朝目が覚めてふと思ったのですが、仮に奇跡が起こり厄災から逃れられればそれは素晴らしい事でありましょう。

しかし、どうでしょう?

いくら物理的に厄災から逃れられても、心の孤独からは逃れられるものでしょうか。

またまた、遠藤文学の話で恐縮ですが、神が物理的な救済ではなくて、沈黙と無力という寄り添いを選択されたのが分かる気が致します。