おはようございます〜。^^

>>328
善きサマリア人の例話で、イエス様はサマリア人がユダヤ人より愛があるとか善い人が多いとか言っているわけではありません。
この例話は、次の聖句の律法学者が自分の立場を弁護しようとした質問に、答えるためだけの例話です。

ルカによる福音書10章
29すると彼は自分の立場を弁護しようと思って、イエスに言った、「では、わたしの隣り人とはだれのことですか」。

律法学者は、隣人とは神様もしくは誰か他者によって、運命的に与えられた存在だと考えていました。
そして、そういう隣人がいれば、私はその隣人を愛することができます、と言いたかったのでしょう。

しかしイエス様は、あなたが意思を持って隣人になってあげた人こそ隣人なのです、と説明しました。
隣人がいないから愛せないではなく、誰かの隣人になって愛してあげる意思が重要だと話されたのです。

善きサマリア人の例話は、その説明のための架空の例話なので、登場人物がサマリア人でも日本人でもなんでもよかったのです。
(そこに多少の皮肉を込めていたかもしれませんが。^^;)

ここでも一貫して、イエス様は受けるより与えるほうが幸いであることを教えておられます。