高山に天災を用意した天の将軍は、中山みきと申します。天理王命です。
 明治二十一年十一月十一日
 1888年11月11日、高山ならしの着手に天理教会開始します。

 教会本部開筵式につき伺い(陰暦十月二十六日開筵式執行)。
   第一、開会所につき一条。
 さあさぁ書き取れ/\/\/\。
 さあさぁいかなるところの席を尋ねる/\。
 さあさぁ尋ねるところ応法一つの式/\。一寸初めやで/\。

それは、元の理の約束ですが、それには神様の御用が生じます。
 さあさぁ一寸の初めというものは、
 さあさぁ約束はしてあるなれども用がでける/\。

 一寸行てくれ/\/\。さあさぁ世界並では一寸用がでける/\/\。
 さあさぁ心の安心して、それ心安心でければ、さあさぁ屋敷狭ばい狭ばい。
 さあさぁ一寸初めというものは、ふわふわしたようなものである。

本当の高山均しは、世界ろくぢは、百年、二百年、三百年の三年の理がいる。
 さあさあさぁさぁ大層/\事は、一日二日三日、
 大層な事は一日の日では治まるまい/\。

 演歌王は天理教会一条にて、天の将軍の部下として御用を行う軍人です。