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いまでこそ、イエスキリストを信じると口にするのはたやすい事です。

しかし当時、もう一人の犯罪者は、
信仰においては他のユダヤ人の多くと同じであり、

ルカ以外では、人々が、祭司長たち、律法学者たち、

長老たちと一緒になって、イエスを侮辱し、

十字架につけらえた強盗たちも同じようにイエスを罵ったとあります。
(ここでは、強盗たちとあります)

選民であり契約のもとに、神の信仰にあったユダヤ教徒の人々です。

ユダヤ教徒のなかで、イエスの著しい異端性をみるとき、

キリスト教徒が往々にしてイエスを侮蔑し、処刑した人々側となって、

しかもそれが世界規模にまで拡大したと私には、視えます。

法王やカトリックからのキリスト教、(教徒)の歴史的自己反省から来た、

キリスト教がキリストの愛になるという新提案を

卑小な話にしてしまいたいのは、

当時イエスをののしり、侮蔑した古い革袋の人々と
同じ事を繰り返しているのではないかと、思えます。

ただ一人だけ生きている時、天国にいますと人間イエスから言われた、
最後の対話の十字架上での罪人との話は、

すでに個人と神、個人とイエス、を2000年前に
すでに顕かにされていたという事です。