さて、こまったものですが、まちこ師に一言だけお願いしたいことがあります。

わたしの知っている教会で、そこの信徒役員たちにより、礼拝中に牧師の
失格を表明され、講壇を降りろ、降りないの闘いになり、とうとう警察を
呼び出したという事件の顛末を、その牧師から聞いたことがあります。
その牧師は自分の落ち度ではなかったとしても、牧会が不十分であった事
を、信徒役員たちに誤り、その席にわたしは同席しました。

まちこ師は神父・牧師・教師の役目をどう考えておられますか?
この役目が決して安易には果たすことができない役目であることをご存知
だと思います。

以前のコメントで、シャロン姉のことを、「後はうみのなみさんにおまかせ
します」というご発言を読んだことがあります。元信徒の事をそんなに簡単
に人に任せれるものでしょうか?それこそ命をかけて信徒を愛するくらいの
気持ちで始められた、宣教活動ではなかったのですか?

もし多少の信徒の思い込みや、教理上の食い違いが有ったとしても、その信徒
を愛していることを第一ベースとして、学び教えていくならば、相手の間違い
もしかしたら、自分の間違いのどちらかであったことは、そのうち明らかに
なってくることだと思うのです。

イエス様のように、理不尽な対応を信徒から受けたとしても、相手を許し愛する
ことを実践する宣教活動であるならば、自ずとその成果は実を結ぶと思います。

宣教に活動に於いて、忍耐と犠牲を払うことができないのならば、宣教者として
の資質がご自身にあるか否かを、主イエス様に問うてみる必要があると思います。