>>650

その続きはこれだろ?笑

https://genshu.nichiren.or.jp/publications/post-576/id-623/

>「そこでインドの仏教事情に触れておけば、先のように大衆部・上座部・根本説一切有部・正量部の四部派があり、その四部派では大乗と小乗と区分が定まっていない。
>とくに北インドと東南アジアではもっぱら小乗である。一方これに対して中国では、その意は大乗教にある。
>そして、その他の諸国は大乗と小乗をまぜて修行しているのが、インドの仏教事情である。
>それを考察すると、大乗も小乗も共に律蔵の教えによって修養生活を検察しており、共に五篇の波羅夷・僧残・波逸提・提舎尼・突吉羅を制定し、また大乗も小乗も同じように四諦(苦・集・滅・道)を修行している。
>そして、もし菩薩を礼拝し大乗経典を読誦するれば大乗、その菩薩礼拝、読誦大乗経典をしなければ小乗と呼ぶだけのことである。
>さらにその大乗も二種類あるに過ぎない。一には中観、二には瑜伽である。
>しかし、二種類の大乗があると言っても、これはすべて聖教に遵っており、大乗と小乗と言っても何れが正しく、何れが間違いということはなく、みな同じように涅槃への約束、その意は煩惑を断じて衆生を救済することにある。