そもそも時間が個人性の物の見え方に過ぎないかもしれないのに前世や来世といった過去未来の時間軸の見方をしてもしょうがない
今世が前世や来世と関係があるとしても時間すら実はない(個人性の錯覚)のだとしたら見方は全く変わる