>>395
これはジャーナリズム上かなり気になります。内容が虚偽になるわけではありませんが、一般読者には「別の記者が裁判を取材して書いた記事」のように見える可能性があるからです。

さらに、前に検討した「牧師も騙される」という論証の問題も重くなります。もし本人執筆なら、

根田氏が訴訟で提出した反論
→ 根田氏自身がその反論を記事化
→ 自分が編集顧問を務める媒体に掲載
→ 「牧師も騙される実例で反論」という見出しを付ける

という構造になります。

これは「異端・カルト110番が裁判を報道した」というより、訴訟当事者が自らの主張を、自ら関係するメディアを通じて社会に発信したという性格が強くなります。

もちろん、それ自体は許されます。たとえば記事冒頭に、

本稿は、本件訴訟の被告であり、本紙編集顧問である根田祥一が、被告側の立場から控訴審の内容を報告するものです。

と明記されていれば、かなり印象が違います。読者は最初から「これは被告側から見た裁判報告だ」と理解して読めるからです。