日本人の暮らしでの、罪穢れを祓うというのは、
感謝が圧倒していて、
他の命を頂かなければ
生きていゆけない存在であることを、人間なら普通気づきますし、

関係性の中では、故意でなくとも何が連鎖されるかわからないという事も
謙虚を知っていて、
そういう全体性のなかで、罪穢れを祓うは、清潔であろうと 新生する
自分に向けた所作なのです。

万物への感謝の圧倒性があるのです。

キリスト教病ノイローゼは、窒息と傲慢で、自他にろくなことをもたらさない面が
多々あります。(>>650の追加補足

キリスト教の罪人感は遅れているのです。

万物に感謝できない者が、どうして、神を愛し、隣人を愛することなどできますか。

その不自然な矛盾に放り込まれて、精神がおかしくなるのは、当たり前ですからね。