>>434
京琴さんには一から説明しないと駄目だと思うから長くなるけども

まずマルコ10章にあるように、神の国、救いは
受け入れることが重要になるのは分かるかな。

この受け入れるを別の言葉で表現すると
問題のないこと、完全性を認識するということになる。
なぜなら問題があるところに幸福はないからだ。

例えば>>433のリンクは宗教的な基準に言及していないけど
具体例を挙げると、今日のニュースで言えば
池袋の事故や台風災害、こうしたものに負の感情を感じないレベルが
求められている心の清らかさだ。

つまり京琴さんのように他人が気になるモラリストのような人は
神の国からかなり遠いと言っていい。
自分の主観から離れて物事を捉えること、受容が難しいからだ。
そしてこのような主観から離れるために信仰がある。

従って自分自身を救えていないのに
隣人を宗教的な意味で救うことは不可能だろうし
正しくアドバイスすることもできないだろう。
まさしく盲人は盲人を導くことができないと言われているようにだ。

だからあなたは自分に専念すべきだ。
このスレにいる人は、今自分がすべきことに取り組んでいるだけで
問題のある人は一人もいない。
そのような視点を持つことが大切だよ。