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3.しかも後の高裁判決は、この反論を採用しませんでした

これは現在この記事を評価する際には非常に重要です。

根田氏側はまさに、「経験豊富な宗教家であっても、信仰を隠している者の嘘を見抜くことは容易ではないから、峯野氏の陳述を重視すべきではない」と主張しました。

しかし後の東京高裁判決は、この主張を退けています。

高裁は峯野氏の認識について不合理な点があるとは認めず、高柳氏や矢田氏に張氏との関係を疑わせる事情があっても、

「異端信仰を秘して峯野牧師を騙している」

という結論には直結せず、**「疑惑の域を出るものではない」**と判断しました。

さらに高裁は非常に重要な原則を示しました。本人たちが異端信仰を否定し、峯野氏もそれを偽りではないと判断していることに加えて、これは個人の信仰の自由・宗教の自由に関わるため、私人間の民事訴訟でも慎重に判断すべき問題であるとしました。

つまり結果的には、

2024年9月の記事:
「峯野氏は騙されているのではないか」

に対して、

2024年11月の高裁判断:
「その可能性を疑わせる事情はあっても、疑惑の域を出ない」

となったわけです。

これはこの記事を現在読むうえで非常に重要な後発事実です。

4.豊田氏の証言の扱いにも注意が必要です

記事は、豊田通信牧師の経験をかなり詳しく紹介しています。

ある学生が日本キリスト教長老教会に通いCT記者もしていた、教会に電話したらCT社長から電話があった、運転資金について借金の話を聞いた――といった具体的な経験です。そこから豊田氏は、

「旧統一協会と同様にマインドコントロールを行う団体」

であると思った、としています。

ここでも、

具体的経験=証言された事実

と、

「旧統一協会と同様」「マインドコントロール」=豊田氏による評価

を区別する必要があります。

記事は形式上「豊田氏は……と思ったことなどを述べた」と書いているので、完全に混同しているわけではありません。しかし記事全体の文脈では、その評価がCTの「カルト性」を裏付ける証拠のように機能しています。