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実用聖書注解 いのちのことば社
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増訂新版 新約聖書略解 日本基督教団出版局
p52
 マタイ 10章
一〇・二四−三三 恐れるな
(マコ四・二二、八・三八 ルカ八・一七、一二・二−九)
二五 主イエスさえ、この世において
誤解、迫害を受けられた(九・三四)。
主イエスの伝道者はその主よりも成功しようなどと
思ってはならない。もしイエスがベルゼブルの仲間であると
ののしられたとしたら、弟子はなおさら悪口を言われる
覚悟でいなければならない。
《ベルゼブル》悪魔のかしら。
ヘブル語でゼブルは住居を意味し
ベルゼブルは《家の主人》という意味。
二六 《おおわれたもの》《隠されているもの》
天国の奥義は人の目に明らかに見えるものではなく、
その言葉は雲におおわれて見えないようでも、やがては
必ず現われて世界に知られるに至るであろう。イエスと
その言葉が十字架の死後に至るまで隠されていたように。
二七 弟子の小さいグループの中で話されたことを、
広く世界に向かって宣べることを望まれた。
《耳にささやかれたこと》ラビはその弟子だけに
わかるような秘法を語ったが、イエスの教えは
少数者に聞かせる秘法ではないから、世にあまねく
宣べ伝えなければならない。