>>222続き
それが理解できてから、徐々に対人関係は恐怖から、逆に得意なものに変わっ
ていきました。人と付き合う時に、この人からなにかしてほしいと望む前に、
この人に何かをしてあげたいと考えると、気持ちが楽になるし、創造的になれ
たからです。

確かに世の中には、良い人ばかりとはかぎりません。自分に対して敵意をもつ
人と出くわすことや、敵意が生じてしまう状況に置かれてしまうこともしばしば
です。そういう場面に遭遇した時、相手を避難することは、イコール、相手から
何かをしてほしいという欲求願望だということに気づきました。

弟子は師のようにあるべきだとイエス様が言われたのは、わたしたちもイエス様
のように、弟子を持つべきだと言うことだと思います。弟子とは誰か?その弟子
はわたしを非難し、敵対する相手だと気付かされました。

なにか偉い存在だらから師というのではなく、受けるよりは与えるほうが幸いで
あるの、与えるれることを考え、実行する姿勢が師ということだと思います。
そして師は弟子に使えるためにあるということも真理だと思います。