イエスが神殿で暴力犯罪を行ったのは、人々が己以外の
神を崇めていることに耐えられなくなっただけ。他の
すべてのユダヤ教徒は、そんなことは考えていない。
お祭りと縁市を楽しんでいた。また、貧しい商人たちは、
己とその家族のために誠実に商いしていたのである。
自ら藁で暴力用の鞭を作るイエスの姿は、己を信じて
くれない者に対する憎悪に溢れているではないか。

貧しい人を憐れむのはよいが、富者を憎悪することは、
人間差別である。イエスは、富とは、社会に対する貢献の
対価であることに、思い至っていない。貧者は、富者が
いるからこそ潤う。貧者だけでは、共倒れである。