聖句の一つさえ、聖霊に照らされた真のキリスト者が読めば、これほどの真理が明るみに出る。素晴らしいね。

ハンナ・ウィトール・スミス(Hannah Whitall Smith、1832-1911)

米英で活動したクエーカー、福音主義者、作家、在俗説教家の女性。
米英のホーリネス運動とも言えるハイヤーライフ運動に大きな影響を与え、
女性参政権運動、禁酒法運動で活動した。

「神の母なる心を洞察して以来、私は神の子供たちの誰に対しても、ほんの少しも不安を感じることはなくなりました。神の子供たちとは、良い子だけでなく、悪い子も同様に意味します。良い羊飼いは、失われた一匹の羊を見つけるために、99匹の羊を残し、見つけるまで探し続けると私たちは教えられています。

母性の観点から見ると、「失う」という言葉は最も慰めとなる意味を持ちます。誰かの所有物でないものは、失われたものにはなり得ず、失われるということは、まだ見つかっていないことを意味するからです。失われた羊は依然として羊であり、狼ではありません。失われた子供の血管には、依然として父の血が流れています。

もし人が失われた罪人であるならば、それはただその人が善き羊飼いに所有されているということ、そして善き羊飼いは、まさにその所有権の義務により、失われた羊を追いかけ、見つけるまで探し続ける義務があることを意味するにすぎないのです。行方不明の子供を見つける可能性が少しでもある限り、母親が捜索をやめるなど想像もできません。神は母親よりも無関心でしょうか?

私たちは神の似姿に創造されたと宣言されている以上、私たちの中にある最善は神の似姿の反映であり、最悪は神の似姿ではないと信じざるを得ません。ですから、利己的、不親切、不公平と見えるものは、決して神に帰すべきではないのです。神が無私であるならば、少なくとも人間の最高の理想と同じくらい無私であり、それを超えて無私であるに違いありません。」

My Spiritual Auto-Biography

https://www.mercyuponall.org/2020/08/11/hannah-whitall-smith-three-censored-chapters-of-the-unselfishness-of-god-and-how-i-discovered-it/