>>612
atheistさんが言われていることは全くそのとおりなのです。^^

今ここで、自我が頭脳の中に生じている物理現象(ニューロンネットワーク内での発火情報の伝達・共有・解析)であると考えてみます。
私の自我は私の頭脳の中で生じている物理現象ですから、私の頭脳の持つ物理的特色により、私としての個性を持ち、かつ私の頭脳と一体です。
atheistさんの自我もatheistさんの頭脳の中で生じている物理現象ですから、atheistさんの頭脳の持つ物理的特色により、atheistさんとしての個性を持ち、かつatheistさんの頭脳と一体です。

今この時、私とatheistさんは同じこの一つの問題を、一方は私の自我の視点から、もう一方はatheistさんの自我の視点から、それぞれの個性を持って眺めています。
確かに私の頭脳とatheistさんの頭脳は物理的構成が異なりますから、私とatheistさんの自我の個性が別々であることは明白です。

意識のハーダー・プロブレムとは、今この時、私がatheistさんであってもいいじゃないか?
atheistさんが私であってもいいじゃないか?という単純な疑問なのです。

なぜなら、物理は座標の原点をどこに置いても、物理法則は変わらないことを保証するからです。
しかし実際には私はatheistさんにはなれません。atheistさんも私にはなれないでしょう。

その理由は私の自我は私の頭脳の中に生じているのだから、当たり前だと言うと思います。
しかしatheistさんの自我もatheistさんの頭脳の中に生じているのですから、どちらの自我が私であってもいいはずです。