被造物全ては、そのもの単独では存在の意味を失います。

最初に世界に水平線が一本だけあったとします。
<水平線一本だけの世界のイメージ>
水平線ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そこに下の線を創造します。
<下の線が創造された世界のイメージ>
上の線ーーーーーーーーーーーー
            下の線ーーーーーーーーーーーーーー
下の線を創造すると必ず下の線ではないもの、つまり上の線も創造されますので、下の線だけを創造することはできません。
つまりここで創造したのは、実は最初一つの線だったものを、上下の線に分離するという創造だったわけです。

創造とは、最初一つのものを2つに真逆のものに分離すること言います。
一つの被造物だけを創造するということを、神様はしません。

ですからこの世の被造物には、真逆の被造物が必ず存在します。
プラス・マイナス、上・下、物質・反物質、男・女、死ぬ・生まれる、等々です。
これらの対の被造物は、片方の存在を失うと、もう片方の存在も意味を失います。

男を説明する場合、真逆の女の存在が不可欠なことが解ると思います。
光と闇、天使とサタン、死ぬと生まれる、なども同じです。

(以下4行は私の仮定ですので、間違ってる可能性があります。)
特別なのが神様と被造物です。しかしここでも。
神様を説明する場合、真逆の被造物の存在が不可欠な事が解ると思います。

神様の存在は被造物の存在があってこそ、意味を持つ存在です。
そして被造物の存在も神様の存在があってこそ、意味を持つ存在です。

現代は、善と悪の混在が許されている世界です。
神様はイエス様をこの世に使わし、聖霊によって善と悪の分離の創造の技を開始されました。

その善と悪の分離の創造の技は進み、後の世においては善と悪の混在が許されなくなります。
イエス様によって始められた善と悪の分離の創造の技は、神の御国の到来によって完成します。

主の祈りの冒頭で、第一に神の御国が来ますようにと祈るのは、そのためだと思います。