>>183
だから後加文自体は否定しない
「人師・論師の釈」(この場合は堀上人)とするなら、それなりに尊重することもある
しかし所詮は後加文であって真筆のような絶対性があるわけじゃない 
だからこそ堀上人もそのような言い方に留めたのだろう
肝心の問題は「大石寺で認可されてない日蓮大聖人真筆本尊やその印刷は血脈切れた偽本尊だ」などとは日興上人の時代から堀上人の時代まで誰も公言してないってこと
それまで誰も言ってない事を後加文を根拠として筆に口に述べるのならコレまさに偽筆であり
偽書をでっち上げるのと同じ罪になるのではないのか
宗門が後加文を認めたからといってそれを拡大解釈し「宗門が認めてないからコイツは偽物」と断言していいわけでは決してない