>>610 続きです。

言葉やモノの二重性、同じ言葉であるのに、同じモノであるのに、
肉的か霊的かで、どちらにもひっくり返ります。

偶像か偶像でないかの分かれ目は、対象物にあるのではなく、
自分自身が、肉的か霊的かだけです。
霊的とは愛のことです。

これが、旧約とイエスキリストの違いであり、
同じ神であるという対象ではない。

同じ神であるということだけに、傲慢依存になり表面的な欲とレッテルに
ぶら下がるそれ自身が肉的であるから、
旧約が終わらず、イエスキリストの光を閉ざす闇の壁を作り続けた
私たちでした。