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コピペ

【三世実有 法体恒有】

説一切有部の見解で特筆すべきは、それら一切は、現在の瞬間瞬間すなわち刹那において生・住・異・滅と生滅変化しているけれども、過去・未来・現在にわたって実在する、としている点です。

そのような見解を古来、「三世実有 法体恒有」と称します。説一切有部の宗義における一大眼目です。

しかし、説一切有部から直接に分立したとされる経量部などは「現在有体 過去無体」、すなわち現在の瞬間には実在するけれども過去においては実在しないとしており、また他の部派においても見解を大いに異にしています。
『倶舎論』の中で世親菩薩は、自身が説一切有部に属していながらも、有部の宗義の眼目であるこの点を大いに批判。
経量部の立場から三世に実在などせず、現在においてのみ法は実有であるとしています。
http://www.horakuji.com/treasures/sarvasthivadin_cetasika.htm

同じくコピペ

【説一切有部のアビダルマ 3.刹那滅と三世実有・法体恒有】

 すべての現象世界はこのダルマが無数の因果関係を結んで生起して現実の存在になる。
具体的にいうと、生起した存在は生起した瞬間に消滅し、次の瞬間には新たな因果関係が結び直されて新たな存在が生起する。
その瞬間、瞬間が積み重なってわれわれの経験的な現象世界が成り立っているという。(刹那滅)
 したがって因果関係を結ぶダルマの構成が変わらず瞬間、瞬間に引き継がれて生起すれば存在に変化は起こらないが、ダルマの構成が変化すると存在も変化する。
因果関係が消滅すると存在そのものも消滅することになる。
このようにあらゆるものはダルマという要素の組み合わせ、つまり和合してできた存在である。
だから常に変化する運命にあるので不変の実在ではない「仮有」の存在とされるのである。(諸行無常、諸法無我の根拠)
 一方構成単位であるダルマは、これ以上分割できない極微の単位であるから、不変の実在、つまりそれ自体で存在する「実有」とされる。
(以下も重要だが長くなるので略)
http://www.obpen.com/essay/20150901_01.html

三世実有法体恒有の論拠の先鞭「識身足論」
http://nbra.jp/publications/76/pdf/76_a-2_05.pdf

説一切有部において刹那滅するのは法の構成(法体)
一刹那毎の法体は三世に渡って実有恒有