デューイは、「そもそもなぜ高視聴率が欲しいのか?」と聞かれ、「それはダーウィンだね」
と答えている。
つまりは、「医学に関する情報を発信したい」と考えたのだ。
「風邪」なんてものは、三千ページの医学書のわずか「20行」にしか書かれていない。
玄関の取っ手に青酸カリを塗ることは、誰にも止められないし、「情け」とは家族の学問
であったため、家庭内で、食べ物に毒物を混入されることも誰にも止められない。
つまりは、「家族のメンバーとして受け入れることが困難」と考えられた者が
風邪を引いていたのだ。
「愛されていない者」は、愛を必要としていたために痩せていた。
「Food or Love」という問題は、両親との関係も考えると男にもいえる話であり、
愛を必要としている者は、食べる量も少なく、怒りを感じながらテレビを見ていた。
信頼している人に裏切られても成績は伸びない(自己欺瞞)し、自分と世界がかけ離れていなければ(自己疎外)
成績を伸ばす動機はない。
テレビとは、自分と家族・世界の妥協のために見るものであった。
「自分と世界がかけ離れてる?」「信頼している人に裏切られた?」
大学というのは「人気」の研究をするところなんだよ。
勉強が苦手ならば、よくテレビを見てごらん。
「ふたりの女にひとりの男」「イエスキリスト」「女心=大自然」「コンサート=主婦層の団結」
にせよ、テレビには学問の目的が描かれている。
テレビの世界では「フラッシュを焚かれる」というのは「罰」だった。
「社会のメンバーとして受け入れるのが困難」な者すらテレビで「フラッシュを焚かれて」いるではないか。
テレビを見て「たくさん食べる」、これが医学の基本なのだ。
ダーウィンは「息子が父より背が高い」こと以外に「進化」は望んでいなかった。
「食べられない」「眠れない」人は世の中に確実に存在したのだ。
「CMは女に命令を出すものだ」としたが、実際は「男女を問わず、人間の痛み」に訴えかけていた。
「風邪を引かなくて勃起できれば男じゃないか」というのがテレビの答えでもあった。
https://www.youtube.com/watch?v=Oi483mUqQMg