところ(メーカー名とか)だけこだわっても無意味
そういうのにこだわって大事な筋のリアリティがダメダメなのってどうなのか、と思うわけです

松竹の優良コンテンツだった「釣りバカ日誌」はスピンオフ的を含めて、全22作品。
後半の13作目から22作目の興業収入平均は5.6億円。ファイナルの一つ手前は3億円代。
東映と松竹という会社の違いはあっても、この程度の興業収入でも延々とシリーズが続く

探偵はバー
エロシーンは「トラック野郎」とか「不良番長」とかの昭和東映テイストでは必須のシーンなんだよ。安っぽさも含めて。
1、2作には今時のテレビドラマにない、東映鈴木則文、泥臭さとかアクの強さがあった
1は面白かった
2は雰囲気そのまま、話は感動、アクション冗長、お笑い幼稚
3は雰囲気テレビドラマ、話は感動しない、アクション冗長、お笑い幼稚
2025/11/03(月) 11:06:59.04ID:JTYGOQX00
退屈してしまいました。コンクールは消えてしまえばいい。
こういうことを言うのは少数派でしょう。音楽はスポーツではありません。
芸術なのです。スポーツは速さ、距離などを測ることができますが、芸術は計り知れない要素の集合です。
審査員のいるスポーツのフィギュアスケートなどは芸術に近づくと問題が生じるのです。
人の趣向、エゴ、嫉妬心などの感情が入り込みます。芸術で測れるものがあるでしょうか。主観的な趣向だと思います」

いくつ優勝すれば十分なのですか。多くのコンクールで1位を取った人は今どこにいるのでしょうか。
消えてしまったのですか。私はぼやいているだけかもしれません。
今の私がショパン・コンクールに参加しても優勝できないと思います
2025/11/03(月) 12:27:47.64ID:JTYGOQX00
三谷とクドカンの違いは、三谷は俳優に当て書きするけど、クドカンはストーリー中心、というところか
三谷の仲間や、子供の頃から見ていた松本幸四郎や田村正和のようなスターなら、キャラクターを膨らませられるんだろうけど、
自分より下の世代て、あまつさえ売り込みに来たような俳優に当て書きするのは、
やっぱり妄想も膨らまないんだろうな
635名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2025/11/03(月) 13:23:07.49ID:JTYGOQX00
林海象
「オシャレな皿にのったクソ料理のような映画」

ジパングの冒頭は最高に面白くなりそうな予感がしたんだがねえ。
コンセプトは大当たりだし、どういう要素が必要かってのも
大当たりだったのに、それを肉付けする事が出来なかったって感じ
キャッツアイは香港映画を真似してみましたって感じ?

中野さんはビデオ出身で、基本的に映像で何でも語れると思ってるの。
本人は否定するけど、脚本軽視の映像派。SFでもRSでも綺麗な画が撮れればそれでいい人。
林さんはもっと何つうかアングラ。
テーマ性重視するし、脚本の大切さも判ってる。
2025/11/03(月) 15:14:24.02ID:JTYGOQX00
歓楽街で利害のために喧嘩したり助け合ったりしてさ、一見底辺に見えるけど
声高に自己主張したりせず、各々が、己の信じる道をひたすら走ってる感じ。
そういう部分に美学や孤独や優しさや強さを感じるっていう。
まさにハードボイルドだなぁ、美し過ぎない、汚れ過ぎてもいない
ベタベタした友情なんてないし、基本はみんな自分は自分、他人は他人だけど
まあ○○ちゃんは馴染みだから教えてやるよ、こないだ××してくれたから
今回借りを返すよ、みたいな、ドライな、でもなんらかの感情はある関係性がいいよね

邦画じゃむしろテンポは良いほう、格闘シーンはいいけど
バーのシーンとかパーティーのシーンとか流れがとまちゃってるんだよね。
なにより緊迫感が持続していない。
これは監督に自分のスタイルがないからとおりいっぺんになっている証拠。
とくにバーのシーンはもっと緊迫感があるべきなのに、だらっとしている。
主人公は、だれた生活をしているけど、心の奥底にいつも緊張感もっている人でないと駄目だよ。
松田兄の演技プランは正しい。彼の場面はいつもひきしまっている。
大泉が上手い下手以前に監督の演出指示がよくないから、カメラにも緊張感がつたわってない。
映像に緊張感がないと、見る人の気をそいでしまう。
マイケル・マン監督の「コラテラル」をみるがいい。
タクシーに何人もの客がのりこんでくるけど、一瞬でも映像や空間に弛緩がない。
つねになにあるぞといった緊迫感が持続している。観客は目を離せない。
バーの場面はこの邦画で重要な場面であるはずなのに、弛緩がある。これは監督に力がなく、監督の映画演出にスタイルがないからだ。

高田が冒頭にチンピラを早回しでなぎ倒してくシーンは斬新だっただろ
デジタル化で撮影機材が軽くなったからかしらんが、
動きの早いシーンに撮るほうがついてこれるようになったのは邦画では最近のことだろ?
ススキノの狭い街中を探偵がガーッと走るシーンを後ろから追いかけてるようなシーンが何度もあるじゃん。
ああいうの昔は無理だったよな。
だってクレーンか、レールぐらいしか安い邦画じゃ移動手段なかったもんな、

アクションシーンのカメラワークでドッグアイや手振れやアップが多用されてて、
多用しすぎてて、アクションシーンがみんな同じ様に見えちゃった。
せっかくアクション多いのに、いろんな撮り方すればいいのにな、もったいないな、って思いながら見てた。
これも、効果的な演出を選んでるわけではなく、「やりたいことをやってみた」みたいな印象。
2025/11/03(月) 15:43:03.07ID:JTYGOQX00
ストーリー的な理由があって殺されるってのは別に構わないけど、あんな拷問描写を画としてリアルに表現する事が本当に必要なのかねぇ?
残酷シーンでも短くドライにとれば問題なかったと思う。
ウェットに延々とやりすぎたせいだと思う。
日本の映画監督に多いんだけど、シャープな演出じゃないんだよね。どろどろしてる。
他のアクションシーンは大泉ボッコボコを含めても妙にコミカルな感じがあるのに、
何故あのシーンだけ別世界にしてしまったんだろう。

単純に残酷なシーンを入れてみたかっただけなんじゃないか。
昔の東映ヤクザ映画みたいな事をしてみたかったんじゃなかろうか。
「やりたいだけ」な印象が強くて、「必要だったか」に疑問がある感じ。
せっかくの3D映画なので、無理やり画面に向けてオノとか飛んで来るシーンを入れてみました、みたいな。
「それやりたかっただけだよね?特に必要じゃないよね?」みたいな。

貧乏くさい映像でも見せるのは演出家の力だけど、この監督は並だと思う。
次はもっと力のある監督がいいよ。
根岸吉太郎あたりなら、札幌の風景と叙情性をあわせた一級品に仕上げそうだ。
マイケル・マン監督の「コラテラル」の素晴らしい夜景撮影に金はそんなにかかっていない

すすきのを駆け回る絵にもっと引いた絵があれば雰囲気出たと思うけどな
役者のアップばかりでせせこましい絵が多かった
塾での追っかけっこも空撮して北海道らしいだだっ広い感じが欲しかった

いい人だと言いたいがために、最後にバタバタ大勢に「いい人でした」「大好きでした」「気さくな方でした」とか言わせるのはまったく不要だった。
安っぽくてたまらん
ああいう説明的陳腐カットを入れるのは、普段、バカ視聴者を相手にしているテレビ演出者の不安のあらわれだな。
つきはなして観客の想像にまかすことができない。
2025/11/03(月) 17:32:04.94ID:JTYGOQX00
歌舞伎町の雰囲気はギラギラしてて、なのに暗いというか…。ススキノとは全然違うね。
空気が冷たくて乾燥してて湿気がないってのはそれだけで清浄な感じするもんな。
暑い土地だとやっぱ、淀んでたりジメジメしてたりするよ、雰囲気からして。
あ、あと道路がスッキリしててメインストリートが広いってのも重要。
札幌の道は碁盤の目みたいだから、住んでる人は当たり前でなんとも思わない
かもしれないけど、住んでない人から見ればスッキリした道だなーと感じる。

義理欠く恥かく人情欠く。“三カク”マークの東映
源流を遡れば、旧軍が大陸での宣撫工作のために設立した
「満州映画協会」が始まり。ちなみに会長は元憲兵大尉、甘粕正彦。
テレビ朝日は実質今は東映の子会社だよね。

「やくざ映画がいかん言うて、なんで信長や秀吉ならええのや。
NHKはあんなもんばっかりやっとるが、アレらのほうがよっぽど
ようけ人殺しとるで!」Byマキノ雅裕

やくざ映画・ポルノから、アニメや特撮ヒーロー番組まで、東映は金になるならなんでもする映画のデパート。
ただし、オモチャ売り場には大人のおもちゃも置いてるし、屋上の遊園地にはストリップがある」

有能な社員は、即金になるTVやキャラビジネスの仕事で酷使され、潰れてしまいます。
それを知っている人は、当たらずさわらず惰性で仕事をしています。
2025/11/03(月) 18:02:29.45ID:JTYGOQX00
玩具メーカーが共同出資してジャリ番を引き受ける
東映本体は滅ぶに任せる
「宇宙刑事シャリバン」の名の由来が社内で「ジャリ番」と差別されていた
のを逆手にとって、なんて話聞いた日にゃもぉ…

東映のTVの人たちは気の毒。1年中、休みなく働いて会社に尽くしているのに、あんなもの
(と敢えて言ってしまうが、ヌルい人情モノやサスペンスモノ)しか作らせてもらえない。
キー局やら諸々の制約が大き過ぎるらしい。東映サイドではどうにもならんのです。
比較的、特撮の人たちは無い無い尽くしの中でよくやってると思います

東映は「上から下から左から右まで」映画作ってきた
ヤクザ映画を連発して飽きられた過去を忘れたのか。
特定の層に偏った映画しかつくれないのは良いことではない。

東映の予告編のセンスのなさは今に始まったことではない

映画産業結構隆盛→東映調子こいて第二東映を設立→映画産業衰退
→第二東映あぼん。人員は現在のテレビ朝日へ→東映の人間、移って
いったその人たちを「都落ち」と笑いものにする→テレビと映画の力関係
完全に逆転、今度は自分たちがいろいろとご機嫌を伺う側に

「シナノ企画」が出資しているのだから、完全な動員映画ですね

東映は昔から現場任せの会社で、プロデューサーが無能。
逆に、東宝はプロデューサーの力が強く、有能。
東宝が若者向けの映画作りに成功してるのは若いプロデューサーが有能だから。
東宝の映画調整部は現在8人で、20代が4人もいる。この若い人たちが
色々企画を立ち上げ、室長に上げて、さらに部長が全部吟味し、東宝の役員が
集まって月2回開催される本部会にあげる。最初の段階で、20代の若手企画マンが
いろんな原作に目配せをして企画を作っている、というのが強い

代理店的なセンスと言えばそれまでだが
東宝はいくらヒットしたと言っても、客にこびてるだけで、いい監督が育たない。そのワケがよくわかったよ。
ハッキリ言って今の東宝の映画は監督なんか誰でもいいって感じ。まるで個性がなく、ただの雇われサラリーマンにすぎない。
2025/11/03(月) 20:02:05.36ID:JTYGOQX00
1955年に小林一三が東宝は製作よりも興行に重点を移す決定をしたのもこのことを理解していたからと思われる。
既に昭和30年代に、小林一三は、映画製作事業のリスク高さを理解して
いたとも言われる。これは、映画製作自体には、資金回収能力が無く、興行や2次使用で初めて収益が得られる事を深く理解していたからだ。
今の東宝のビジネスは、自社作品を上映して利益を得るのではなく、
むしろ製作出資に積極的な企業の作品の実製作に対応するのが実体に
なっている。東宝が、成城のスタジオに50億円もかけてリニューアルしたのは、この為である。
今の東宝は、製作委員会が製作した作品の撮影事務を請負う事でスタジオ
レンタル代を稼ぎ、配給を請負う事で配給収入を稼ぎ、東宝の興行網で
上映する事で劇場収入を稼ぎ、製作出資で、その分の配当を稼ぐという
一本の映画を作製し上映する全ての過程を下請けして、確実に自社の収益に結びつけると言うやり方をしている。
いわば巨大な映画総下請け企業ともいえる。
なお、この過程でもっとも収益性が大きいのが、劇場収入であり、次がスタジオレンタル代とも言われる。
この様な貪欲な企業姿勢は、企業として優秀と言えるが、東宝が自社の興
行網や撮影スタジオなどの自社物件を製作出資者に貸付ける事業形態は、ある種の不動産業とも言えるかのもしれない。
東宝は、社内に貸しビル部門を抱えるが、映像部門も賃貸不動産業化しているとも言える。
2025/11/04(火) 11:36:58.71ID:uxAueaKz0
CHARAと桃井が連れて来られてから、バズーカで撃退するまでの
あの望遠のつかいかたとカット割りの見事さはホント凄すぎだぜ。
本格的なアクション映画とらせたらスローモーションばっか使う香港のアホなんか目じゃないぜ。
確かに「スワロウテイル」な大傑作じゃないかもしれんけど、
世界中に岩井しかとれないような凄いショットが山ほどあるんでOKだよ。

あれはカメラマンの技です。
同じ芝居何回もさせ彼はロングとアップを編集でテレコにして遊んでる、それだけです。
でも、海外いけばみんなやってますよ。松竹系のおじさまはついてけないだろうけど。

打ち上げ花火のプールのシーンはスタッフから持ち出された案なんだよね。
当初はトンネルでラストを飾る予定だった。が、飯岡にいいトンネルが見当たらず、
スケジュールもないので急遽プールという設定で脚本もそれ用に書き直された。

岩井俊二さんの作品は「プロモーションビデオのつなぎあわせ」にしかみえません。
つまり、各々のシーンはともかく全体として見ると疲れるというか・・・
グランジ風のミュージックビデオで終わってる感がある
この寓話的な物語のいくつかのシーンは、『マッドマックス2』を思い起こさせるものがあるが、ジョージ・ミラー監督が編集と
物語のペースをつかむ才能に長けてるのに比べて岩井はそれを全く持ち合わせていない。
手持ち撮影にあまりにこだわった結果、乗物酔いになった気分にさせられる

ちまたで出版されてる彼の絵コンテは「採録」だよ。映画撮った後に書き直して出すの。

松本人志には女については幼稚と言われ
この人の撮るアクションシーンはどうしようもなくリアリティがない。
喧嘩したことなさそう。たけしがそう言ってたね。
リアリティの解釈の違いではないでしょうか。岩井は「映画内リアリティ」を追求しています。
2025/11/04(火) 13:32:51.70ID:uxAueaKz0
『幸福』原作者の著作権がネックらしい。
“世に「銀残し」を広めた作品”で正しいよ。
日本の他の監督も「銀残し」手法を使うようになったのは、あの作品以降。
あの作品の封切直後は、TVドラマやCFでもマネしていた

東京オリンピックのスローモーションは斬新だったが好評に味をしめて その後の映画ではスローモーションだらけ

市川崑と増村保造は師弟関係
増村は「真のテクニシャンは真の思想家である」と言ったけど市川崑はその体現者

「股旅」を観たのですが、作品自体も面白かったですが、井上れい子という女優さんの美しさに驚いてしまいました。

市川版『古都』もいいが、傑作なのは中村版
この映画ストーリーはこしらえ物、京都をいかに撮るかが決め手。
中村作品はドキュメンタリーかと思うときもあるぐらい風土が息づいていた。
市川崑は人間描写中心で(でもそっちの方掘り下げても何も出てこないと思う)、京都は背景だけって感じ

市川監督が描くと京都でも大阪でもコマーシャルフィルムみたいに洗練されてポップな感じ。
中村監督の『古都』や『紀ノ川』は映像的には抜群にきれいなのに、怖かったり非情に不快な部分がある。
それは風土の持っているアクのようなものだと思う。

犬神家」とか金田一シリーズも、そのロマンチックな描写が大好き
、惨劇の後、それでも小さな愛が芽生えて善意の人々が「みんなで金田一さんを見送りに行こう」
って田舎駅まで出かける。含羞の人金田一は、逃げるように去っていく。

押井「お前、市川昆って言ったらおめ、編集でなんぼの監督だぞ。
あの、何て事ないハナシしか撮れない奴が、編集の、そのカットの構成、それだけで『犬神家の一族』撮っちゃうんだよ!」
2025/11/04(火) 14:14:42.71ID:uxAueaKz0
油の乗り切ってきた頃の作品と、晩年の作品との明らかな違いは、
腕のある巧い俳優たちが喋る市川作品特有の長い説明台詞と、明らかに技量の劣る俳優たちが喋る長い説明台詞だな。

「竹取物語」は、沢口が駄目で駄目でどうしようも無かったと、当時の現場にいた
方にうかがったことがあります(演技は仕方が無いけど映画スターのオーラが無いし、
女優としての自覚にも乏しくて困ったらしい。若尾に比べりゃ一目瞭然だったとか)
崑も小朝やコント山口くんと武田くんの竹田とか、例によってノリだけでキャスティング
するし。崑はキャスティングの段階で演出は終わっている、みたいな言い方をよくするけど、
現在のオーラも無いタレント相手ではその崑マジックも色褪せちゃってるね。
ただこういう映画も撮ってみせるから、東宝やフジテレビに顔が利くようになるのも
事実だろう。崑の政治力は本当に凄い。フジやNHKを相手にして、局Pより偉いのはこの人だけじゃないだろうか?

古都をみた。山口百恵の存在感の大きさに驚いたが、陰影にとんだ映像は、日本のフェルメールかと思った。

ドラマ「真実一路」傑作だった。陰影に富んだ奥行き深い映像。演出も冴え渡ってた。役者の演技も素晴らしい

おとうとは、あの色彩を故意にころした画像が忘れられない。
ほんとうに傑作だった。
テレビで放映されたときは、まったく普通のカラー映画になっていて、おどろいた。
銀残しに影響受けた人を挙げていったらとんでもないことになるね。
スピルバーグの撮影監督ヤヌス・カミンスキー
2025/11/04(火) 17:47:17.87ID:uxAueaKz0
山下をインディーズなんて認識な時点でもうね
浅いというかアミックスとか準メジャーだしタレントだってスターダストやホリプロの人いっぱい使ってるじゃん
AKBなんかより事務所はでかいのに

新藤監督なんかも日本のインディペンデント映画の先駆者だろうなあ
櫻の園って独立系で日本テレビ出資で
日本アカデミー賞採ったけど、製作配給自体は4大メジャーのどこにも属さない極めて異例の独立系作品
2025/11/04(火) 18:50:24.26ID:uxAueaKz0
九八〇年代に冒険小説・ハードボイルドをジャンル的に確立した先行作家のほとんどが、
新しい異様な「いま」を真正面から捉えようと苦闘し、作風としても大きく変貌しはじめている。しかし後進作家の『残光』は、先行作家が完成し、
いまや過去のものになろうとしている既成路線から少しも出ていない。『フォー・ユア・プレジャー』ではストーカー問題、『残光』では警察腐敗が描かれている。
しかし目新しい現代的な素材さえ盛りこめば、それで「いま」のリアリティに肉薄できるわけではない。
 「いま」への感受性としては、石田衣良氏の『少年計数機』が光っていた。新宿の次は渋谷、渋谷の次は池袋というフットワークのよさは、群を抜いている。
『残光』に登場する子役は、なんだか鞍馬天狗の杉作のようで重たく古めかしいが、
石田氏の描く少年には「いま」に固有の切実な軽さ、「傷だらけの軽さ」のようなものがあって印象的だった
2025/11/04(火) 22:40:25.75ID:uxAueaKz0
孤狼の血
暴力描写は極力避けた女性原作者と
とにかく衝撃的な映像を撮りたい男性監督の差が如実に出たね
原作ではフェラは勿論、拷問も殺人も直接描かれてなくて遺体の状況から察する流れ
唯一の血みどろは冒頭の日岡の実力を図るためにチンピラと取っ組み合いするシーンだけ
映画は原作と話の流れは同じでも印象が真逆だと思った

森達也
社会批評も風刺もないけれど、映画『アフタースクール』を甘くみたらダマされる
軽い。悪い意味ではなく、いい意味で。軽快なのだ。僕はどうしても軽い映画は作れないし、好みも重い映画ばかりだけど、
でもこの軽さは嫌いじゃない。社会批評も風刺もメタファーもないけれど、観ながらかなり楽しんだ。
時おり強引さはあったけれど、伏線回収は見事だ。
その全てで脚本も書いている。分業はしない。その決意が見える。
2025/11/05(水) 14:46:47.89ID:j5d4PVNb0
日本の映画ではリアリティの有無がつねに問題にされる。リアリティこそ唯一絶対の規準で伝家の宝刀である。
悲しいかなそれが日本映画の貧困の原因であることに気付かないし、気付こうともしない。
映画はむしろフィクションの有無が作品を決定するもので迫真の真実性よりも微細な虚構が重大な要素なのだ。
云いかえればフィクションのみが映画に美と詩と夢を与えるものなのだ。
―――鈴木清順 1964
2025/11/05(水) 19:47:29.15ID:j5d4PVNb0
運命じゃない人 
ロケーションのごくごく普通の東京の住宅街って感じでいいなあと。
あの真新しいスロープ階段とかリアルだったな。
邦画ってやたらノスタルジックだったり粗野だったりする舞台設定が多いので。

今更こういう構成法に新鮮味はないし、それが見事に成功している程度のことで
たいした感心も出来ないけれど、この映画の場合は、この構成法が登場人物のキャラを
豊かにすることと密接に繋がっているので、その鮮やかさに拍手を送りたい気分。
序盤では軽薄な奴に映った神田が実は友達思いのいい奴だと分かってくる気持ちの良さ!
2025/11/06(木) 14:23:10.97ID:b0SdXWb40
悪徳警官だが実はいい人でしたという展開あまり好きではないのでもっと振り切った人物像が良かった

邦画関係者にはゴッドファーザーのような作り方はできないのかな?
ゴッドファーザーの映像良さは、残忍性の描写では無く撮影監督のゴードン・ウィルスによる陰影の強調
殺しの場面が名場面になるような
残忍な殺し方はするがグロではない
怒鳴ったり、大声で泣き叫んだりはしない

やっぱり実録物は群像劇の方が面白くなる

時代考証エラーを探しながら見てた
安芸灘大橋がガッツリ映ってたが、あの橋は平成12年開通なんだよなあ。

この映画を見て、身長って大事だなって思った。メインの役者全員デカいよね。やっぱり絵になるわ。

呉の街って、俯瞰すると絵になるね。港を山が取り囲んでるからね
海と街を一望する画が撮りやすいんだよ
なんせ戦艦大和が秘密保全に苦労したぐらいだから

全国制覇を目指した山口組が進出できなかったのは広島と沖縄。この二県には山口組の事務所がない。
暴対法まではホント仁義なきの影響でか全国からチンピラ憧れが集ってきてタイヘンだった

金融機関勤務のワイ氏からすると、暴対法より7年前施行の暴排条例の方が反社組織へのダメージは大きかった印象。
似非童話や国籍差別を訴えるNPO団体(笑)によるタカリはほぼ壊滅。
2025/11/06(木) 14:51:47.52ID:b0SdXWb40
白石和彌はいつも、頑張ってるね、という感じの映画を撮る。
役所広司の存在だけでもっていた前作。期待はほとんどしてなかったのだが、美術や衣裳の粗さが目立った前作に対して、続篇は随分マシという印象。
ただカットを割らないと涙ひとつこぼせない女優を起用せざるをえないところに大型映画の限界がチラつく

主人公ひとりで三年も広島ヤクザの抗争を抑えているなんて。しかも主人公を陥れるために警察が殺人鬼を野放しにしておくなんて
もう少しうまく嘘をついてくれないと
小さな本当を積み重ねて、大きな嘘をつくのが映画じゃないのか
Vシネマならベストワン」と白石作品を評した人がいたが、今回もそれ以上の言葉が見つからない
2025/11/06(木) 16:09:45.03ID:b0SdXWb40
CGは、特撮と言うより「アニメ」だと思うね。今の使い方では。
やたらにスピードと迫力をつけようとして失敗している気が・・・・
例えばハリーハウゼン作品の場合、明らかにモデルだと判っていても
世界観の中でとけ込んでいて、リアルに感じる。骸骨剣士なんかは、
最近はCGで作られるけど、どうもハリーハウゼンの作品の方が、迫力もあるし、リアルに思えるんだよなぁ・・・

末梢的なリアリズムを追うばかりにハリーハウゼン、円谷英二、デレク・メディングス等の演出にあった溌剌たる抽象、
自由大胆な図式化の精神を失ったんですよ。

円谷英二が実写の馬より人形の馬を使いたがった件は象徴的な話だと思うよ。
2025/11/07(金) 22:35:18.88ID:KyBMlgP10
東京の暴れん坊 斉藤武市
紅の拳銃 牛原陽一
ろくでなし稼業 斉藤武市
妻は告白する 増村保造
大冒険 古沢憲吾
拳銃は俺のパスポート 野村孝
縄張はもらった 長谷部安春
一条さゆり 濡れた欲情 神代辰巳
0課の女 赤い手錠 野田幸男
2025/11/08(土) 11:45:53.69ID:mpj71t8A0
村上春樹と川本三郎の共著『映画をめぐる冒険』(1985年/講談社)の村上による「まえがき」に、
《だから六〇年代の映画もマメに観ている。しかしこの頃観て気に入った映画をあげていくとキリがないので割愛。
ただしブレーク・エドワーズの『銃口』と
ジョン・ブアマンの『ポイント・ブランク』
とジョン・ギラーミンの『野良犬の罠』の三本は、もう一度観たいので、できることなら是非ビデオ化してほしいと思う。》
2025/11/08(土) 12:59:09.62ID:mpj71t8A0
裁くのは俺だ』の映画化。ところがシナリオを書いたのがハリウッドの異才ラリー・コーエンだからただでは済まない。
[〜]大陰謀映画を撮るつもりだったらしい。[〜]しかしながら幸いにも(?)コーエンは撮影開始直後に解雇され、
代わりに雇われたのが政治色ゼロ、娯楽映画をきっちり撮るのが身上の職人リチャード・T・ヘフロンだったのが、
この作品の運命を決定づけた。出来上がったのは、ストーリーの辻褄は全く合っていないものの、
しかし一つ一つのアクション・シーンのテンションだけは異常に高いという、いわば活劇カーニバルなのだ。
〜〜とはいえ、この作品の魅力はなんといってもアクション・シークェンスの数々だ。
これにはヘフロン監督のみならず、第二班監督を務めたスタントの職人ドン・パイクの功績も大きいはず。
〜〜こういったイキのよすぎるアクション・シークェンスの数々を彩るのがビル・コンティによるスコアだ。
これほどアクション・シーンを際立たせる音楽というのは滅多にない。
ジャジーでスピーディー、そしていささかお下劣な(ホメ言葉)メロディーが活劇場面にピタリと寄り添って効果を高めているのだ。〜スピレーン原作なのにハードボイルドにはならず、コーエンがクビになったので陰謀映画にもなりきれず、もう一歩行けば完全にポルノ映画(〜)になる一歩手前で踏みとどまり、
なんだかわけの分からない作品となってしまったのが『探偵マイク・ハマー/俺が掟だ!』
2025/11/08(土) 20:38:57.02ID:mpj71t8A0
ベトナム人よりもベトナムのことをよく知っています。
フエ市全体が浸水したとき、日本で無傷だったのはイオンモールだけでした。
その理由は、建設前の過去70年間の現地の水状況資料を参考にしたからだ。
治水堤防は路面より1.15メートル高く設計され、大容量の排水システムが設置されています。
大雨の時もモールが正常に営業し、一般の人々の一時的な避難所としても機能するようにしてください。
2025/11/09(日) 00:21:32.61ID:xEzzqhGT0
ジェリー・ゴールドスミスの音楽などバーナード・ハーマンの二番煎じに過ぎない
映画版「トワイライト・ゾーン」のときも、かなりハーマンの音楽をパクっていたような気がする

アメリカ映画界でユダヤ系の力が強いのはその通りだが、ロスチャイルド家はあまり関係ないように思われる。なぜかと言えば、そもそもロスチャイルド家の拠点はヨーロッパだから。
ハリウッドの映画産業を支えたのはむしろミッキー・コーエン(マイアー・ハリス・コーエン)などのユダヤ系マフィアである。
禁酒法時代に密造酒を売りさばいて濡れ手に粟の大儲けをしていたユダヤ系酒造業者やユダヤ系マフィアの富が、
当時のハリウッド産業にとって大きな資金源になっていたことは歴史的事実であろう。
2025/11/10(月) 00:26:03.15ID:CQXBP6Hd0
妙にハリウッドを意識した作りのフランス産アクション・コメディって結構あるけど、あれも結構ヒドイ。
「おかしなおかしな訪問者」「ビジター」「アステリクスとオベリスク」
「バネッサ・パラディの奥様は魔女」・・・。しかも、どの作品も、
俳優陣だけは超一流揃いっちゅーのがますます理解不能。よく出演OKしたなぁ…ってのばっかり。
「エレベータを降りて左」なんて、デキの悪い吉本新喜劇。

「ギャグ」と「コメディ」は別だよ。
アメリカのはどっちかと言うとギャグ寄り

「ホームアローン」は、「血さえ見せなければ残酷ではない」という、アメリカ人の杓子定規な暴力描写観がものすごく気持ち悪かった

アメリカのコメディー映画って映画のパロディーの垂れ流しが多いような気がする

関根勤はスティーブ・マーチンのファンを公言してて、動きとか結構影響受けてる

くだらないだけの「笑劇」はコメディの中でもファースと呼ばれる。
モジリ系はパロディではなくてスプーフと呼ぶのが普通。
スラップスティックはサイレント的な「動き」「アクション」で笑わせるもの。

シリアス・コメディ(真面目な映画なので声を出して笑えないがおかしいもの。日本映画では重喜劇と呼ばれたジャンル)
ダーク・コメディ(反ヒューマニズム的ギャグなので笑えないがおかしいもの)
トラジック・コメディ(悲惨過ぎて笑えないがおかしいもの。悲喜劇)
などの、ゲラゲラ笑えないものまでコメディには含まれている。ちなみに本来コメディという言葉は「悲劇」以外の劇すべてを指した単語です。
2025/11/10(月) 01:17:55.67ID:CQXBP6Hd0
石立コメディは昔のホームドラマのパロディだった。
女ばかりの家族のところへ居候するとか
身に覚えのない子どもの面倒を見るとか
居候・下宿人がめずらしくない時代が終わろうとしているときにできた
コメディだったわけで、日本社会の住宅事情も家族構成も大きく変わっちゃったし。
視聴者が石立ドラマを楽しんだ世代から大きく変わって、
元の世代が知っていた原典のホームドラマに接していない世代になっているので、
同じ趣向でやっても、シチュエーションの面白さは伝わりにくく、ひたすら石立のキャラに頼る展開になる。視聴率は取れないと思う。
石立コメディ的な展開の最後のテレビドラマは「池中玄太80キロ」で、
それ以降、こういうものは作られていない。池中はいろいろスペシャルを作ったけど、最後の方は視聴率的にも物語的にも悲惨だった。

シチュエーション・コメディだもんね。石立さんの昔のユニオンのドラマは。ユニオンの石立シリーズといえば脚本家松木ひろし
シチュエーション・コメディは制作チームの力でできるものだから、石立さんを生かすチームが解散すれば、続かない。
大映のシリアスな石立なら可能な気がするけど

「石立は遅刻魔だ」などとユニオン時代の共演者がやっかみで悪評を流したってチーボーが自伝に書いてた
石立さんはちゃんと時間どおりにくるけど共演者が遅刻してもかけもちもあるだろうってことで文句ひとつ言わなかったとか。
そのうち共演者らはますます時間にルーズになってそのせいで石立さんのスケジュール調整が難しくなり
どうしても時間どおりにスタジオ入りできなくなる。そういう時に限って共演者が先に入っており、
主役だからといって遅刻するのは自分勝手だと言う風にいわれる。それでも弁解しなかったそうですね。
2025/11/10(月) 10:53:03.16ID:CQXBP6Hd0
トレンディドラマの成功以降、主役級は視聴率がとれるジャリばかり。
問題はさ、男がテレビを観なくなったことだね。
ファミレスや飲み屋で自分の話によってる自己愛の屑がいっぱいいるでしょ。
こういうやつらって、本当に一生懸命作られたテレビや映画より自分の話のほうが面白いって、本気で信じてるからなあ。

ユニオン製作の通称「石立ドラマ
1971年4月から78年10月まで休みないのかよ

石立さんは「無頼」のイメージがあるが、父親・兄弟・家族を絡ませると絶妙の味を出す

3枚目風主人公をやっている間が彼の黄金期だった。
やはり三枚目より二の線でいきたいのだろうが
あの「気になる嫁さん」や「水もれ甲介」で
みせた異常ともいえるハイテンション、はじける演技はなりをひそめてしまった

水もれは特に人情過多気味。他作品に比べて脚本や展開がバタつく感じかな。
雑居などのキレの良さは望むべくも無し・・・

「雑居」は、松木脚本とその他脚本の温度差が大きすぎてちょっと残念
なんだよな。「パパ呼ば」では、向田脚本が浮き上がって見えるし

「俺はご先祖さま」でも見れ。
石立のクサイ演技で台無しになった松木ひろしの粋なホンが
石坂のスマートな演技では見事に活かされてる
2025/11/10(月) 11:10:38.39ID:CQXBP6Hd0
人気は78年の「気まぐれ本格派」で陰り、次第に主役を演じなくなった。
脚本の松木さんは振り返る。「大家族がご飯を食べているようなホームドラマじゃないものを作りたかった。
石立には、頭のいいバカ、おっとりしたせっかちという二面性を矛盾のないよう演じてほしかった。
米国のトニー・カーチスのように、二枚目の喜劇をやりたかった」
「笑いを追求してほしかったけど、彼はセリフの後でアッハッハと笑ってごまかすので、
『役者が笑っちゃいけない』と言うと、今度は、まったく笑わなくなったり。気が小さいのか。
もっと洒落(しゃれ)てほしいと思ったんだけど……」と松木さん。

スタッフや共演者には「撮影に遅れる問題児」「人格破たん者」という非難まで生まれた。
実際、バッグに詰め込んだ現金を競艇で使い果たすといった行動も目立ち始めた。

ドラマの助監督を6年間務めた荒木功・現ユニオン映画社長(63)も
最初は「いいかげんな人」と思ったが、人気が落ちた後、石立さんに
「実は、あのころ、つらかったんだ」と打ち明けられ、誤解が解けたという。

「あの役柄が自分の本領ではないという思いがあったようなんです。
アドリブ演技の場面がかなりあり、今で言う(出社)拒否症になっていた。
鯉(こい)や陶芸、将棋など趣味に凝ったのも、逃避だったんだと思います」
俳優座養成所時代の仲間で、ステーキハウス経営の笹岡勝治さん(68)は、石立さんの全盛期をこう語る。
「『パパと呼ばないで』のころ、彼は睡眠薬をのんでいた。酒の方がましと言われて、それで酒の味を覚えたんです。
よく行方不明になっていました。監督、脚本家に挟まれ、苦しんでいたようです」
女優がドラマ途中で降板したように、相手役との呼吸、相性がうまくいかないことも多かった。
仕事が減ったのは「同じ役柄のイメージを取り払おうとシリアスな役ばかり選んでいたら、
40代半ばごろからどこからも呼ばれなくなったため」と荒木さんは言う
「とてもシャイな人だった」と誰もが語る。仕事を仕切るのも得意ではなかった。
「例えば西田敏行の場合、ドラマ関係者はみんな彼についてくるけど、あのころ、心から石立についてくる人はそんなにいなかった。
松木さんにはこんな思い出もある。「僕のところに石立ファンから
『お前がくだらない芝居を書くから石立が堕落するんだ。子どもを殺すぞ』って脅迫状が来たことがあってね。
そしたら石立が家に来てくれて、翌朝までいてくれた。子どもたちは起きてびっくり。
でもファンだったから大喜びで。アイツには、そういう優しいところ、いいところがあるんだよね」
2025/11/10(月) 11:30:37.94ID:CQXBP6Hd0
石立さんは渥美清氏の後釜にだって成れた逸材
結局西田敏行氏が後を継いだ形になったわけだけど
西田ブレイクのきっかけの「池中玄太・・」は石立ドラマの焼き直しだったからね。

西田敏行は新国劇くさくて嫌だね。
石立は人情ドラマに出ていたのにからりとした印象があった。
ウエットな感じを出せる俳優は多いけど、あの乾いた感じをだせるのは石立だけ

使わなかった、のではなく使いきれる人がいなかったのでは?
F1のレーシングカーと同じで、サーキットでは最高の性能を示すが
公道でトロトロ走るには使いにくいったらありゃしない、

価値観多様化という偽名のもとのモノカルチャー

石立鉄男みたいに軽妙な味を出せる俳優はまだ出てきていない気がする。
パパと呼ばないでで、ちー坊の母親そっくりな人を見つけた時
ガードレールを鉄棒みたいに使ってひっくり返る演技があった。
ああいうことを軽々とやっていたのがこの人。

「雑居時代」で、夏代の気持ちが初めてわかるシーンなんて最高のラブロマンスだよ。
あんな脚本今では考えられない。
多くを語らないのに、しっかり二人の気持ちが伝わってきて泣けるんだこれが。
今の説明ゼリフ満載のドラマとは一味違ったよね。
2025/11/10(月) 12:42:31.87ID:CQXBP6Hd0
80年代ファッションって、いま見るとかなり痛いものがあるんだけど
70年代ファッションって、今、見ても十分おしゃれだよな・・。

昭和40年代の中頃って大映や日活が相次いで倒産して、映画産業が斜陽になった時期なんですよ。
”パパと”はもと日活のスタッフの方たちが作ったユニオン映画という制作会社の作品なんですが、
36ミリから16ミリに変わっただけで、あとは映画と同じ手法で作ってました。
だから撮影も一日に10時間以上とか、ものすごく時間がかかった分凝ってましたね。

「プロデューサーの吉川さんが天才バカボンやルパン三世を制作された方だったので、キャラクター作りがとてもうまかったんです。
”チー坊はリボンの好きな女の子。好物は梅干で、いつも猫を抱いていて それをニャロメと呼ぶことにしよう”というふうに。
脚本家の松木ひろしさんはライトコメディの第一人者でしたしまだ新人だったころの向田邦子さんも何本か書いてましたね。
劇中で流れる音楽も「ルパン三世」でおなじみの大野雄二さんが手がけていてとてもよかったですね。」
2025/11/10(月) 13:05:13.79ID:CQXBP6Hd0
時間のとらえ方で「自己」を三つのパターンに分析しています
1・「あの時こうしていれば、今こうなっていない」と、実現しなかった未来に拘るタイプ
2・「あの時こうしなかったから、今こんな目にあっている」と、過ぎ去った過去に拘るタイプ
3・「あの時もこの時もない、あるのは果てしない今だ」と、目の前の現在に拘るタイプ
誰でも、何れか一つ、あるいは複合した「自己」を持っています。どれが良いとか悪いとかではな
くて、自分の「自己」を知り、客観的に「自己」見つめる目を持つ事。そして「他人と受け止め方
違う」と考えず、あるがままの自分を素直に受け入れること。それが一番大切なのではないでしょうか?
2025/11/10(月) 13:45:25.93ID:CQXBP6Hd0
石立のドラマは基本的に
少女漫画のモチーフが多い。この年代この様なドラマが初めて登場した新鮮味を忠実に利用したのが、石立だった感じがする

石立ドラマの良い所は、あの当時の政治運動、学生運動の匂いを全く感じさせない所だな。
当時の青春ドラマなんかだと「意義なーし!」「断固闘うべきであーる!」み
たいなセリフもあったが、石立ドラマではそういう世界は関係ないみたいね。
やっぱり当時の庶民はそれなりに普通に暮らしてたってこったな。

当時の企画書を見ると、石立×松木ドラマというのは、
ニール・サイモンのウェルメイドなコメディの翻案を目指した、と載ってるよね。
雑居のBOXにもアメリアッチという記述があったりして、
ソフィスティケイトされた、A&Mサウンドがひとつの基調としてあったみたいだし。
(大野雄二起用とかもそう。「おかしな二人」みたいな世界)
よく石立ドラマを人情ものって言ってる人がいるけど、元々都会派コメディの亜流だから
さりげないおしゃれへの気配りが、イヤミにならないんだと思う
石立のオーバーアクションな演技や台詞の喋り方は、なんとなくジャックレモンを
意識しているような気がしないでもないな。石立本人も松木ひろしを日本のニールサイモンって言っているしね
杉浦直樹も、ニール・サイモンの系譜を感じるよね

石立評価ってのは、松木評価やユニオン評価と込みって感じがするよね、冷静に見れば

よく「小宇宙もの」って言ってて、設定、背景、劇団のような不動のキャストといった、普遍的な強固な空間があって、
だらだらと代わり映えのしないスモールトラブルが毎回、解決されて終わるっていう

局制作のものはビデオもんが主流だったけれど、外注モノはフィルム撮影
2025/11/10(月) 15:03:52.72ID:CQXBP6Hd0
脚本家は松木ひろしが主で、彼の脚本は秀逸と言える。
他の脚本家では書けないようなせりふがところどころにある。
これほど人の感情の機微を表現できる脚本家はめったにいない

テレビドラマがダメになったのはあまりにも時世に寄りすぎてより現実的によりシリアスにやりすぎたのが問題なんだと思うよ。
(ここでいうシリアスとは「深刻的に」という意味)
例えば学園ものでも日テレの青春シリーズに比べて金八なんかは現実的で問題提起がシリアス過ぎたという感があるな。
あれなんかどういう作家が書いたのかよく知らないがあまりにも問題解決の仕方が小役人的な教師像ですごく嫌悪感を憶えたな。
あれ以降、学園ものに限らずドラマにというものがつまらなくなってしまったな。
「飛び出せ」に代表される学園ものにしても、この石立ドラマに代表される
ホームドラマにしても、そして刑事ドラマにしても当時のは結構辻褄が合わなシーンなんかでてきたりしてこんなものは
現実にはありはしないということがわかっちゃいるんだけど個々の役者のスキルや台本や構成等で楽しめたんだよな

渡る世間」はただ人間の嫌な部分だけをこれでもかこれでもかという風に見せ付けているだけ。
同じホームドラマといっても見てよかったという感じがしない(というか寧ろ不愉快な思いしかしない)
松木や向田等のドラマを見て育ってきた奴はふつう橋田ドラマは嫌いじゃないのだろうか?

石立談では番宣でバラエティに出なかったもんだから、バラエティからドラマに
異動になったプロデューサーがそれを根に持って切ったという
2025/11/10(月) 19:14:03.07ID:CQXBP6Hd0
主演きつくなると妙なコラボが増えるな
裕次郎も吉永小百合との共演作は覇気もなにもない状態になってるし

時代から取り残されつつある主演俳優が
末期に内容的に無理のあるドラマを作ってしまうという構図もあるよな
そういうのはだいたい事務所行政丸出しだし
またそういうドラマに限って脚本家の偏った主張みたいのが出てきたりもする

石立の演技は「パパと呼ばないで」が最高な気がするんだが日本版ペーパームーンだなとオモタ
相生橋を仲良く渡るシーンが、ペーパームーのラストと被る
しかしペーパームーンより、パパとのほうが1年位先なんだよね

ペーパームーンには原作があって1971年に出版されたもの
「パパと呼ばないで」は1972年10月からの放送なので発想はパーパームーン)のほうが先
元々アメリカのシチュエーションコメディーを日本風に翻訳したのが石立ドラマ

三丁目の夕日のCGには出せない空気感
今のような高層ビルもほとんど無くて遠くまで見渡せる。

江戸時代に大坂の佃村の漁民が大川(隅田川)河口の干潟を拝領して築いたのが佃島だけど、
大坂の風習とか言葉とかがちょっとは残ってたりしたのかな?

月島は明治の古地図を見ると民家が数軒あるだけ
水が無ければ人は住めないんだよ
今の住民は水道が通った大正期以降に移住してきたんだろう
2025/11/10(月) 20:25:05.90ID:CQXBP6Hd0
松木ひろし、向田は一切 葉村彰子のペンネームでは脚本に参加していませんでした。
葉村彰子は実際は当時の若手脚本家

例えばAさんの担当した回とBさんの担当した回のシナリオが酷似していたりしていても
お互いの担当回を見ることは撮影スケジュールの都合上殆ど無いから気が付かなかったりするんだって。

家の玄関の戸を開けて、家の中の雰囲気をつかむように言う「ただいま〜っ」。
そして畳に上がってからもう一度和やかに「ただいま」。
あの演技、「ただいま」を2回言うところがホントにうまいと思うよ

「茶の間」の崩壊、同じような役のマンネリ、連続ドラマから2時間ドラマへの時代の流れ
熱血から斜に構える見方(たけし)に移っていった時代の価値観など石立ドラマの終焉の要素は色々考えられる。

寺内貫太郎一家と前略おふくろ様のDVDも幾つか持ってるんですが、「寺内」のほうは舞台が谷中、「前略」は深川(木場)でしたっけ。
でも「パパ呼ば」のようにロケが多用されてないんですよね。(ほとんどセット・・・9割がたかな?)
映画スタッフが丹念に作ったと言われる通り、「パパ呼ば」は下町感を出すためかロケの面でもじっくり作ってるなーって感じます

大阪育ちだけど、東京(関東)の人を一番うらやましいと思うところは
自分の幼少の頃の思い出の地の映像が、放送局、映画、DVDなどに豊富に
残されていて、その多くが今、見ることが出来るようになっていること。これは本当にうらやましい。
遊園地、百貨店、駅、空港、海水浴場、道路、商店街・・・。

なぜ佃が舞台になったのかというと、スポンサーだった月桂冠(酒造メーカー)の東京支店が、佃3丁目なんだね。
石立ドラマにやたらと日本酒や一升瓶が出てくるのは、やはりスポンサーのからみらしい。
2025/11/10(月) 23:49:00.93ID:CQXBP6Hd0
芸能人のギャラは一度上がると下げるのが難しいんだよね。視聴率のとれない、特に
主演級の俳優は何度か低視聴率を続けると声がかからなくなっちゃう。
特に民法の連ドラはギャラが決まってるから。映画だと制作費との兼ね合いとかいろいろ
あるしNHKはもともとギャラが安いからあんまり関係ないんだけどね。
逆に言えば掘北とか上戸とか主演で大きく外しても主演ドラマのオファーがくるのは
今のギャラが格段に安いからなんだよね。ここいらの女優はドラマはCM契約を有利
にするための宣伝と割り切ってるからドラマのギャラはほとんどゼロに近い。

シチュエーション・コメディは制作チームの力でできるものだから、
石立さんを生かすチームが解散すれば、続かない。
70年代は石立鉄男の演技、大野雄二の音楽、伊集加代子のスキャット

久世+向田存命中は「寺内貫太郎一家」みたいなドタバタが多かった。
TBSにあてたシリアスものでも「冬の運動会」「家族熱」「幸福」には久世はタッチしてない。
向田が本当に書きたかった世界はおもにNHKに渡したほうのドラマで、和田勉や深町幸男が演出した。

向田邦子の代表作『父の詫び状』の舞台となっている家庭環境が「戦前の標準的な家庭」として描かれていて、
一般からもそう受け取られているが、実は非常にエリートの特殊なもの

向田 ワダさん、ホームドラマをやってみよう。
 僕 どんなふうに?
 向田 ホームドラマという以上、セックスというものがど真ん中になくてはならない。
小津(安二郎)さんの作品は皆そうでしょう。セックスの結果、冠婚葬祭というモノがついてまわる・・・・・・ね。
 キャスティングがまた意表をついていた。このキャスティングはまさに向田邦子的といってよく高度経済成長の顔とは逆である
このシリーズは翌年もつづけられるんだが(パートT、Uで計七本)、ともかく「家」の中で男はペシャンコという形は
男優陣に大いなる不満をかもし、緒形拳さんはパートTで降板、佐分利さんは毎回不満を僕に爆発させた。
しかしこの「女」主体のドラマは、いまも強烈な印象を視聴者に残している。
2025/11/11(火) 00:55:12.28ID:7UuJUJkg0
向田作品に潜む悪意の感触がすごく好き。悪意は嫉妬だったり、羨望だったり、僻みだったり、階級意識だったりするのだけれど、
その悪意をどこかで愛し面白がっている視点が乾いていて、慄然とするよりも妙に納得してしまう。
向田さんはとっても怖い女のアヤを描きながら、それをポーンとつきはなした男らしさが魅力ですが、
久世演出はウエットなのとネチっこいため、私個人は苦手。
過剰な昭和30年代までの東京へのオマージュも向田作品の切れ味を
阻害してる気がするので、久世物は向田作品とは違うと感じてます。
どんなにドロドロを描いても、それを乾いた視線で捉え、ときには自分を笑い飛ばすようなしたたかさを持つ…、
そういうのが向田作品のよさだと思います。久世氏の演出にはそれが感じられない。
正月の風物詩のように「向田ドラマ」として久世さんが独占的に演出してるのをみるたびに、内心苛々してました。
向田作品はドラマシナリオが一番好きな自分としては、
久世演出ドラマのせいで向田作品が妙にねばついた感傷的なものとして若い世代に継承されてしまったことは「悪」だと思ってる

民放の向田作品なら、「隣の女」などがよかったですね。でも、やはり一連のNHK人間ドラマシリーズにはかなわない。

「あ・うん」は映画の方は高倉健というところで、アウトだと思いました。
フランキー堺と杉浦直樹こその世界があまりに強かったものですから
2025/11/14(金) 16:58:51.34ID:MgmpPZCO0
・中国のゲノム研究所の米のDNA調査で水稲は揚子江流域から日本へ伝わりそして朝鮮半島に伝わったことがわかっている。(朝鮮半島の川は漢字で全て〇〇江と書く。
中国北部は河であり中国南部が江というのは、日本経由で水稲とともに川名が伝わったと考えられる)
2025/11/17(月) 23:18:36.69ID:e2aXPc7T0
1937年、中国の全面抗日戦争が勃発した後、台湾省から5万人以上の若者が本土に戻って参戦
20万人が日本軍に加わった
2025/11/17(月) 23:26:14.67ID:e2aXPc7T0
台湾有事のシミュレーションは
24回中3回だけ中国勝利、それは「自衛隊が米軍に補給しない」ケース
中国は補給がなければ勝てると思ってる
2025/11/19(水) 13:35:36.29ID:ugQXpS0y0
インド首相の立場なら、「表敬」でしょう。
あたかも宗教的な意味合いを含む「参拝」と捉えるから、ややこしくなるのです。
靖国問題と同じです。
2025/11/19(水) 17:41:42.05ID:ugQXpS0y0
80年代のシンガーソングライターは何故こぞってスプリングスティーンサウンドを真似たんだろう
佐野元春、長渕剛、甲斐よしひろ、浜田省吾、織田哲郎、中島みゆきなど枚挙にいとまがない
同時期のバンドは逆で、アメリカンロックが少なくて総じてUK寄りだった

歌のメロディはロックなんて3コードなんだから
似るのは仕方ないし語りかけるような歌い方はみんな同じ

スプリングスティーンをパクって売れた佐野元春は、労働者のヒーローという部分は受け継がなかったんだな
本当の魅力は歌詞だから多分日本人には伝わってないと思う とマーティフリードマンが言ってたな

昔は情報格差を利用してウマウマしてた人意外と多いんよね
昔はよく似てる楽曲とかのラジオコーナーがあったりしてそれで笑ったりしたけど
今はもうネットの時代でそういうネタにする雰囲気では無いからな

ビーズはエアロとかガンズパクったけど、後にそいつらと共演してるから凄いよな

鼻歌をプロデューサーに渡して実際作るのはPとスタジオミュージシャンだからな
スタジオミュージシャンが数年前流行の洋楽を拝借するのは仕方ない

尾崎豊もそうだな
マイナス思考のボスw
尾崎豊は佐野元春リスペクトだから許してくれ

佐野元春が凄いのはスプリングスティーンの名曲
ロザリータのビデオライブクリップがあるがそのライブクリップの演奏状況をそのまんまパクっているのがあるんだよな

浜省はあいみょん並みに替え歌マンだろ。元ネタがスプリングスティーンだったりホールアンドオーツだったりビーチボーイズだったり
音楽的バックグランドがないところもまるでそっくり

アイドル曲のパクリが多いのがボブ・ウエルチのソロアルバムな
筒美京平が相当パクっていた
2025/11/19(水) 18:03:38.79ID:ugQXpS0y0
ポップやロックはビートルズとストーンズが8割作ってるって言わてるからほぼほぼパクリになる

キング・ダイアモンドはジーン・シモンズに訴えるぞと脅されてメイクを変えたらしいが、
聖飢魔IIのキッスは叩かれないのかよww

たまのランニングは山下清のパクリな

本人の曲よりパクリが流行したこの国
佐野元春はパクリ方がわかりやすい丸パクリで下手くそなんだよな
やってることは山下達郎なんかとかわんないパクリなんだけど

観客の女性をステージにあげて一緒にダンスするのもパクったよな

アメリカのポップスはガチガチの形式感があって
部分をパクる日本のポップはそれが崩れているものが結構ある
で形式が崩壊してた方が音楽美的に面白い作品ていう場合は確かにあるドリカムとか
2025/11/19(水) 18:20:05.61ID:ugQXpS0y0
初期のミスチル(学生時代〜ザ・ウォールズ時代)はU2そのまんまだったからね。
あの時代の典型的なニューウェーブのバンドサウンドでありコステロの影響は見られなかった。
言われて意識して路線変更して、オールディーズっぽいポップをやるようになったのだとは思う
昔 音楽雑誌のインタビューでエルヴィス・コステロにミスチルを聴かせて苦笑されてた

もうスプリングスティーンクラスになると半分パブリックドメイン化してるな
ドラえもんやサザエさんと一緒で、他誌や他局が気兼ねなく名前出すようなレベル

ブルース・スプリングスティーンって翻訳すると青春時代
2025/11/19(水) 19:00:50.84ID:ugQXpS0y0
そもそも日本の歌謡曲そのものがパクリ文化だから
というか音楽に馴染みのない日本人に噛み砕いて訳して広めたと言って良い
そのムーブなければ今より演歌していたよ
パンクやラップですら演歌にする国民なんだから

小沢健二は共有できるサンプリングが楽しいと言ってたな
上の世代の手の内明かさないで音楽やってる感じがケチ臭くて嫌だったとも

スプリングスティーンの黒人のしゃがれ声とは違うあの声は唯一無二
ロックにソウルを持ち込むのは多くのミュージシャンがやったことだがスプリングスティーンは最も自然に成し遂げたと思う

B'zはエアロスミスの歌い方そのまんま
最初の頃はステージングと服装はguns丸パク

まあどんな仕事でも自分で作れない人が「〜プロデューサー」とか
「〜ディレクター」とか「〜マネージャー」とかいう肩書のついた
エラい人なので、そいつが「実際に作る人」にどんなオファー出して
いるかといったら「これと似たやつおながいします」って言って他人の作ったもの渡しているだけなのである

サンタナのsmoothって曲がカーラジオから流れて来た時に、横で聴いていた嫁さんが「サザンの新曲?」って言ってたなあ…

「私は気にしないよ。そうやってロックンロールは機能するものだ。別のスリリングな曲から一部を取り入れて、新しいオモチャを作る。私もそうやったものだよ」
エルヴィス・コステロ
2025/11/19(水) 19:15:26.79ID:ugQXpS0y0
JPOPは洋楽のパクりで〜って言うと音楽通みたいになれるよね
2025/11/21(金) 21:27:12.72ID:GLWWC18A0
ジャズの真髄とも言える、スウィング。
「振り子を想像してください。端でゆっくり、真ん中で速くなる。ゴルフのスイングと同じです。『カッカッカッ』というメトロノームの均等なリズムじゃなくて、『トゥーク、トゥーク』という振る感じ」
この独特のリズムの「揺れ」が、ジャズ特有のグルーヴを生み出します。同じ4拍子でも、クラシックやロックとは全く違う感覚。
メトロノームのような機械的なリズムではなく、重力に逆らいながらも自然に揺れる、生きたリズムなのです。

ジャズのハーモニーは、ポップスに比べてずっと複雑です」
特に重要なのが「ブルーノート」。通常の音階より3度と5度が半音低い音階です。このズレが、ジャズ独特の哀愁や色気を生み出します。
同じメロディーでも、ハーモニーが変わるだけで全く違う表情を見せるのです。

1940年代、ジャズはダンスミュージックとして商業的に大成功していました。しかしチャーリー・パーカーは「これじゃダンスの伴奏じゃないか」と反発。
より複雑で、聴くための音楽「ビバップ」を創造しました。
「パーカーの演奏は、それまでの常識を完全に破壊した。誰も追いつけないスピード、考えもしなかったフレーズ。でもそれが新しいスタンダードになったんです」

そのパーカーの弟子として登場したのが、後に「ジャズの帝王」と呼ばれることになる男、マイルス・デイヴィスでした。
彼こそ、破壊と創造の体現者でした。自身でトレンドを作り、それをさらに壊すのです。

セロニアス・モンクは、音程もリズムも「間違っている」ように聞こえることがありますが、それは計算された逸脱。既存の美意識を破壊し、新しい美を創造する究極の個性派です。

クラシックの素養を持つビル・エヴァンス
非常に耽美的な旋律で、特に日本人好みの音楽を作る人でした。ピアノトリオ(ピアノ、ベース、ドラム)という編成の魅力を広めた功労者でもあります
「3つの楽器だけでこんなに豊かな音楽が作れるのかと驚きます」
2025/11/22(土) 22:25:30.07ID:UKXBVOLG0
イベントビューアー
は、Windows11のシステム内部で発生した事を記録するツールです。 エラーや警告、情報などのログを確認

================================
Windows 10の「Kernel-Power 41」
「kernel-power 41」エラーが発生すると、「システムは正常にシャットダウンする前に再起動しました。このエラーは、システムの応答の停止、
クラッシュ、または予期しない電源の遮断により発生する可能性があります」というエラーメッセージが表示

また、「kernel-power 41」エラーは、電源装置の電力不足または障害が原因で発生することがよくありますが、
古いドライバーなど、その他のいくつかの理由もあります

エラーを修正する最初の方法は、電源オプションを変更することです
次の時間が経過後ハードディスクの電源を切る」を順に展開します。次に、なしに設定するか、0を値として入力します。
スリープ」>「次の時間が経過後スリープする」を順に展開します。次に、Neverに設定するか、0を値として入力します。
。。。。コンピュータを再起動して、kernel powerイベント41エラーが引き続き発生するかどうかを確認します。

すべてのドライバーを更新する
ドライバーが古くなっている場合は、イベントID41 kernel powerが発生する可能性があります

kernel power 41エラーの原因は、高速起動機能である可能性があります。
これは、この機能を有効にすると、実際にはシャットダウンされていないのに、
コンピュータが完全にシャットダウンされていると思われることがあるためです。
カーネルパワー41エラーを修正するには、高速スタートアップ機能を無効にする必要があります
2025/11/22(土) 23:05:27.90ID:UKXBVOLG0
hatenablog ガジェット探検記

Windows 11でマルチディスプレイが検出されない問題でお困りですか?

電源管理・スリープモードの影響
Windows 11の電源管理機能が過度に働くことで、外部ディスプレイへの電力供給が不安定になり、
検出に失敗する場合があります
スリープから復帰後にマルチディスプレイが認識されない
2025/11/23(日) 16:21:37.93ID:C+lY73b00
パソコンの電源が突然落ちる症状に悩まされています。
一度電源が落ちると電源ボタンやリセットボタンを押しても起動しなくなり、電源コードを抜き差しすると起動するようになります。
頻度やタイミングはまちまちで平均1日に2,3回落ちます。

ご質問の内容からすると、Kernel-Powe イベントID 41で、KP41病という病気です。
私の場合はメモリの相性でした。
BIOSでメモリの速度を落とす事で改善しましたが、現在ではBIOSアップデートで完全に解決しました。
Windowsに問題がある場合、システムの復元で改善します。
3週前の復元ポイントがあれば復元してみるか、Windowsを初期化してみるかです。
多くの場合はメモリとか、電源ユニット、マザーボード等ハードウエア等の問題です。
メモリの相性やオーバークロック メモリ等でも発生しますが、原因を特定するのは難しく、パーツをを交換してみないとわからないものです。
===========================================
ハードディスクの省電力機能を無効にする
Windowsには省電のためハードディスクを自動でスリープする機能があります。
この機能が原因で「Kernel-Power 41」のエラーが引き起こされるケースがあります。
ハードディスクの省電力機能はデフォルトで有効になっているため、設定変更することでエラーが解決する可能性があります。

「電源とスリープ」設定画面が表示されたら、「関連設定」の下にある「電源の追加設定」をクリックします。
ウィンドウ右にある現在選択されている電源プランの「プラン設定の変更」をクリックします。
「詳細な電源設定の変更」をクリックします。
「電源オプション」ウィンドウが開いたら、中央のリストにて「ハードディスク」ツリーを展開します。
「設定(分)」を「なし」に変更します
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BIOSのバージョンが古く不具合があることが原因で、「Kernel-Power 41」のエラーが発生することがあります。
そのため、BIOSをアップデートすることでエラーを解消できる可能性があります。
BIOSのアップデート手順はメーカーによって異なるため、パソコンのメーカーサイトを確認して、指定の方法でアップデートを行ってください。
2025/11/23(日) 17:30:44.34ID:C+lY73b00
ページングファイルのリセット
 ネット情報を調べると、「仮想メモリ(ページングファイル。HDDやSSDを一時的なデータ置場として使用する機能)」が原因で
「電源消失の記憶が残る」らしいとの記述がありました。
具体的なメカニズムは不明ですが、いったん「記憶が残る」と、高頻度でKP41エラーを繰り返すようになるとのこと。

システムのプロパティ」ウィンドウで、「詳細設定」タブを選び、「パフォーマンス」の「設定」をクリック。
続いて、「パフォーマンスオプション」ウインドウで、「変更」をクリックします。
「仮想メモリ」ウインドウが開いたら、現状の設定をメモしておきます。その後、「ページングファイルなし」を選び「設定」クリック。
ワーニング画面が出るので、確認します。この変更を有効するには、再起動が必要です。
再起動をすれば、いったんページングファイルがゼロになり、内容がリセットされるはずです。
再び同じ手順をふんで、ページングファイルの設定を、変更前に戻しておきます。
★重要★仮想メモリの設定変更は、システム動作に大きな影響を与える可能性があります。設定を元に戻すことが大事です。
2025/11/23(日) 19:08:47.69ID:C+lY73b00
ダンプ解析をします。
ダンプファイルはシステムエラーになった際にPCが最後の力を振り絞ってエラーの原因を伝えてくれているファイルですが、これを調査することによって何が原因でエラーが発生したかを知ることができます。
ただ、詳しく解析しようとすると専門的な知識が必要なので、簡易的な方法でやりましょう。
まず、下記のページからWindbgというツールをダウンロードします。
h t t p s://learn.microsoft.com/ja-jp/windows-hardware/drivers/debugger/
ダウンロードしたら管理者権限でWindbgを開きます。
※管理者権限でないとダンプファイルにアクセスできないので注意
「File」→「Open Crash Dump」の順でクリックします。
クリックしたら、解析するダンプファイルを選択します。
ダンプファイルの以下のパスにあるので、一覧の中から解析するファイルを選択してください。
C:\Windows\Minidump
選択して開いたら 「!analyze -v」をクリックします。
クリックすると解析が自動で始まるのでしばらく待ちます。
解析が完了したら、一番下に原因ぽい一覧が記載されていると思うのでそれを順番にブラウザで検索します。
私の場合は、これで原因が特定できました
ちなみに原因はあるハードウェアの互換性問題でした。
そのハードウェアを使用しないようにするだけでkp41は発生しなくなりました。
2025/11/23(日) 19:50:08.96ID:C+lY73b00
「SuperFetch(SysMain)サービス」を無効にしないほうがいい場合
スリープや休止状態をよく使う方は、無効にすることはおすすめしません。
スリープや休止状態をよく使う方が一番「SuperFetch(SysMain)サービス」の効果を感じられます。
無効にすると一気にスピードが落ちるのが分かります。

スリープや休止状態からの復帰が遅くなってきた場合は、
「C:\Windows\Prefetch」フォルダー内のファイルをすべて削除することで解決することが、検証により分かっています。

「SuperFetch(SysMain)サービス」を有効にしている場環境で、PC を長期間再起動せずに使用している場合、おかしな不具合が出ることがあります。
その場合は、PC を再起動することで、ほぼ解決できます。
2025/11/23(日) 21:10:14.34ID:C+lY73b00
ページングファイル
有効にすれば、Windows はシャットダウンするたびに、pagefile.sysが削除されます。その手順は、以下の通りです。

「コンピューターの構成>Windowsの設定>>セキュリティの設定>ローカルポリシー>セキュリティのオプション」の順に移動します。
右側から「シャットダウン:仮想メモリのクレアする」を探してダブルクリックします。
ステップ3. ローカルセキュリティ設定のダイアログで、「有効」にチェックを入れたら、OKをクリックして変更を保存します。
これで、シャットダウン時にpagefile.sysは自動的にクリアし、機密データもすべて削除されます。Windowsは、起動時に新しいpagefile.sysで起動します。
2025/11/24(月) 00:39:12.04ID:Dx6VHKkH0
完全シャットダウンしたかどうか確認したい場合
「タスクマネージャー」が起動、「パフォーマンス」タブをクリック
完全シャットダウンしていると「CPU」の稼働時間がリセットされています
2025/11/24(月) 12:23:03.38ID:Dx6VHKkH0
カーネルパワー 41は、強制終了したときに発生するログになります。
その前後に何かヒントになるものがあるとは思います
2025/11/24(月) 13:54:06.90ID:Dx6VHKkH0
Windows 10までは、[管理ツール]という名称でしたが、
Windows 11では [Windows ツール]に名称が変わっています。
2025/11/24(月) 14:07:59.48ID:Dx6VHKkH0
「WMI コントロール」を起動する方法
「プログラムとファイルの検索」の欄に
WmiMgmt.msc と入力
2025/11/24(月) 19:03:54.76ID:Dx6VHKkH0
2025 年 10 月のセキュリティ更新プログラム適用後、一部の Windows デバイスにおいて、
起動時に TPM-WMI ID: 1801 のイベントが記録される事象が報告されています。
本イベントは、Secure Boot 証明書の更新について、
今後のセキュリティ更新を正常に受け取るために必要な対応を促すイベントであり、想定された動作です。
2025/11/24(月) 21:33:53.86ID:Dx6VHKkH0
イベント ID: 63

これらの警告メッセージは、Configuration Manager クライアントのインストール中に予期され、
無視しても問題ありません

Configuration Manager クライアントのインストールが完了した後も警告メッセージがログに記録され続ける場合は、
スケジュールされたタスクの Configuration Manager クライアント再試行タスク が正常にインストールされた後に削除されなかった可能性があります。
Configuration Manager クライアントが正常にインストールされた後もこれらの警告メッセージが引き続き表示される場合は、
スケジュールされたタスクでこのタスクを削除または無効にすると、多数の WMI 警告メッセージが生成されなくなります
2025/11/30(日) 14:54:00.88ID:mOOZPR7b0
清朝と日本国民は一貫して西洋への開放に反対しており、それには深い理由があるはずです。
最初の可能性は金融政策かもしれません。19世紀の清朝や日本は中世の直接金属通貨にほぼ縛られていましたが、西洋列強は金本位制の発行段階に入っていました。 しかし、国際貿易は依然として銀で行われています。
金本位制通貨国は銀の流出に耐えられる柔軟性がありましたが、中世の金属貨幣経済はそれに耐えられませんでした。
さらに、15世紀のルネサンス以降、西洋は400年にわたり商品経済を発展させてきました。率直に言えば、西洋の商人はすでに世界中で買い物や売買したい商品を見つけるのが非常に上手いです(清朝は当初、港が西洋人に開かれていると自信を持っており、
西洋人は銀と茶を交換したくないと感じていました。問題は柔軟な西洋商人たちが中国人の心と娯楽の空虚さを非常に敏感に感じており、それが中国で制御不能なアヘンブームを引き起こしたことです)。実際、西洋人がアヘンを見つけられなくても、 最終的には、中国銀器を手に入れるための他の方法が見つかるかもしれません。
二つ目は、中国や日本の農業者の「副業」はすべて繊維やかご、靴などの手工芸ですが、西洋はその時代に産業革命に入っており、布やかご、靴などの基本的な品を非常に効率的に機械化できているため、西洋の商人を開放すれば多くの人の「家族の工房」副業が壊滅するはずです
2025/11/30(日) 18:13:23.45ID:mOOZPR7b0
第二次世界大戦後、毛沢東は中国共産党と中華民国政府の対立の首都として長春を奪取しようとし、林彪は「人々の出入りと食料の持ち込みを禁じる」という飢餓戦術を用いて、人口60万人以上、人口わずか17万人の長春を350日間包囲した。

この本には多くの秘密が詰め込まれています。1948年6月5日、林彪と羅榮煥は軍に対して「長春包囲法」を発令しました。 毛沢東は6月7日に「敵の食料源を地面から断つ必要がある、そして完全な勝利までこれを続けなければならない」とメッセージを送った。
その後、中国共産党は長春市の食糧供給を消費し、国民軍を倒し、市内の人々の逃亡を厳しく禁止するために、都市を厳重に封鎖する手段を採用した。

日本人生存者の遠藤裕も、当時死体で溢れていた長春市の息苦しい状況や詳細、そして「親が子供を食べる」や「人肉を1斤250万元で売る」といった倫理を突破した息苦しい状況や詳細を語っています。
2025/12/01(月) 22:03:09.18ID:7WPXf07p0
羌族はチベット族ではないことに注意
あれはチベット・ミャンマー語派、って意味
たとえば「フランス人はイタリア系」って言うようなもので、
フランスは元々ラテン系だけど イタリア系とは違うはず(親戚関係だけど)
2025/12/01(月) 23:11:21.86ID:7WPXf07p0
日本は第二次世界大戦で敗北した国であり、当時アジアに大きな被害をもたらしました。
しかし、それは85年前のことで、3世代経った今、日本はすでに平和な国です。
そして世界に多くの貢献をしています。
言うまでもなく、1950年以降アジアに本当に害を及ぼした国々は誰もが知っています。
2025/12/02(火) 00:47:07.82ID:eByMC/bK0
中国陸軍で最も信頼性の高い車両エンジンは依然として日本のエンジンであり、ミサイル車両も含まれます。 さらに、日本の油圧システムも存在します
2025/12/02(火) 00:49:56.20ID:eByMC/bK0
安価な20機が運用に入った直後にCCTVがドキュメンタリーを送ったのを覚えています。
映像は安い20度のパイロットが布で機体を拭いている様子で、記者はインタビューで「なぜ水ですすぐらないのか?」と言いました。パイロットは(趣旨で)こう言いました。
「安価20は国の宝であり、水で洗えばステルスコーティングが簡単に剥がれてしまう」と
2025/12/02(火) 01:20:55.38ID:eByMC/bK0
太平洋戦線の大規模な介入がなければ、今日の東アジアの歴史はまったく異なる道をたどっていたかもしれません。

戦後の異なる政権の統治モデル、制度の違い、社会発展の軌跡は議論し比較する価値があります。
しかし、これらの問題は単なる国民感情に訴えるのではなく、制度的・政治的な議論に立ち返るべきです。

重要なのは、歴史を議論する際には、集団全体に複雑な歴史的責任や評価を押し付けるのではなく、事実やシステム、歴史的資料に焦点を当てるべきだということです。

歴史に対する異なる見解は議論の余地がありますが、それをいかなる民族も全面的に否定するものに還元されるべきではありません
2025/12/05(金) 22:19:28.72ID:VFscE/7r0
満州には契約すらありません。

満州は最初ソ連に占領され、その後国民党と共産党の内戦で中国共産党が支配し、最終的には中国の領土となりました。

これは実際の結果であり、法的な結果ではありません。

つまり、法的には満州は中国の一部ではありません。

少なくとも法的レベルでは、満州は台湾より強い。 もちろん、それは合法的な話です。
2025/12/06(土) 00:08:55.51ID:0LHmgCd80
南京大虐殺を政治の枠を超えて見ると、日本にとっては単なる軍紀違反であり、中国にとっては軍紀の違反すらなかった。戦争中の中国軍の一般的な行動であり、後の長春包囲戦がその例として挙げられる。
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