>>162
インドにおける有神論や終末論が、イランのゾロアスター教とまったく無関係に展開したとは思われない。
後一世紀におけるインドの宗教と西アジア・中東との宗教との間には、偶然に帰るするにしてはあまりにも多すぎる並行現象がめだつからである。
無量光仏と光明と正義の神アフラ・アズダー、無量寿仏とイランの一神教的な神ズルヴァン・アカラナ(無際時)、
インドの三尊仏と初期ゾロアスター教の三位一体観(アフラ・マズダーとミトラ、マナーヒターの三神)、
メシアとしての弥勒とゾロアスター教の救世主サオシュヤント、『転輪聖王獅子吼経』に王の象徴としてあらわれる輪宝や仏像の光背(とくに頭光)と、
イランのフワルナフ(光輪)との類似などなどは、両地域の文化交流を何らかの形で考えないでは説明できないことである。

梶山雄一「阿弥陀仏論争」(『インド古典研究』第6巻所収)