瞑想体験が幻覚や妄想でしかないということは、まだ五蓋のなかに埋没していることを意味する。
瞑想という言葉を使ってはいるものの、その実その中身は、思考や感覚のなかにいるということです。

一方、仏教における正定は五蓋から抜け出していることが条件なので、その状態に幻覚や妄想はありません。
従って、明確に違いはあり、区別もできます。