ヘーゲン氏はなぜキリストは十字架上でサタンになったと
誤解されたのか、その経緯を推測してみます。

ヘーゲン氏の上記の勘違いの元になった聖句は以下の箇所
だと思われます。

ガラテヤ人への手紙3章
13キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたし
 たちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に
 、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

この聖句の前半から、「キリストは・・・のろいとなって」
と読み取ることができます。ヘーゲン氏はこの部分から
キリストは十字架上でのろいとなって。つまりキリストは
サタンとなって(もしくはサタンとされて)罪人を贖って
下さったと推測したものと思われます。

パウロがここで、もし「キリストは・・・のろいとなって」
ではなく、「キリストは・・・のろわれて」と書いてくれ
たならば、後世の多くのクリスチャンに誤解を与えること
はなかったと思います。

「キリストは・・・のろいとなって」だとキリストの本質が
のろいに変わってしまったことになりますが、
「キリストは・・・のろわれて」であれば、キリストの本質
はそのまま変わらずに、のろわれた(もしくは呪いを荷なわ
れた)という意味になるからです。

ここでのパウロの真意は、はたしてどちらなのでしょうか?

パウロの真意を知る鍵は、聖句の後半にありました。
パウロは前半で書いた内容を誤解されないように、後半
部分で、説明していると思われます。

聖句後半
「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

木にかけられるものは、すべてのろわれるのですから、
木にかけられた、キリストも当然のろわれたはずです。

聖句の前半でキリストは罪の贖いために、のろいとなった
との書込の真意は、実は、キリストは贖いのためにのろわ
れた、という意味ですよと、パウロは後半で補足しています。

ヘーゲン氏がパウロの後半の書込みにも注意を払っていれば
キリストがサタンになったという誤解を生むことはなったと
思います。