新たに設定された「東部縁辺帯(ナチ支配下のポーランド総督府との境界地域)」は、いわゆる警察国境、つまり警備された防壁によって行政区域の西部諸郡から隔てられた地であり、領土関連法の上では2次的な地位だった。「ドイツ化」に関して、この地は(少なくとも暫定的には)二の次とされた。このことは、アウシュヴィッツに住む人びとにとって、「当面は」強制移送を逃れられるという点で重要だった。