わたしの恩師は神道系の人で、コースの何の関わりもないけどw
ある時神様から「知っていてすることより、知らないですることの方が罪が重い」という
言葉を伝えられたそうだ、普通に考えると知っていて(わざと)やることの方が
性質悪いと考えるよね??わたしもはじめそれを聞いたときは「ハア?」って思った
最近多い子供の虐待のニュースを見てて思ったんだけど、子供殺してしまう親までいる
のは驚きだ(実際には義父のケースが多い、そういう男は動物に近いんだろうな、
チンパンジーやライオンの子殺しは他の雄のDNAの抹殺だ、残念ながらこの世の生き物
としては当然の行為なのかもしれない、人間失格だけどねwこの世ってのは残酷なところだ)
もしも、子供への暴力を虐待ではなく躾だと言い張れば、子供も虐待をしてる大人も
救われないよね、親がつい子供に手を上げてしまう、つい子供のやることにイライラして
八つ当たりをしてしまう、夫との関係がうまくいってないからだ、と気付くとか
仕事のストレスを弱い立場の子供に向けていると自覚できれば、その行為をやめられないまでも
ある程度抑えることができるし、専門家に相談するとか、聖霊に祈ることができる
自分のやってることが悪だと自覚してるから抑えることができるのであって
それをあくまで躾だと言い張れば、暴力はエスカレートしていく、子供は逃げ場をなくし
親は自分を抑えられれない、悪を悪と自覚する、つまり悪だと知ってい=自覚している方が
知らずに=悪を自覚せず言い訳し自己正当化し子供に責任転嫁することで悪を増長させる方が
罪が重いってことだよねww、コースもエゴを自覚してから聖霊に委ねる
悪を悪と自覚してやめようとか抑えようとという意思は必要なんだけど
アルコール依存症と同じでやめようとしてやめられないことが更なる罪悪感になり
更にアルコールがやめられなくなる、罪悪感を増やさずに悪を是正するには聖霊の力がいる